ここまで来れば、もう半分助かったようなものです。
彼にもそれはわかっていました。
疑われる可能性も低いうえに、ここは人通りが激しいので、彼は砂粒が人混みに紛れるようにして進んでいきました。
けれど、こうした数々の苦しみが心身の力を奪いつくしていたので、彼はやっとの思いで体を運んでいました。
玉のような汗がぽたぽたと流れ、首筋はぐっしょりと濡れていました。
「おい、あの酔っ払いのざまを見ろよ!」彼が掘割の道へ出たとき、誰かがこう怒鳴りました。
彼はもう意識がはっきりしていませんでした。
先へ進めば進むほど、ますます具合が悪くなりました。
とはいえ、思いがけず掘割通りへ出た時、彼は人通りの少なさに愕然とし、ここは人目につきやすいから横町へ引き返そうと思ったことを覚えていました。
ほとんど倒れそうだったにもかかわらず、それでもやはり回り道をして、全く反対の方角から自分の家へ帰りました。
彼は完全に意識を失ったまま、自分の家の門をくぐりました。
やっと階段の入り口までさしかかったとき、初めて斧のことを思い出したのです。
考えてみると、なかなか大きな問題が目の前に残っていました。
ほかでもありません、できるだけ目につかないように、斧を元の場所へ戻しておくことです。
もちろん、その斧を戻さないで、いつかあとでどこかよその裏庭へでも放り込むほうがはるかにいいのかもしれない、ということを考え合わせるだけの余裕すらありませんでした。
しかし、万事は好都合に運びました。
庭番小屋の戸は閉まっていましたが、鍵はかかっていませんでした。
してみると門番が家にいるのは確かなようでしたが、彼はすっかり思考能力を失っていたので、いきなり庭番小屋へ近づいて、さっと戸を開けました。
もし庭番が「なんの用だ?」と尋ねたら、彼はそのまま斧を渡してしまったかもしれません。
が、庭番はまたどこかへ行っていていませんでした。
おかげで、彼はまんまと斧を元どおり床机(しょうぎ)の下へ置くことができただけでなく、前と同じように薪で端を隠すことさえできました。
彼はそこから自分の部屋まで、誰にも、それこそ猫の子一匹にも出会わずに戻りました。
おかみの部屋の入り口も閉まっていました。
自分の部屋へ入ると、彼は着の身着のままで、長椅子の上に身を投げ出しました。
眠ってはいませんでしたが、自分という存在を忘れてしまったような状態に陥っていました。
もしその時誰か部屋へ入ってきたら、彼はすぐに跳ね起きて叫び声を上げたに違いありません。
わけのわからない考えの断片が、やたらに頭の中をうようよしていましたが、彼はどれだけ努力しても、その一つさえつかむことができず、どれか一つに頭を集中させることもできませんでした。
第二篇
一
こうして、彼は非常に長い間横になっていました。
時おりふっと目が覚めるらしく、もうとっくに深夜が過ぎていることに気づくこともありましたが、起きようという考えは頭に浮かびませんでした。
とうとう彼は、もう昼間の明るさになっていることに気がつきました。
先ほどからのぼんやりとした状態で、硬直したまま、長椅子の上で仰向けに寝ていたのです。
通りのほうから恐ろしい、やけっぱちのような叫び声が鋭く彼の耳まで伝わってきました。
もっとも、それは毎晩二時過ぎに、窓の下あたりでよく聞いていたものです。
つまり、この音が今も彼の目を覚まさせたのでした。
『ああ、もう酔っ払いたちが酒場から出てきたな』と彼は心の中で思いました。
『二時過ぎだ』こう思うと彼はいきなり、まるで誰かにもぎ離されでもしたように、長椅子からがばっと跳ね起きました。
『やっ! もう二時過ぎだ!』彼は長椅子の上に座りました――その時、初めてすべてを思い出したのです! 突如として一瞬の間に、何もかもを思い出したのでした!
最初の瞬間、彼は気が狂ったのかと思いました。
恐ろしい悪寒が全身を包み込みました。その悪寒は、寝ている間から続いていた熱のせいでもありました。
ところが、今はふいに激しい発作となって彼を襲い、歯が根元から抜けて飛び出しそうなほどガチガチと鳴り、体じゅうがわなわなと震え始めました。
彼はドアを開けて耳を澄ませました。
家の中はしんと静まり返っています。
彼は呆然として自分の体と、部屋の様子を見回し、どうしても納得がいきませんでした――昨夜帰ってくるなり、ドアに鍵もかけず、服も脱がずに、それどころか帽子をかぶったまま長椅子に倒れ込むなんて、どうしてそんなことができたのでしょうか? 帽子はすべり落ちて、枕のすぐ横の床に転がっています。
『もし誰か入ってきたら、一体どう思っただろう? 酔っ払っているとでも思ったかな。しかし……』彼は窓のそばへ飛んでいきました。
外はもうかなり明るくなっていました。
彼は何か痕跡がないかと、急いで自分の全身を頭から足の先まで調べ始めました。
服も一通りチェックしました。
けれど、着たままではうまくいかないので、悪寒で震えながら身につけていたものをすべて脱ぎ捨て、もう一度くまなく調べ直しました。
糸一本、布の切れ端一つ残さぬようすべてひっくり返してみましたが、それでも自分自身を信用できず、三度も繰り返し検査しました。
それでも、目立つような痕跡はないようでした。
ただ、ズボンの裾が裂けて房のようにぶら下がっている部分、その房の上に、乾いた血の跡が濃くついていました。
彼は折り畳みナイフを取り出し、その房を切り取りました。
それ以外には、何も見当たりませんでした。
ふと、老婆の家でトランクから引きずり出した品物や財布が、まだそのままポケットに入っていることを思い出しました! 彼は今までそれを取り出して隠すことすら考えていなかったのです! 先ほど服を調べている時でさえ、思い出しもしなかった! 一体どうしたというのだ?……彼は急いでそれらをつかみ出し、テーブルの上にぶちまけました。
すべて取り出したあと、まだ何か残っていないかと、ポケットを裏返してまで確認しました。
彼はそれらの一束を部屋の隅へ持っていきました。
そこには、壁紙が裂けてふわふわと浮いている場所がありました。
彼はすぐさまその穴へ、壁紙の下に品物を押し込み始めました。
『うまく隠せた! これでもう目につかない。財布も同じだ!』彼は腰を上げ、壁紙がぷっくりと膨らんだ穴を鋭い目つきで見つめながら、少なからず満足そうに考えました。
その時、ふいに恐怖のあまり愕然としました。
『なんということだ』と彼は絶望したように独り言を言いました。
『おれは一体どうしたんだ? 本当にこれで隠したつもりか? こんな隠し方をするやつがどこにいる?』
もっとも、彼は品物など最初からどうでもよかったのです。
ただ金のことしか頭になく、前もって隠し場所を用意していなかったのです。
『一体、いま、何をあんなに喜んだんだ?』と彼は考えました。
『こんな隠し方をする奴がどこにいる? 全くおれは頭がどうにかなっているのか!』彼はぐったりと長椅子に倒れ込みました。
すると、たちまち堪え難い悪寒がまたしても体を揺さぶり始めました。
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