どろぼうが忍び込んできたのかもしれない……そう思うと、怖くなって、身動きすることもできず、じっと腰かけたまま、鏡の中を見つめていました。
こうして、そこに腰かけて、どろぼうが姿をあらわすのを、いまかいまかと待っていました。
そのうちに、長持のふちに黒い影がさしているのを見つけました。
おや、あれはなんだろう? よくよく眺めてみましたが、どうしても自分の目のせいとしか思えません。
けれども、さいしょは影のように見えたものが、だんだんはっきりしてきますと、それは影ではなく、ほんとうの生き物であることがわかりました。
しかもまあ、なんということでしょう、それは、小人ではありませんか。
その小人がいま、長持のふちにまたがっているのです。
少年はいままで小人のことを話には聞いていましたが、こんなにちっぽけなものだとは夢にも思ったことがありませんでした。
いま、そこの長持のふちに腰かけている小人は、背丈がやっと十センチかそこらです。
そいつは年をとった、しわだらけの顔をしていて、ひげはありません。
すその長い黒の上着を着こんで、半ズボンをはき、つばの広い黒い帽子をかぶっています。
なかなかいきで、スマートです。
えりや、そで口には白いレースをつけ、締金でとめた靴をはき、靴下どめにはチョウ型リボンが結んであります。
ちょうどいま、小人は長持の中から縫い取りのしてある胸当てを取りだして、感心した顔つきでその古風な作りかたを眺めています。
それで、少年が目をさましているのには、すこしも気がついていません。少年は、小人を見つけたときにはすっかり驚いてしまいましたが、不思議と怖いとは思いませんでした。
そうですよね。こんなに小さな相手を怖がるはずがありません。
それに小人は、珍しい胸当てを見るのに夢中で、ほかのことには目も耳も向いていない様子です。
そこで少年は、「よし、あいつを長持の中に閉じ込めてフタをしてやろうか、それとも何かからかってやろうか」といういたずら心がわいてきました。
でも、さすがに小人に直接さわる気にはなれません。
そこで、何か小人をたたくための道具はないかと、部屋の中を見回しました。
まず長椅子からテーブルへ、テーブルから暖炉へと目を走らせました。
そして暖炉のそばの棚にある鍋やコーヒー沸かし、戸口の水桶、そして半分開いた戸棚の中に見えるスプーンやナイフ、フォーク、鉢やお皿までじっくりと眺めました。
続いて、お父さんの鉄砲を見上げました。
それは、壁にかかっているデンマーク国王と王妃の肖像画のそばに吊るしてありました。
それから、窓台に咲いているテンジクアオイやフクシャの花も眺めました。
こうして最後には、窓の横木にかけてあった古い虫取り網に目がとまりました。
この虫取り網を見るが早いか、少年は飛び起きてそれをひっつかむと、長持のフタをさっとすくいました。
するとどうでしょう。
まったく、見事なものです。
自分でもびっくりしてしまうほどでした。
どうしてこんなにうまくいったのか、自分でもさっぱりわかりません。
でも、とにかく小人をこうして生け捕りにしたのです。
かわいそうに、小人は長い網の底のほうで、さかさまになって転がっています。
これでは、どうあがいても逃げられっこありません。
さて、少年はつかまえてはみたものの、最初は小人をどうしたものか見当もつきませんでした。
ただ、小人が這い上がってこられないように、ひっきりなしに網をゆり動かしていました。
そのうちに小人が口をきいて、どうか許してくださいと何度も何度も頼み込みました。
そして、自分はこの家のために長い間ずいぶん良いことをしてきたのだから、もう少し良くしてくれてもいいはずだと言いました。もし少年が自分を許してくれるなら、古いお金を一枚と、銀のスプーンを一本、それに金貨を一枚あげよう。その金貨といったら、少年の父親の銀時計の文字盤くらいもある大きなものだと話しました。
小人の申し出たお金は、それほど大したものだとは思いませんでしたが、少年は小人をつかまえてからというもの、なんとなく怖くなっていました。
つまり、この世のものではない、気味の悪い、何か不思議な存在と関わりを持ってしまったと感じていたのです。
ですから、小人を逃がしてやることは、実は嬉しくてたまらないことでした。
こういうわけで、少年はすぐさまその申し出を承知しました。
そして、小人が這い出せるように、網をゆり動かすのをやめました。
けれど、小人が網から出かかったとき、少年はふと、「逃がしてやる代わりに、もっといろんなものがもらえるように決めておけばよかった」と思い当たりました。
まあ、せめて小人の魔法で、あのお説教を全部覚えさせてくれることくらいは取り決めておくべきでした。
「ただ逃がしてやるなんて、なんてぼくはバカなんだ」と少年は思いました。
そこで、小人がもう一度網の底へ転がり落ちるように、また網をゆすりはじめました。
ところが、少年が網をゆすりはじめたとたん、ほっぺたをいやというほど殴りつけられました。
まるで頭がめちゃくちゃになってしまったのではないかと思えるほどでした。
そして片方の壁に叩きつけられたかと思うと、今度はもう片方の壁にぶつかり、しまいには床の上に倒れて、そのまま気を失ってしまいました。
気がついたときには、家の中にひとりきりでした。
もう小人の姿はどこにも見えません。
長持のフタはちゃんと閉まっています。
虫取り網も窓際のいつもの場所にかかっています。
ですから、さっき殴られた右のほっぺたがヒリヒリしなかったら、少年はたぶん、みんな夢だったのだと思ったことでしょう。
「こんなことを話したって、お父さんやお母さんは『そりゃ夢さ』と言うだろうな」と少年は思いました。
「小人が来たからって、お説教を免除してくれるわけじゃない。急いで読むよりほかないや」
ところが、テーブルのほうへ行こうとすると、なんだかいつもと様子が違っています。
でも、部屋が急に大きくなるなんてはずはありません。だから、テーブルまで行くのに、いつもよりずっと遠く感じたのはどうしてだろう? それに椅子だって、どうなってるんだろう? 前より大きくなったはずはないのに、少年が座ろうとすると、椅子の足の間の横木に一度よじ登ってから、座るところまで這い上がる必要があるんだ。
テーブルだって、まったく同じことだった。
テーブルの上を見ようとすると、椅子のひじ掛けに登らなくちゃいけない。
「一体どうしたっていうんだ?」と少年は言った。
「そうだ、きっと小人が、ひじ掛け椅子にも、テーブルにも、それどころか部屋じゅうに魔法をかけたんだ!」
説教集はテーブルの上に置かれていた。
見た目は変わらないように思えた。
でも、やっぱり少し変なところがある。
なぜなら、少年は本の上に立たないと、一文字も読むことができないのだ。
少年が二、三行読むと、何気なく顔を上げた。
すると、ちょうど鏡に目が留まり、とたんに大声で叫んだ。
「わあ、あそこにまた、別のやつがいるぞ!」
そのとおりだ。
少年は鏡の中に、とんがり帽子をかぶり、革ズボンをはいた、ちっぽけな小人をはっきりと見たのだ。
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