そして、都が突然消えてしまった今、口では言い表せないほどの深い悲しみがこみ上げてきました。
そのとき、コウノトリのエルメンリークくんが目を覚まし、ニールスのところへやってきました。
けれども、ニールスはコウノトリが来たことにも気づきません。
そこでコウノトリは、気づかせるために、くちばしでニールスをツンとつつきました。
「あなたはここに立って、わたしのように眠っていたんですね」と、エルメンリークくんは言いました。
「ああ、エルメンリークくん」と、ニールスは答えました。
「今さっきまでここにあった都は、一体なんだったの?」
「都を見たんですって?」と、コウノトリは不思議そうに言いました。
「あなたは眠って、夢を見ていたんですよ」
「いいや、眠ってなんかいなかったよ」と、オヤユビくんは言って、いま見た光景を、のこらずコウノトリに話して聞かせました。
すると、エルメンリークくんはこう言いました。
「わたしの考えではね、オヤユビさん。やっぱりあなたはこの浜辺で眠っていて、いまのことをみんな夢に見たんだと思いますよ。そのわけを、いまお話ししましょう。実は、鳥の中でいちばん物知りの『バタキー』というカラスが、わたしにこんなことを話してくれたことがあるんです。むかし、この浜辺には『ヴィネータ』という名前の都があったそうです。その都は世界中のどんな都よりもお金持ちで、立派な場所でした。ところが不幸せなことに、その住民たちがだんだん高慢ちきになって、派手な暮らしばかりを好むようになったんです。バタキーの話では、その罰があたって、ヴィネータの都は洪水のために海の底に沈められてしまったそうですよ。けれども、その住民たちは死んだわけではなく、都も滅びてはいません。百年ごとに一度だけ、昔のままの華やかな姿で海の底から浮かび上がってきて、きっかり一時間だけ、この浜辺に現れるんです」
「うん、その話は本当だ。間違いないよ」と、オヤユビくんは言いました。
「だって、ぼく、それを見たんだもの!」
「ところが、その一時間のあいだに、ヴィネータの商人が誰かに品物を売ることができなかった場合、時間が過ぎると都はまた海の底へ沈んでしまうんですよ。だから、もしもあなたがね、オヤユビさん。ほんのちっぽけな銅貨でも持っていて、商人に払ってあげることができていたら、ヴィネータはいつまでもこの浜辺にとどまっていて、住民たちも他の人間たちと同じように、一生を全うすることができたはずなんです」
「ああ、エルメンリークくん」と、ニールスは言いました。
「どうしてきみが真夜中にやってきて、ぼくを連れ出したのか、いまになってやっとわかったよ。ぼくがあの古い都を救ってやれると、きみは思っていたんだね。だけど、きみの思うようにうまくいかなくて、本当に残念だよ」
ニールスは両手で顔を覆って、泣き出しました。
ニールスとエルメンリークくんのどちらがより悲しそうだったか、それは誰にも言えません。
生きている都
四月十一日 月曜日
復活祭の月曜日に、ガンたちとオヤユビくんは、また旅に出ました。
そして今度は、ゴットランド島の上空にやってきました。
この大きな島は、彼らの下に平らによこたわっています。
地上はスコーネと同じように市松模様で、教会や農園がたくさんあります。
ただスコーネと違うのは、ここには畑のあいだに草の茂った牧場が多いことと、農家が庭を囲むようにして建てられてはいないことでした。それから、このゴットランド島には、たくさんの公園や、高い塔をもった、古いお城のある大きな荘園もありません。
ガンたちは、オヤユビくんのために、ゴットランド島の上を通ることにしたのです。なにしろ、オヤユビくんはもう二日のあいだしおれきっていて、ろくに口もきかなかったのですからね。あんなにもふしぎに、目の前にあらわれてきた古い都のことが、頭にこびりついていて、どうしても忘れることができなかったのです。
ニールスは、いままであんなにりっぱな美しいものを見たことがありませんでした。そして、それを救ってやれなかったのが、ざんねんでたまりませんでした。いつもはそんなにクヨクヨする子どもではありませんでしたが、いまはあの美しい建物や、りっぱな人たちのために、心から悲しんでいるのでした。
アッカとガチョウは、口ぐちに、そういうものはみんな夢かまぼろしなんだと言ってきかせましたが、ニールスは、そんなことばには、耳をもかそうとはしませんでした。ニールスは、だれがなんと言っても、じぶんの目で、あの都をたしかに見たんだと信じきっているのです。
けれども、ニールスがあんまりひどく悲しんでいるので、仲間のガンたちも、オヤユビくんのことが心配になってきました。ニールスが悲しみにしずんでいたとき、とつぜん、年とったカクシが戻ってきました。カクシは、嵐のためにゴットランド島のほうへ吹き流されて、みんなのいどころをさがすために、その島じゅうを飛びまわらなければなりませんでした。そして、やっと、カラスから、みんなが小カール島にいるということを聞いて、飛んできたのです。
そして、オヤユビくんが、ゆううつになっていることを聞きますと、すぐさま、こう言いました。
「オヤユビさんが、古い都のことで悲しんでいるのなら、すぐに、なぐさめてあげられますよ。わたしについていらっしゃい。きのう、わたしの見たところへつれていってあげれば、すぐに気がはれますよ。」
それから、ガンたちは、羊たちにわかれをつげて、カクシがオヤユビくんに見せたいという場所へ、いま、むかっているところでした。
オヤユビくんは、しょげかえってはいましたが、それでも、いつものように、下を見おろさずにはいられませんでした。ニールスは、さいしょのうちは、この島も小カール島とおなじように、――もちろん、小カール島よりは、ずっとずっと大きいけれども――けわしい絶壁をなしているように思いました。しかし、あとになって、この島は、ひらたくなっていることを知りました。ちょうど、のし棒でねりこのかたまりをのすように、きっと、だれかが大きなのし棒で、この島の上をのしたものでしょう。でも、それがおせんべいのようにすっかりひらたくなるまで、のしつづけたわけではありません。というのは、ガンたちが海岸にそって飛んでいるあいだに、ほら穴や岩柱のある、白い石灰質の高い壁も、あちこちに見えました。けれども、この島は、たいていのところがたいらで、浜べもなだらかに、だんだん海のほうへさがっていっています。
みんなは、ゴットランド島で、月曜日の午後を楽しくのどかにすごしました。いまは陽気もすっかり春らしく、あたたかくなっていました。木々には、大きな芽がもえだし、牧草地には、いちめんに春の花が咲きだしていました。ポプラの木の、ほっそりと長く垂れた枝は、ゆらゆらとゆらめいていました。
どの家のまわりにも、小さな庭が見えましたが、そこには、スグリの茂みが青々としていました。あたたかな陽気と、もえだした芽や花が、人びとを庭や道にさそいだしました。いく人かが集まりますと、きまって、そこでは遊戯がはじまりました。子どもたちばかりでなく、おとなまでもいっしょに遊びました。
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