初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第47話

ニールスのふしぎな旅

宝石職人が指輪や腕輪に宝石をちりばめる様子や、挽物師(ひきものし)が鉄を扱うところ、それから靴屋が赤く柔らかい靴を作っているところや、金糸工が金糸をぐるぐると巻き取るところ、織物師が金や銀を反物の中に織り込んでいる様子などです。
でも、立ち止まっている暇はありません。
なにもかもが消えてしまわないうちに、できるだけたくさんのものを見ておこうと思って、ニールスはどんどん先へ駆け出していきました。
高い壁が市の周りをぐるりと取り囲んでいます。
ちょうど、小さな垣根が畑の周りを囲んでいるように。
どの通りの端にも、塔と狭間(さま)のある壁が見えました。
そしてその壁の頂上では、輝くばかりの武装をした兵士たちが歩哨に立っています。
ニールスがその都の端から端まで走っていくと、今度は別の門に出ました。
その向こうには、広々とした海と港が見えます。
港には、真ん中に漕ぎ手の席があり、前と後ろに部屋のある、古風な船が浮かんでいました。
ちょうど今、ある船は荷物を積み込み、ある船は錨(いかり)を下ろそうとしています。
仲仕や商人たちが忙しそうに走り回っていました。
そこらじゅうが、がやがやと活気に満ちています。
けれども、ニールスは気持ちが急いているので、ここにも長くいるわけにはいかないのです。それからニールスは、また町の中へ駆け戻り、大きな広場へとやってきました。
そこには、三つの高い塔を備えた大きな教会がそびえ立っていました。
深い丸天井のアーチにはたくさんの彫像が安置され、壁面には美しい彫刻がほどこされています。その一つひとつにまで、特別な飾りがつけられていました。
開け放たれた門から中を覗き込むと、そのあまりの素晴らしさに、ニールスはただただ驚くばかりでした。
輝く金の十字架、金で飾り立てられた祭壇、そして金の衣をまとった僧侶たちの姿! 教会の真向かいには、ギザギザした屋根を持つ建物がありました。
その屋根の上には、空に向かってスラリと高く突き出た塔が一本立っています。それはきっと、市役所なのでしょう。
教会と市役所のあいだには、広場を取り囲むように、さまざまな装飾のついた美しい破風を持つ家々が立ち並んでいました。

ニールスは夢中で駆け回ったせいで、すっかり体が熱くなり、くたびれてしまいました。
「もう町の一番素敵な場所は見て回ったことだし、これからはもう少しゆっくり歩こう」と、ニールスは思いました。
やがて、ある通りに曲がってみました。そこは、町の人たちが美しい布地を買い求める場所のようでした。
見ると、大勢の人たちが小さな店の前に集まっています。
商人たちは金襴(きんらん)や、硬い繻子(しゅす)、重厚な錦(にしき)、ピカピカ光るビロード、薄いヴェール、そしてクモの巣のように透き通ったレースなどを広げて見せていました。
さっきまで急いで駆け抜けていたときには、誰一人としてニールスに注意を払う者はいませんでした。みんなは、ただの小さなネズミがちょこちょこと走り回っているのだろうとしか思っていなかったのです。
ところが今、ゆっくりと通りを歩いていくと、一人の商人がニールスの姿を見つけ、手招きをしました。
ニールスは最初は怖くなって、思わず逃げ出そうとしました。
けれども商人はニコニコしながら手招きを続け、ニールスの気を引こうと、美しい絹のビロードを台の上に広げて見せたのです。

ニールスは首を横に振りました。
「ぼくなんか、一生かかってもこんな高価な布を1ヤードだって買うことなんてできないんだ」と、心の中で思いながら。
ところが今度は、通りに並んでいる他の店の人たちも、みんなニールスの姿に気づきました。
見渡すかぎり、どこもかしこも商人が立って手招きをしています。みんな、自分たちの本来の立派なお客のことなどすっかり忘れて、ニールスのことばかりに気を取られているのです。
見てみると、商人たちは店の隅へ飛んでいっては、一番いい品物を持ってきて、それを台の上に並べながら、夢中になって手を振っています。

ニールスは構わずどんどん先へ歩いていきました。
すると、一人の商人が台を飛び越えてやってきて、ニールスを押しとどめました。そして、銀色の布や、まぶしいほどピカピカ光る美しい毛氈(もうせん)を、ニールスの目の前に広げて見せました。
ニールスは、ただニコニコするよりほかありません。
ニールスのようなちっぽけで貧しいものには、そんな品物を買うことなど到底できないと、彼らだってわかりそうなものなのに。
ニールスは立ち止まり、自分は何も持っていないから、このまま行かせてほしいということを伝えようと、空っぽの両手を広げてみせました。
すると商人はうなずき、指を一本立てて見せながら、その美しい品物の山をニールスのほうへ突き出しました。
「この人は、金貨一枚でこの品物を全部売るつもりなんだろうか?」と、ニールスは不思議に思いました。
すると商人は、ひどく小さくすり減った銅貨を一枚取り出し、ニールスに見せました。そして、なんとかして売ろうと必死になって、さらに大きくて重たい銀の杯を二つ、その山に追加したのです。

ニールスはポケットの中を探り始めました。
もちろん、銅貨一枚すら持っていないことは自分でも百も承知なのですが、思わず知らずそうしてしまったのです。
他の商人たちは、この商談がどうなることかとじっと見守っていました。そして、ニールスがポケットを探り始めたのを見ると、みんな自分の店へ飛んで帰って、金や銀の装飾品を手に持てるだけ持ってきては、ニールスの前にならべて見せました。
そして、銅貨を一枚くれさえすれば、これを全部あげるということを手振りで伝えてきたのです。
ニールスは、チョッキのポケットからズボンのポケットまで全部ひっくり返して、何も持っていないことを商人たちに見せました。
すると、どうでしょう。
ニールスよりもずっと良い身なりをしているはずのこの商人たちの目には、みるみるうちに涙があふれてきました。
みんながひどく悲しんでいる様子を見て、ニールスもまた、すっかり心を動かされてしまったのでした。そして、どうにかして彼らを助けてあげられないものだろうか、とニールスは考え込みました。
すると、ついさっき浜辺で見つけた、さびだらけの銅貨のことをふっと思い出したのです。
ニールスはすぐさま通りを駆け下りていきました。
すると幸運なことに、最初に入った門のところへたどり着くことができました。
大急ぎで門を通り抜け、さっきの小さな銅貨を探し始めました。
銅貨はすぐに見つかりました。
ところが、それを拾い上げて町の中へ駆け戻ろうとしたその瞬間、これは一体どうしたことでしょう。
目の前に見えるのは海ばかりで、もう壁もなければ門もありません。
番兵の姿も見えなければ、通りも、家も見当たりません。
ただ、海がどこまでも広がっているだけなのです。
ニールスの目には、思わず涙が浮かびました。
最初は、今自分が見たものは幻だったのだろうかと思いましたが、それもすぐに忘れてしまいました。
ただ、何もかもが夢のように美しかったということだけが、心に焼き付いていたのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました