骸骨男にさらわれたとばかり思っていた正一君が、こんなところに隠されていたのです。
一体、これはどうしたわけでしょうか? 骸骨男は正一君を連れ去ったのではないのです。すると、あいつは前の晩に空き部屋で消えたときと同じように、家の中へ戻ったのでしょうか。そうに違いありません。庭に足跡が残っていなかったのが、なによりの証拠です。
さあ、わからなくなってきました。骸骨男は、一度も外へ逃げていなかったのです。いつも家の中に戻って、どこかに隠れていた。
しかしそれなら、あの大勢の人たちに見つからないはずはありません。
骸骨男はどうして、みんなの目をくらますことができたのでしょうか?
女中さんは、屋根の空洞に横たわっている正一君を、助け出すことも忘れて、この不思議な謎を解くために、一生懸命に考えました。
目をつむり、全身の力を頭に集めて、一心不乱に考えました。
そうして、考えているうちに、女中さんの顔が、だんだん、青ざめてきたではありませんか。
目はおびえたように、まんまるに開き、口は少し開いたままで、まるで人形のように、体が動かなくなってしまったのです。
「ああ、恐ろしい。
そんなことがあっていいものだろうか。」
女中さんは、震え声で、ひとりごとを言いました。
やっぱり男の子の声です。
「そうだ。
きっとそうだ。
よしッ、ためしてみよう。
もし、そうだったとしたら……。」
女中さんはそう言って、屋根の鉄の板を、そっと閉めてしまいました。
正一君を助け出さないことに決心したのです。
正一君には気の毒だけれども、ある恐ろしい事実を確かめるためには、このままにしておかなければならないと、考えたのです。
そして、かわいい女中さんは、まだ、青ざめた顔のまま、部屋の中へ戻り、鉄格子のナットを、もとのとおりに締めてから、階段を降りていくのでした。
洞窟の怪人
その日の夕方、笠原さんの家の玄関へ、大きなトランクを下げたひとりの男が、訪ねてきました。
だぶだぶした背広を着て、鳥打ち帽をかぶり、鼻の低い、目尻の下がった、口の大きなおどけたような顔の三十五、六の男です。
そのとき、笠原さんは、捜査本部から帰って家にいましたので、玄関に出て、用向きを尋ねますと、その男は、
「あっしは、旅回りの腹話術師です。
おやかたのグランド=サーカスの余興に、使っていただきたいと思いまして。
腹話術は東京の名人たちにも、ひけはとらないつもりです。
ひとつ、ためしに、やらしてみていただけませんでしょうか。」
と頼むのでした。
「そうか。
いま、家は取り込み中だが、腹話術師はひとりほしいと思っていたところだ。
上がってやってみるがいい。」
笠原さんは、そう言って、腹話術師を応接間へ通しました。
そして、家中のものを、そこへ集めて、腹話術を見物することになったのです。
刑事さんたちは、もうこの家にはおりませんので、サーカス団員三人と、女中さんたちとが見物人です。
「おや、ひとり女中が足りないね。
ああ、あの新しくきた若いのがいない。
どうしたんだね。」
笠原さんが尋ねますと、いちばん年上の女中さんが、答えました。
「あの子はお昼すぎに、まっ青な顔をして、体の具合が悪いから、ちょっと、うちへ帰らせてもらいますといって、出ていったまま、まだ帰らないのでございます。」
「ああ、そうか。
あの子は、なんだか変な子だね。」
笠原さんは、そう言ったまま、腹話術師に、芸を始めるように命じました。
腹話術師は、持ってきた大トランクを開いて、十歳ぐらいの子どもの大きさの人形を、二つ取り出しました。
一つは日本人の男の子、一つは黒人の男の子です。
その両方を、代わる代わる使って、いろいろと面白い腹話術を、やってみせるのでした。
そして、ひととおり芸が終わると、
「うん、なかなかうまいもんだ。
よろしい。
きみをサーカスに入れることにしよう。
その給金の話なんかもあるから、わしの居間へ行って、ゆっくり、相談しよう。
さあ、こちらへ来たまえ。」
笠原さんは、そう言って、応接間を出ていきます。
腹話術師は二つの人形を大トランクにしまって、それを下げて、笠原さんのあとにつづきました。
それから三十分もたったでしょうか。
腹話術師は、給金の話も都合よく決まったとみえて、ニコニコしながら、玄関へ出てきました。
そして、笠原さんに見送られて、例の大トランクを下げて、門の外へ立ち去りました。
門から五十メートルもいったところに、一台の立派な自動車が待っていて、腹話術師は、それに乗り込み、自動車は西のほうに向かって出発しました。
旅回りの腹話術師が、こんな立派な自動車を待たせておくなんて、なんだか、おかしいではありませんか、それほど、お金持ちのはずはないのです。
それよりも、もっと変なのは、腹話術師が車に近づいてきたとき、自動車の後ろの荷物を入れる場所、これも大カバンと同じ名前で、トランクというのですが、そのトランクのふたが、二センチほど持ち上げられて、そこから二つの目が、じっと、外をのぞいていたことです。自動車のトランクの中に、誰か隠れているのかな?
腹話術師はそれに気づかず、運転手にお願いして、西へ西へと車を走らせました。
やがて大きな道路に出て、横浜を通り過ぎる頃には、もうすっかり日が暮れて、あたりは真っ暗でした。
それから、車はまた西へ西へと進みます。
周りはだんだん人気がなくなり、山道に入ってきました。
ぐるぐると曲がりくねった坂道です。
どうやら大山の入り口に近づいてきたようです。
笠原さんの家を出てから3時間ほど経った頃、ようやく車が止まりました。
鬱蒼とした木々が生い茂る山の中です。
一体、腹話術師はこの場所で何をするつもりなのでしょうか。
彼は、例の大きなトランクを持って、車から降りました。
「おい、君、懐中電灯で照らして、先に歩いてくれ。」
運転手にそう命令して、自分は大きなトランクを「よいしょっ」と肩に担ぎました。
とても重いトランクのようです。
そして、懐中電灯の明かりを頼りに、二人は森の中へと分け入っていきました。
真っ暗な山道に、空になった車が取り残されていました。
しかし、二人の姿が森の中へ入っていくと、その車の後ろのトランクの蓋がスーッと開き、中から一人の人間が出てきました。
15、6歳くらいの男の子です。
その子が車のヘッドライトの前を横切るときに、ちらっと見えましたが、顔は真っ黒で、髪の毛はぼうぼうに伸び、ボロボロの服を着た乞食のような少年でした。
その乞食少年も、腹話術師たちの後を追って、森の中へ入っていきました。
トランクを担いだ腹話術師と運転手が、ぐねぐねと曲がった森の中の細道を100メートルほど進むと、そこに小さな炭焼き小屋が建っていました。
小屋の中には誰か人がいるらしく、ぼんやりと石油ランプの明かりが見えています。
腹話術師はその小屋の前に来ると、トランクを下ろして小屋の板戸を、トン、トン、トン、トン、トン、トン、と変わったリズムで叩きました。
この叩き方が暗号になっているのかもしれません。
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