「そのほうがしっかりお世話が行き届くから」という考え方が心の奥底にあるからです。
お金というものが、どれほど人間の魂を堕落させてきたことか知れません。
そして、「私は人のため、世の中のために活動しているのよ」と言いながら外を飛び回っている矛盾したお母さんもいますが、子どもの立場から見れば、そうした愛情の薄さに対して、不満を抑えることができないはずです。
先ほどもお話ししたように、子どもは母親のことを「真実そのもの」「善そのもの」「美そのもの」として見つめています。
つまり、母親の言葉はそのまま将来の道しるべとなり、その愛情に満ちた優しい顔は美しさの基準となり、さらに母のしたことはすべて正しいと信じ込むことが、子どもの心となり、血肉となっていくからです。
だからこそ、賢い母親というものは、子どものために自分自身の向上を怠ってはならないのです。
日々の言葉づかいや、おこないのすべてにおいて、深く反省する必要があるのです。
たとえば、その一つの例として挙げられるのは、子どもが友達と遊んでいるとき、「あの子供は格好が汚いから」とか「あの家の親の職業が低いから」という理由で、「あんな子と遊んではいけません」などと言ってしまうようなケースです。
素直で純粋な子どもの心に、差別意識や階級の観念を植え付けてしまうのは、ほかでもない、その親たちなのです。
中には、小さな自分勝手さや潔癖さから、自分の家に友達を呼んでくるのを嫌がるようなお母さんもいますが、そうした態度は、子どもを将来自分勝手な人間にしてしまったり、会社に出てからも他の人たちと協力して働くことのできない、哀れな人間に育ててしまう結果につながるのです。
これからの教育は、ただ家庭の中だけの小さな子どもとしてではなく、「国家を支える子ども」として、国に役立つ立派な人間を育てなければなりません。
国が栄えれば、自然と国民も栄えるからです。
国家が強く豊かにならなければ、国民が決して幸せになれるはずはありません。
お母さんたちは、そんな心構えを持って子どもを教育しなければならないのです。
まず第一に、難しい学問を学ぶことよりも、体の健康が何よりも大切なのです。
「ある教科の成績が良くないからといって、何もガミガミと子どもを厳しく叱る必要はありません。
子どもは自分の好きな分野をしっかりと学び、それによって大きく伸びていこうという決意を持っているのです。
それなのに、子どもに人生の希望や高貴な感動を与えるような本当の愛情を忘れ、「難しいと評判の、いい学校に入れたい」というくだらない見栄のために、子どもの体力や健康のことも考えず、顔を合わせるたびに「勉強しなさい!勉強しなさい!」とばかり言うのは、むしろそんな親たちの心の中を悲しく思わずにはいられません。
たとえそんな無理強いをされたとしても、子どもには、母親や、子どもの気持ちを分かってくれない教師に対して抗議する力など何一つありません。
だからこそ、お母さんたちが自分から考えを改めなければならないのです。強引な力を頼りにして試験勉強ばかりを強いるようなやり方をやめて、何百万もの子どもたちを救い出してほしいと心から願うのです。
お母さんだけが、どんなときであっても、子どもの本当の味方でいてくれるはずです。
もしそのお母さんが、子どもの人格を大切にせず、打算的に自分の都合ばかりを考えたとしたら、一体どうなってしまうでしょうか。
お母さんとは、どのような意味から考えても、子どもにとってまさに「太陽」そのものなのです。
初級翻訳・お母さんは僕達の太陽 第2話
お母さんは僕達の太陽
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