初級翻訳・いたずら小僧日記 第15話

いたずら小僧日記

僕を待っているでしょう」
「姉さんたちはもう先ほど立ちました。
もう随分行ったでしょうよ」
ぼくはお酒を飲んだおかげで散々な目にあってしまった。
この間から学校へ通っている。
ぼくは作文と習字が上手になりたい。
先生はぼくを賢いと言って褒めてくれた。
勉強すれば大臣になれるかもしれないと言ったが、あてにはならない。
けれどもなかなか勉強する時間なんかないや。
教室に出てもよほど気を付けていないととんでもない目に合う。
第一どこから紙を噛んだやつが飛んでくるか知れない。
いつ手紙が回ってくるか分からない。
どういう間違いで先生が机の中のピーナッツやリンゴを見つけないとも限らない。
こんなことに気を配るから教科書を見る時間が少なくて困る。
けれども寄宿舎に比べればどんなに良いか知れない。
ぼくが学校へ行っている間は家は天国のようだとお歌さんが言った。
生意気なやつだ。
それじゃ天の使いはいるのかと問い詰めたら、ここに一人いると自分の胸を指さした。
人を馬鹿にしている。
弟の耳を引っ張ったりする天の使いたるものがあって堪るものか。
女というものはどうしてこんなにうぬぼれが強いんだろう。
お歌さんの方の会でチャリティーバザーを開いたから、手伝いに行ってやった。
初めの日は大変大成功して、ぼくは皆に褒められた。
ぼくは胸に赤いリボンの蝶をつけて得意がっていた。
これは販売係のバッジである。
五銭の葉巻を二十銭で売った。
お歌さんが計算してみたら、こちらだけで六十本売れていた。
二日目もかなり景気がよかった。
日が暮れてから会員一同クラブの二階でお茶を飲んだ。
もちろんぼくも出席した。
ぼくは会員じゃないけれど、福引券を三枚もらっている。
だからお茶なんかどうでもいいから早く福引を始めればいいのにと思っていた。
あまり退屈だったから、ぼくは隣の席にいた奥様にこう話しかけた。
「面白いものを見せてあげましょうか」
「何ですの、坊ちゃん」
と聞くからこう説明してやった。
「何でも黒いものです。
びっくりなさらなければ見せてあげます」
「何ですか、ぜひ拝見いたしましょう」
今度は右隣にいたお嬢さんが口を出した。
ぼくはもういいだろうと思って、ポケットの中から先ほど捕まえておいた小さなネズミを出してテーブルの上に置いた。
ぼくが手を離すか離さないうちにネズミは奥様に飛びついた。
奥様がキャッと叫んで払い落としたら、今度はテーブルの上を向こうの端まで走っていった。
たかが小ネズミ一匹じゃないか。
泣いたり、叫んだり、気を失ったり、テーブルをひっくり返したり、ご丁寧にランプまで割って大騒ぎするには及ばないことだ。
お春さんは服を少し破き、お歌さんは手を火傷した。
きっとこれから当分はぼくとは口をきいてくれないだろう。
他の人たちもぼくを恨むだろう。
けれどもぼくは何度でも言ってやる――たかが小ネズミ一匹じゃないか。
ぼくを叱る時にお父さんはいつでもこう言う。
「お前を叱りたくないが、仕方なしに叱るのだ。
叱られるお前よりか叱る私の方がどれほど苦しいか知れない」「もっと気をつけて、叱られずにすむようにしなさい」
 先生も昨日、こう言った。
「私はお前を罰したくはない。だが、お前が可愛いのだ。どうにかして、お前を善い人間にしてやりたいと思うから、仕方なしに罰するのだ。愛の鞭というものだ」
 この理屈でいくと、結局のところ、怒りたくはないけれども怒るということになる。
 ぼくだってそうだ。ちっとも叱られたくなんかないのに、仕方なしに叱られている。
 もう少し気をつけて、叱られないようにすればいい。叱るのはあっちのことで、叱られるのはこっちの番だ。
 られる方がいくら気をつけても、しかる方がやめなくては、どこまで行ったって終わりがない。
 矢と的とは、どちらが先にできたと思う?
 弓を持つ方が矢を捨てもしないで、ただ「気をつけろ、射られるな」と注文をつけるのは、理屈に合っていない。
 ぼくが将来お父さんになったら、決して子供をわざわざ叱ったりはしない。
 うっかりで失敗したことなら、どんなことでも決して罰しない。
 一日に三度ずつお菓子をあげよう。そして、お姉さんなんかとは口もきかせまい。
 昨日は四月一日だった。
 四月馬鹿の日とは、この日である。
 この日は嘘をついて人をだましても構わない日である。
 正月やクリスマスよりも、この日が待ち遠しかった。
 去年はまだ世間のことがあまりわからなかったので、四月一日には大分たくさんの人に一杯食わされた。
 その代わり、昨日は色々なことをしてやった。
 ぼくには考えがあるから、まだ夜が明けないうちに起き出した。
 まず一番最初に駆けつけた場所は、火の見やぐらの梯子だった。
 大人というものは知恵が足りない。
世界は大人ばかりの世界だと誤解しているから、こんな梯子なんかも馬鹿みたいに大きく作ってある。
 ぼくは登るのに結構骨が折れた。
 東の空がほんのり明るい。
 静かなものだ。自分の鼻息だけが、妙に大きく聞こえる。
 人間はまだみんな寝ているんだろう。
 家も木も道もぼんやりと見える。こいつらも寝ているんだろう。
 ガス灯さえも、なんだか寂しそうに黄色く光っている。
 誰も、ぼくがこんな高いところにいるとは思わないだろう。
 お神楽の素盞鳴命が着そうなインバネスというコートを着て威張って歩く野郎も、阿呆鳥の羽を首輪にして得意がっている頓痴気(とんちき)も、ぼくがこれから火事の真似をしようとは、夢にも知るまい。
 ぼくはなんだか嬉しくなった。
 静かだから、半鐘がよく響く。
 一つ叩いて、その響きが消えた頃にまた一つ叩く。
 十回ばかりやってみたけれど、下界は平気で寝ている。
 まさかみんな死んでいるわけではなかろうに。
にしても、あまりに静かだ。
 一つの鐘では安心して寝ているんだろうから、今度はすり鉢の縁を叩くようなすり鐘にしてみた。
 むやみやたらに叩いた。
 すると、なんだかあちこちが騒がしくなってきたような気がしたから、ぼくはひとまず梯子を下りた。
「どこですか」
「見えますか」
 蟻のように集まってきた人たちは、みんな口々に同じようなことを言っている。
 朝起きたら必ず「お早う」と挨拶するものだ。
それができなければ人間じゃないって、お母さんが言った。
 そうだとすると、この連中はみんな人間ではないのだろう。
 ぼくは見つかるとやっかいだから帰ってきた。
 途中で鶴子さんに会った。
 ぼくと言葉を交わしたが、何を言っているのかさっぱり通じなかった。
 火事で慌てて、入れ歯を忘れて飛び出してきたんだろう。
 それから山田さんにも会った。
 山田さんは頭に新聞紙を巻いていた。
「火事はどこですか」
 と聞くから、
「すぐこの向こうです」
 と答えた。
 山田さんはお礼も言わないで駆けて行った。
 ぼくも少し寒くなってきたから、大急ぎで走って帰ってきた。
朝ご飯の時にお歌さんが大きな饅頭をくれた。
 朝っぱらからお菓子をくれるなんて、お歌さんにしては珍しい。
 どこかで葬式でもあったのだろうと思って、一口かじったら驚いた。
 綿で作ってあったんだ。

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