彼はとにかく山野家を出て、電車道の方へ歩いて行きました。
「これは一度、明智でも訪問して気を紛らわせた方がいいかもしれない。三日ばかり会っていないのだから、探偵の方もずいぶん進捗しているだろうし、それにこの間はなぜか隠すようにしていたが、どうやらO町の家の秘密を握っている様子だから、一つ詳しく聞き出してみよう」
紋三はふと、そんなことを考えました。
というのも、彼はこの事件で夫人がどんな役割を演じたのか、明智の口から早く聞きたかったのです。
明智は今日も宿にいました。
いつ働いているのか分からないような男でした。
「やあ、ちょうどいいところに来たね」
紋三が女中のあとについて部屋に入ると、例によって明智のニコニコ顔がありました。
「実はね、三千子さんの事件が大体片がついたんだよ。君にも知らせようと思っていたところなんだ」
「では、犯人が分かったのですか?」
紋三はびっくりして尋ねました。
「それはとっくに分かっていたさ。ただね、今日まで発表できない理由があったのだよ。それについて、実はこれから捕物に出かけるんだ。今に警視庁の連中が僕を迎えに来ることになっている。僕が指揮官というわけさ。それに今日は珍しく、刑事部長ご自身が出馬されるんだ。親しい間柄だからね。僕が引っ張り出したんだよ。だが、この捕物は十分それだけの価値がある。相手が前代未聞の悪党だからね。実際世の中には、想像もできないような恐ろしい奴がいるものだね」
「例の一寸法師じゃありませんか?」
「そうだよ。だが、あいつはただの不具者じゃない。奇形児なんてものは、多くは白痴か低能児だが、あいつに限っては、低能児どころか、実に恐ろしい知恵者なんだ。希代の悪党だよ。君はスチブンソンの『ジキル博士とハイド氏』という小説を読んだことがあるかい。ちょうどあれだよ。昼間は行儀のいい善人を装っていて、夜になると悪魔のような形相で町から町をうろつき回り、悪事という悪事をし尽くしていたんだ。執念深い不具者の呪いさ。人殺し、泥棒、放火、その他ありとあらゆる害毒を暗闇の世界に振りまいていた。驚くべきことは、それが奴の唯一の道楽だったということだよ」
「ではやっぱり、あの不具者が三千子さんの下手人だったのですか?」
「いや、下手人じゃない。この前も言ったように、下手人は別にいる。だが、あいつは下手人よりも何倍も恐ろしい悪党だ。我々はまず何をおいてもあいつを滅ぼさなければならない。それを今まで待っていたのは、もう一人の直接の下手人を逃さないためだったが、その方ももう逃亡の心配がなくなったのだ」
「それは一体誰なのです?」
紋三は息を詰めて尋ねました。
山野夫人の美しい笑顔が、彼の目の前にちらつきました。
ちょうどその時、宿の女中が入ってきて、明智に一枚の名刺を渡しました。
「ああ、刑事部長の一行がやって来たんだ。すぐに出かけなきゃならない。君も一緒に行って見るか。話の続きは自動車の中でもできるからね」
明智はもう立ち上がって着替えを始めていました。
旅館の門前には、警視庁の大型自動車が止まっていました。
一行は刑事部長のほかに私服の刑事二名、そこへ明智と紋三とが同乗しました。
「君の注意があったから、原庭署の方へも手配を頼んでおいたよ」「だが、危険なこともあるまいね」
部長は彼ほどの地位にいながら、まだ太ってもおらず、狐のような顔をした痩せた男でした。
一見すると軽薄そうにも見えましたが、しばらく見ていると独特の凄みを感じさせます。
普段ならこんな現場に出てくるような人物ではないだけに、少し不思議な取り合わせでした。
「何とも言えませんね。不具者ではありますが、地獄から這い出してきたような悪党ですから。実際、人間離れしていますよ。小人のくせに恐ろしく素早く、猿のように木登りが上手い。それに、奴一人ならまだしも、仲間もいますからね」
明智は車の座席に腰を下ろしながら言いました。
「だが、感づかれて逃げ出したりはしないだろうね。見張りは大丈夫なのか?」
「大丈夫です。僕の部下が三人、三方向から固めています。皆、信頼できる男たちですよ」
自動車が走り出すと、前の座席と後ろの座席では話が通じにくくなりました。自然と明智は、隣に座る小林紋三と話し始めました。
「例の中之郷O町の家ですね。君はその後、あの家を調べてみたかね? あそこは以前、長い間ある種の淫売窟だったんだよ。非常に秘密裏に、素人の娘や奥さんなんかを世話する家だった。その道の通人にはかなり有名だったが、近所の人たちはまるで知らなかった。その跡地をあの怪物が借りたのさ。だから、よくある話だが、あの家には二階から秘密の抜け道が作られている。万が一、警察のガサ入れがあった時の逃げ道さ。それが、押し入れの中から隣の家との壁の間を通って、とんでもない所へ抜けているんだ。君があんなに見張っていて逃げられたのも無理はないのだよ」
「そうとは知りませんでした。馬鹿馬鹿しい話ですね。一体、どこへ抜けているんです?」
紋三は、なんだか拍子抜けしたような気分でした。
「養源寺の裏手に抜けているんだ。君は気づいていたかな? 養源寺は中之郷A町にある。そのA町とO町とは背中合わせだろう。つまり、A町の養源寺から入ってO町へ抜けることもできれば、O町の例の家から養源寺の境内を通ってA町へ抜けることもできるんだ。表通りを回れば二、三町もあるけれど、抜け道を使えばすぐ隣同士さ。ところが、養源寺といえば、いつか君が一寸法師の入るのを見た寺だ。ね、だいたい見当がつくだろう。これが奴の手品のタネなんだよ」
「なるほど、背中合わせに当たるわけですね。ちっとも気がつきませんでした」
「だが、奴の逃げ道はもう一つあるんだ。同じA町の養源寺の墓場の裏手に、これも背中合わせだが、妙な人形師の店がある。あの不具者はこの家からも出入りしていたことが分かった。つまり、奴の住処は、三つの違う町に出入り口を持っているわけだ。奴があれだけの悪事を働いて、今日まで秘密を保つことができたのは、全くこの出没自在な出入り口のおかげと言ってもいい」
「すると、あの寺の和尚や、その人形師なんかも仲間なんですね」
「無論そうだね。仲間以上かもしれない」明智は例の人をじらすような言い方をしました。
「そこで、今日はその三方向の入り口から包囲攻撃をやるわけなんだ」
「では、先だって山野の奥さんと一緒にO町の家へ入った男は誰です?」紋三が尋ねました。
「やっぱり仲間の一人でしょうか」
「その男は足を引きずっていただろう?」
「ええ、跛(びっこ)でした」
「じゃあ、それがあの一寸法師なんだよ。顔に見覚えはなかったかい?」
「鳥打帽子と大きな眼鏡で隠していて、それに暗かったのでよく分かりませんが……だって、一寸法師がどうしてあんな大男になれるのです?」
「そこだよ。その点がまた、奴の悪事が露見しなかった理由なんだ。奴は暗闇の世界でだけ一寸法師で、昼間は普通の人間なんだ。恐ろしい手品さ」
「でも、どうしてそんなことができたのです?」
「奴は子供の時分に怪我をして、両足に大手術をやったというのだ。つまり、義足をはめている体なのさ。
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