初級翻訳・一寸法師 第23話

一寸法師

恋の恨みと罪の恐れだ。俺はもう半分気が狂っていた。俺は何度も短刀を懐にして、貴様の屋敷のまわりをうろついた。だがどうしても機会がなかった。俺はこの怨みを晴らすまでは警察の手を逃れたいと、下宿に帰らないで木賃宿に泊まっていた。貴様のすべすべした頬っぺたに短刀を突き刺して、グリグリとかき回してやることばかり考えていた。だがもうダメだ。俺はとうとう捕まってしまった。刑事に泣きついて、やっとこの手紙を書く暇をもらったんだ。言いたいことは山ほどあるが、もう時間がない。ただ一つ約束しておくことがある。俺は何年刑務所に入るかわからないが、牢を出たら誓って復讐してやる。俺は今からその日を楽しみにしている。貴様も首を洗って待っているがいい……」

もう一つの封書は、その十日ほど前に書かれたもので、そこには「たった一度でいいから会ってくれ」という、哀れにすがるような言葉が延々と書き連ねてありました。
葉書には三月二十七日の日付がありました。
三千子が変死する一両日前に届いたものです。
恐らく彼は刑務所を釈放されると、その足で郵便局に立ち寄ったのでしょう。鉛筆の走り書きで、当事者にしか分からない簡単な、しかし恐るべき文句が記されていました。

「お喜びください。
やっとお目にかかれるようになりました。
近日中に是非お目にかかってお約束を果たすつもりです。
例のお約束を。
K」

「こんな葉書を受け取って、黙っていたのですね。怖くなかったのでしょうか」
紋三は読み終えて、不審に思い尋ねました。

「僕もそれを考えたのだが、ひょっとしたら山野さんには打ち明けてあったのかもしれない。実は、僕はまだ一度も山野さんに会っていないんだよ。熱がひどいらしいのでね。だが、彼が警察の助けを求めていないことだけは確かだ。そんなことをするのは、ひどく恥さらしだからね。三千子さんも、蕗屋(ふきや)を気遣って打ち明けられなかったのかもしれない。恋人に、そんな過去を知られるのはつらいことだから」

「それだと、今度の事件は、この執念深い失恋者による復讐だった可能性があるわけですね」
紋三は次々と現れる証拠品に、すっかり面食らっていました。彼は今日この菊水旅館に来るまでは、事件の真相を少しはつかんだつもりでいましたが、明智の話を聞いているうちに、だんだんと自信を失っていったのです。これらの証拠品が一体何を指し示しているのか、明智がどのような判断を下しているのか、少しも分かりません。不思議なことに、証拠が一つ現れるたびに、事件の真相が明らかになるどころか、反対にますますややこしく、不明瞭になっていくように思えるのです。

「さあ、その点も今のところ確かなことは言えない。もしこの男が下手人だとすると、いろいろとつじつまの合わないところが出てくる。第一、あの晩には外部から人が侵入した形跡が少しもないのだからね。といって、ちょうどこの男が出獄した時に三千子さんが殺されたというのは、偶然にしては一致しすぎているようにも思われる。北島は一年の間、牢の中で復讐のことばかり考えていたに違いないのだから、どんな巧妙な手段を考え出していたか分からない。その上、失恋と前科のせいで半ば気が狂った捨て身の犯行だし、彼が下手人ではないと容易に断言はできないよ」

紋三は、明智がわざと曖昧な言い方をして、自分をじらしているのではないかと思いました。同時に、ふと例の一寸法師の醜い姿が頭をよぎりました。彼はこの頃、何か不可解な事実にぶつかると、すぐにあの奇形児を思い出すようになっていたのです。

「この北島の行方は分かっているのですか」
「今のところ分かっていない。だが、これが警察の手に渡れば、前科者でもあるし、それほど苦労せず探し出せるだろう。それはともかく、ここにまだ少しばかり証拠品が残っていた」
明智は卓上の化粧品類と吸取紙を目で示して言いました。
「君はもう夫人から聞いて知っているだろうが、例の百貨店の片腕と、それから昨日山野氏宛てに郵送されてきたもう一つの片腕の指紋をとり、三千子さんの指紋と一致するかどうかを調べてみたのだ。そして、不幸にして僕の推察が当たったのだが、その証拠がこれだ」

明智は大切そうに麻のハンカチを解いて、いろいろな形の瓶や、ニッケル製の容器などをそこに並べました。それらの滑らかな表面には、たくさんの黒い斑紋が現れていました。指紋をはっきりさせるために、黒い粉をふりかけてあったのです。

「三千子さんは随分おしゃれだったと見えて、化粧品の種類は驚くほどあった。手の化粧品や爪磨き粉、やすり、バッファーなんかも一通りそろっていた。だがその中で、指紋がよく出ているのはこれだけで、あとは容器の表面がザラザラしていたり、紙製だったり、滑らかなものでも、大部分は指紋がちっとも残っていないので役に立たない。鏡の表面だとか引き出しの金具も調べたけれど、掃除してしまったあとだった。だがこれだけあれば、証拠品としては十分すぎるくらいだ」

明智は容器を一つ一つ摘み上げては、大切そうに並べ替えていきました。
「過酸化水素キュカンバー、緑の水白粉、練白粉、花椿香油、過酸化水素クリーム……みんな平凡だな、和製のあまり高くない品ばかりだ。それに三千子さんはどうも無定見に、手当たり次第に化粧品を集めている。上品な趣味じゃないね。だが、こいつはポンピアンの舶来品だ。といって大して高級品でもないけれど、脂肪の強いクリームだな」
明智はその最後の品を、何か楽しげにいつまでも弄んでいました。

「それだけは指紋がついていないようですね」
紋三はふと気がついて尋ねました。
「外側は拭いたように綺麗になっているがね。ほら御覧、中のクリームに、こんなに完全な指の跡がついているから」
明智はそう言って、いたずら小僧のようなずるそうな表情をしました。

最後の一品は桃色の吸取紙でしたが、それには三千子の指紋がある以外には、別に注意すべき点もありませんでした。たくさんの文字を吸い取った跡が重なり合ってついていましたが、皆不明瞭で、とても読み取ることはできませんでした。

「さあ、これで僕が発見したものは、すっかり見せ終えたよ」「さて、今度は君の話を聞かせてもらおうか。昨夜の出来事をね」
明智は卓上に並べた品々を手文庫の中へしまいながら、紋三にそう促しました。
「いや、ダメですよ」紋三は頭をかきました。
「あなたが知っている以上のことは、何もありませんから」
彼は昨夜、山野夫人たちがいつの間にか部屋の中から姿を消してしまったことを手短に話しました。
明智はその不思議な事実を聞いても、驚く様子もなく、興味がないといった顔で聞き流しました。そして、ふと何かを思いついたように、突然まったく別のことを尋ねました。
「三千子さんは、血色のいい人だったかい? 写真ではよく分からないが、どちらかといえば赤みがかった、つやつやした顔じゃなかったのか?」
「いいえ、その正反対ですよ。別に体が弱かったとは聞いていませんが、どこか病的なすさんだ感じがあって、顔色も青白い方でした。それを化粧や表情の作り方で巧みに隠していたんです。

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