そしてもう帰ろうと思っていると、ウキが急に沈んだ。
どうせまた川草か何かにひっかかったのだろうと思ったが、竿まで動いているから、引っ張ってみると、釣れた、釣れた、うなぎが釣れた。
話にすればワニくらいなうなぎだ。
ぼくは大いばりで帰ってきた。
道でどこかのじいさんが、
「坊ちゃん、漁があったかな」
と聞いたから、ぼくは見せてやった。
「おっ、これは大きなもんだ。大てがらだ」
と感心している。
ぼくは内心得意だったけれど、
「なあに少しもダメですよ」
と、やめておけばいいのにちょっとへりくだってみた。
へりくだったものだから、もう話はすんだと思って、じいさんは行ってしまった。
もっとほめさせるんだったのに、惜しいことをした。
夕ご飯の後、お歌さんが客間に入った。
女学校の先生が遊びに来たんだ。
この先生は男のくせにちょくちょくお歌さんのところへ訪ねてくる。
特に義眼の井上さんが来なくなってからは、足しげく遊びに来るようになった。
台所でジャムを独り占めして、二階へ上がろうとすると、客間の中で汽車が破裂したような音がした。
お歌さんがゴムまりのように玄関へ飛び出した。
先生はピアノのそばに倒れている。
お島も料理人もかけつけた。
いつの間にか森川さんが出てきて先生をさまざまに介抱した。
いったい何が起きたのか、ぼくにはさっぱりわからない。
お歌さんはまだロウのように白い顔をして震えながらぼくをにらんでいる。
またぼくのせいにしやがる気だな。
何か悪いことがあるとすぐにぼくの方へもってくる。
まったくよくない癖だ。
お歌さんがピアノを弾こうとしたら、ピアノの上に大きな蛇がいたんだそうだ。
臆病者はひとりでびっくりしただけでは足りず、そばに立っていた先生につきあたったんだそうだ。
「なぜこんなイタズラをします、太郎さん」
と森川さんがしかった。
もうすっかり家族になったつもりでいる。
「僕は何もしません」
「何もしない? それじゃピアノの上に蛇を置いたのは誰です」
ぼくはおかしかった。
盲腸炎がわかるくせに、蛇とうなぎの見分けもつかないなんて、ずいぶんマヌケな野郎である。
「あれはうなぎです」
「うなぎ? うなぎですか。フフフフフ、いや、うなぎでも悪い。ピアノはうなぎを置くところじゃない。あんなに脅してもし病気になったらどうします」
なんだ、もう少し病人がいればいいと始終言っているくせに。
お春さんも森川の加勢をして、ぼくのことを性懲りもないイタズラ小僧だと言った。
お島まで、お母さんが留守なもんだから、向こうの味方になりやがった。
そして何でもかんでもぼくが悪いことにされてしまった。
そうれでございますとも。
どうせ僕が悪いんですよ。
姉さんがうなぎを蛇と間違えても、先生を気絶させても、みーんな僕が悪いんですよ。
ぼくはもう本当に家にいるのが嫌になった。
馬はたぶんダメになるだろう。
念のためにやお島に聞いてみたら、もちろんダメだそうだ。
昨日ぶっこわした盆栽だけでも四、五十円の損だと言った。
よし、ぼくはもうおとなしくなんかしない。
馬なんか世話が焼けて困るだろう。
いない方がいい。
その代わり明日からうんとイタズラをしてやる。
昨日は一日釣りに行っていた。
夕方家へ帰ると、歌さんがまた怖い顔をした。
「どこへ行って遊んでたの?」
「学校から帰ってからお友達のところへ行ったの」
「嘘をおっしゃい。小使さんがなぜ来ないって聞きに来ましたよ」
ぼくは仕方がないから黙っていた。
「本当にしようのない子だね」
本当にしようのない子だねと言われればそれでいいんだ。
大人というものはこの十八番を言いたがって、いろいろと罪を数え立てるもんだ。
すべての小言は「本当にしようのない子だね」に到着する道筋と見たら大きな間違いはなかろう。
夜はにぎやかなものだった。
お歌さんがさびしがって大勢のお友達を呼んだんだ。
ぼくは言い聞かされていたから始終おとなしくしていたが、ちょっと足をだしたらお島がまずいて、盆と茶碗を投げ出した。
あんな軽率な女を置くと、どれだけ損だか知れやしない。
夜の二時ごろに大変な騒動が起きた。
泥棒が入ったといって、お歌さんがわめいた。
ぼくもお春さんも続いて下へ降りた。
お島は隣の家へかけつけた。
「ピストルを持っているから、うっかり上がると危ないですよ」
と料理人が言った。
「なあに大丈夫です。もうすぐ巡査が来ますから」
と隣家の書生が木刀をにぎって武者震いをした。
お歌さんはぼくの手を捉えている。
捉えているのか掴っているのかわからない。
「どこの部屋です。あなたの部屋ですか?」
「ううん、お歌の部屋よ」
「私のベッドの下にいましたわ」
すると、ちゅう公が巡査を連れてやって来た。
巡査は書生と料理人を引き連れて二階へと上がっていった。
ここから先の出来事は、書いていても本当に馬鹿馬鹿しい。
巡査はお父さんの長靴を提げ、書生はお父さんの古い外套(がいとう)を抱えて下りてきた。
ちゅう公があまりにもケラケラと笑うものだから、みんなしてまたぼくの悪戯だと決めつけてしまったのだ。
「この子を交番に連れて行ってくださいな。毎日こんな悪戯ばかりされて、もうどうしようもないんです」
なんて、お歌さんが巡査にしがみついて頼み込んだ。
お春さんと料理人も、巡査に対して何度も何度も頭を下げて謝った。
ぼくは本気で気の毒でならなかった。
そこへ、
「水野くん、だいぶ待ったぜ。一体どうしたんだい?」
ともう一人の巡査が入ってきた時、ぼくは本当に悪いことをしてしまったなと反省した。
ちゅう公のやつはヘラヘラと笑ってばかりいいて、本当にどうしようもない奴だ。
そんなわけで、お姉さんたちは今日、お父さんに電報を打った。
こんな調子では到底一週間のお留守番なんてやり通せない。
これ以上ぼくが何をしでかすか分からないから、すぐに帰ってきてほしいと伝えたらしい。
とうとう、馬の夢はすっかりダメになってしまった。
何を約束したって、いまだに何かを本当に貰えたためしがない。
どうしてぼくは、こんなにも運が悪いんだろう。
十日ばかり前のことだった。
ちゅう公が南京鼠(なんきんねずみ)をくれると約束したくせになかなか持ってこないので、ぼくが催促してやったのだ。
するとちゅう公は、まだ子どもが生まれていないからいまはやれない、その代わり他のものなら何でもやるよと言い訳した。
ぼくは南京鼠なら欲しかったけれど、他のガラクタなんて微塵も欲しくなかった。
「それじゃあ、ぼくの言うことを何でも聞いてくれるかい?
何でも言うことを聞いてくれるなら、この件は勘弁してやってもいいぞ」
「何でもするさ。
するけれど、この前みたいに汽車の線路に油を塗ったりするのはごめんだな」
「なんだ、そんなことじゃないさ。
わけもない簡単なことだよ」
ぼくの家から十町(ちょう)ほど歩いたところに、天岳寺というお寺がある。
その寺の境内には、忠臣蔵で有名な義士たちのお墓がある。
お墓の入り口には「ぎしはか」と書かれた大きな看板が立てられている。
赤い布地に白い文字で書かれたものだ。
初級翻訳・いたずら小僧日記 第17話
いたずら小僧日記
コメント