「お好きにどうぞ。」とめし使いは口笛をふきだしました。
「もう、話していてもらちが開かなくてよ。」とやれやれのアリス。「まったくのうすのろね!」
そうしてドアを開けて、なかへお立ち入りしました。ドアはそのまま台所に続いていて、もくもくとけむりがすみずみまでいっぱいでした。御前さまはお部屋のまんなかで、3本足のいすにこしかけて赤ちゃんをあやしていました。
コックは火元のそばに陣取って、大きなおなべでなみなみと入ったスープをかき混ぜています。
「スープにこんなにコショウを入れるなんて、ぜったい入れすぎだわ!」アリスはそうひとりごとを言いましたが、あまりのコショウのきつさに、くしゃみをするのが精いっぱいでした。
コショウの刺激といったら、あたりに充満するほどです。
御前さままでときおり「はくしゅん!」とくしゃみをし、赤ちゃんはというと、ひっきりなしに「くくしゅん、おぎゃあ、くくしゅん、おぎゃあ」と泣きわめいています。
台所にいてくしゃみをしていないのはただふたり、コックと図体のでかいネコだけでした。そのネコは火元のそばに丸まって、耳にとどきそうなほどにこにこと愛想を振りまいています。
「ごめんください」とアリスはおずおずと声をかけました。礼儀として、自分から話しかけていいものか自信がなかったからです。「このネコちゃん、どうしてこんなに愛想がよろしいの?」
「こやつはチェシアのネコ、ゆえにな」と御前さまが言いました。「ブタめ!」
最後にいきなりきつい言葉が飛び出したので、アリスは思わず飛び上がってしまいましたが、それが自分ではなく赤ちゃんに向けられたものだとわかると、気を取り直して話を続けました。
「なるほど、チェシアのネコは愛想よしってわけね。でも、ネコがこんなに愛想よくできるなんて思いもしなかったわ」
「みなできおる」と御前さまは言います。「大半がそうしおるわ」
「そんなこと、思いもよらなかったわ」とアリスは取りつくろいましたが、実はお話ができたことがたいそう嬉しくてたまりません。
「そちがものを知らぬだけじゃ」と御前さまは言い放ちました。「世のことわりというものよ」
アリスはそんなふうに言われるのは気に入らなかったので、何か別の話題をふったほうがいいと考えました。
何と言おうか迷っているうちに、コックはスープのおなべを火から外すと、いきなりあたりのものを手当たり次第に御前さまと赤ちゃんに投げつけだしました。まず火元の金具が飛んできて、そのあと続いて小なべや大皿、小皿が雨あられのように降り注ぎます。
御前さまは自分に当たっても気にするそぶりさえ見せません。赤ちゃんはあまりにひどく泣きわめいているので、物がぶつかって痛いのかどうかもわからないほどです。
「ねえ、いいかげん気にしたらどうなの!」とアリスは声をはりあげ、やきもきしてぴょんぴょんと跳ねました。「ほら、その子の大事なお鼻が!」ちょうどそのとき、ばかでかいシチューなべがギリギリのところを飛んでいき、あわや鼻をさらっていくところでした。
「みながひとにちょっかいを出さぬようになれば、世の中は今よりずっと早く回ろうというのに」と御前さまはガラガラ声でうなりました。
「そんなことのどこがいいのかしら」とアリスは知恵をひけらかすチャンスだとばかりに、得意満面で言い返しました。「考えてもみて。そんなことをしたら昼と夜がどうなるか! いいこと、地球が自転するのには24時間ちょっき……」
「ちょっきりとな」と御前さまがさえぎります。「こやつの首をちょっきりだ!」
アリスはそわそわとコックに目をやり、まさか本当にそんなことをしないかと様子をうかがいましたが、コックはせわしなくスープをかき混ぜるばかりで、話を聞いているそぶりもありません。そこでアリスはまた口を開きました。
「24時間、だっけ? あれ、12時間? えーと……」
「ああ、だまらっしゃい!」と御前さまが叫びました。「数字なぞいらいらする!」
そうして御前さまはまた子どもをあやしだし、それらしく子守歌のようなものをうたいはじめました。1節ごとに赤ちゃんをきつくゆすりながら――
「小さな子どもはどやしつけろ
くしゃみをしたらぶったたけ
そいつはただのいやがらせ
わかってやってる、このクソガキァ」
(コーラス:コックと赤子がいっしょになって)
「わう! わう! わう!」
御前さまが2つめの節をうたっているあいだ、赤ちゃんをあらあらしく上へ放り投げるので、かわいそうな赤ちゃんは泣きわめき、アリスには歌詞の大半が聞き取れませんでした――
「わが家のガキにはしかりつける
くしゃみをしたらぶったたく
放っておけばそのうちに
コショウだって楽しみやがる」
(コーラス)
「わう! わう! わう!」
「ほれ! よければちょっとあやしてみるがよい!」と御前さまはアリスに言うと、言葉が終わるか終わらないかのうちに赤ちゃんを放り投げてきました。「わらわはそろそろクイーンさまとのクローケーのしたくじゃ」
そう言って御前さまはいそいそと部屋を出ていきました。去りぎわにコックが後ろからフライパンを投げつけましたが、ねらいは外れてしまいました。
アリスがなんとか赤ちゃんを受け取ると、このけったいななりをした小さな生き物は、手足を四方八方に広げたので、「ヒトデみたい」とアリスは思いました。
かわいそうにこの小さいのは、受け取ったときには汽車のように鼻からぶーと湯気を出し、やたら身をくねらせたり反り返ったりしたので、とにかく最初の数分間は、抱っこしているだけで精いっぱいでした。「それなら、『食べるってことは見ることだ』と『見ることってことは食べることだ』、これは同じことだというのかね!」
「それだけじゃない」とヤヨイウサギが付け加えます。「『ものになるってことは好きだってことだ』と『好きだってことはものになるってことだ』、これも同じか!」
「まだまだ」とヤマネが口をはさみます。まるで寝言でも言っているかのようです。「『ねむれるってことは息をしている』と『息をしているってことはねむれる』、これも同じですか?」
「おまえのはおんなじだ」とぼうし屋が言うと、そこで会話は途切れてしまい、みんなはしばらく黙り込んでしまいました。その間にアリスは、カラスと書き物机について思い返してみましたが、大したことは思いつきません。
この沈黙を最初に破ったのはぼうし屋でした。
「今日は何日かね?」と、アリスの方を向いてたずねます。
ぼうし屋はポケットから時計を取り出すと、それをまじまじと見つめ、時おり何度もゆすぶったり、耳に当ててみたりしています。
アリスは少し考えてから「4日よ」と答えました。
「2日くるっておる!」とぼうし屋はため息をつきます。「言ったろ、時計のからくりにバターは合わんと!」そう言って、ヤヨイウサギを怒った目で見つめました。
「最高級のバターだったんだぜ」と、ヤヨイウサギは弱々しく答えます。
「ああ、だがパンくずがまじったにちがいない」とぼうし屋はグチをこぼします。
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