初級翻訳・とけない問題 第4話

とけない問題

もし輪の結び目を見たら、不器用な結び方をしてあるために、縄がねじれて結び目が首からはずれているのがわかるわい。
そこでこれでは絶対に息を止めるわけにはいきません。
この人は縄でぶらさげられる前に死んでいました……そして剣で突かれる前に死んでいました。
すると実際はどうして死んだのですかな?」
「私は家の中に引き返して、寝室――その他の物を見てくるほうがいいと思います」
「では行きましょうかな」とブラウン神父。
「したが、その他の物というなら、どうやらこの足をちょっと見て行くほうがよさそうじゃ。
向こうの端にあるこの人の寝室の窓の外からはじめるほうがよかろう。
オヤ、この石畳の細道には足跡一つないが、何かありそうなものじゃ。
したが、ないのがほんとうかな。
オヤ、こりゃ寝室の真下の芝生じゃ。
そしてここにはこの人のごくはっきりした足跡がありますわい」
ブラウンは足跡を見て不気味に目をパチクリさせた。
それから細道をあの木のほうへ引き返しはじめた。
ときどき威厳のないかっこうで身をかがめては何か地面の上の物を見ていた。
最後にフランボウのほうへ引き返して、打ちとけたようすで言った――
「さて、ここにごくはっきり書きつけてある話がわかるかな? 尤もそれほどはっきりした話じゃないけどな」
「私ならはっきりしていると言うだけではあきたりません。
まったく醜悪だと言いますね」とフランボウ。
「フム、こりゃ、スリッパの正確な足型で、地面にごくはっきり踏みつけられているが、こんな話でしような。
老年の半身不随の老人が窓から飛んで、細道と平行している花壇を駆けた……それもしめ殺されて突き刺されるのを楽しみにまるで夢中になってな……あまり夢中になったので、まったく気軽に片足ではねたり、時には横ざまにとんぼがえりを打ったりして……」
「やめてください!」フランボウが怒ったように叫んだ。
「いったいそのとんでもない身振り芝居は何のまねですか?」
ブラウン神父はただ眉を上げて、土の中の象形文字のほうを静かにさしてみせただけであった。
「中ほどの所にスリッパの片足の跡があるだけじゃ……そしてところどころに自然に片手を突いた跡がある」
「びっこを引いていて、倒れたのじゃないでしょうか?」とフランボウはきいた。
ブラウン神父は首を振った。
「それなら少なくとも起きあがるのに手足を使うとか膝やひじを使うとかしただろうからな。
ほかには何の跡もありません。
もちろん石畳の道はすぐそばだが、そこにも何の跡もありません……したが、この割れ目のあいだの土には跡がつきそうなものだがな……こりゃ気違いめいた石畳じゃ」
「畜生、気違いめいた石畳に、気違いめいた庭に、気違いめいた話か!」そう言うとフランボウは暗い表情で暗い嵐のせまってきた暗い庭を見わたした……その庭を横切っている、曲りくねったツギハギの細道は、なるほどそのツギハギという言葉に妙にふさわしい感じであった。
「では、この人の部屋を見に行きましょう」とブラウン神父は言った。
二人は寝室の窓にほど近いドアから入ろうとした。
すると坊さんはちょっと足を止めて、木の葉をはき集めるのに使う、ありふれた庭箒が壁に立てかけてあるのを見た。
「あれが見えますかな?」
「あれは箒です」フランボウは完全な皮肉をこめて言った。
「あれは法外もない手ぬかりですわい」とブラウン神父は言った。
「わしがこの妙な事件で見た最初の手ぬかりじゃ」
二人は階段を登って、老人の寝室に入った。
すると、一目見ただけで、家族の土台にもまた家族の不和の元にもなっている、主要な事実がかなりはっきりした。ブラウン神父は最初から、ここはカトリック教徒の家か、あるいはかつてそうだったことのある家だという気がしていた――しかしここに住んでいるのは、少なくとも一部は、信仰を失った、つまり大へんだらしのないカトリックだとしか思えなかった。
老人の部屋の中のいくつもの絵や像を見ただけで、現在残っている積極的な信仰は実際上老人きりのもので、身内の連中は、どういうわけか、異教徒になっていることがはっきりとわかった。
しかしブラウンは、それだけではありふれた殺人の説明としても絶望的に不十分ということを認めた……ましてこういう異常な殺人についてはなおさらであった。
「えいくそ」と彼はつぶやいた……「この事件では殺人などはまったく少しも異常でも何でもないことじゃ」そしてちょうどこの偶然の言葉を使ったとき、一筋の光明がゆっくりブラウンの顔に浮かびはじめた。
フランボウは、死人のベッドの横にあった小さなテーブルのそばの椅子に、腰を下ろしていた。
彼は水びんの横に置いてある小さなお盆の中の三つ四つの白い小さな丸薬を考え深そうに顔をしかめながら見ていた。
「殺人者は、男女いずれにしても、何か不可解な理由があって、この老人がしめられたためか刺されたためか、あるいは両方ののために死んだのだと、われわれに思わせようとしたのです。
この男はしめ殺されたのでもなく刺し殺されたのでもなく、そんな目に遭ったのではありません。
なぜそんなことを暗示したがったのでしょうか? 一番合理的な説明は、老人が何か特別な死に方をしたためにだれか特別の人と関係があるように思われては困るからという理由です。
かりに、たとえば、毒殺されたものとしたらどうでしょう。
かりにその場合ほかのだれよりも当然犯人らしく思われるような者が関係しているとしたらどうでしょう」
「けっきょく、あの青眼鏡のお友達はお医者さんですからな」ブラウン神父はやわらかに言った。
「わたしはかなり注意してこの丸薬を検査するつもりです」とフランボウは話を進めた。
「だが、こいつはなくしたくありませんね。
水にとけそうな格好ですよ」
「それを化学的に調べるにはいくらか暇がかかるかもしれん。
そして警察医がその前にここへ来るかもしれん。
だからわしははっきり忠告しておきますが、それをなくさないようにすることじゃ。
つまりもしあんたが警察医を待つつつもりだとならばな」
「わたしはこの問題をとくまでここにいるつもりです」
「ではあんたは永久にここにいることになりましょう」ブラウン神父は、静かに窓外を見ながら、言った。
「ともかく、わしはこの部屋にいる気はありませんわい」
「あなたはわたしにはこの問題がとけないとおっしゃるつもりですか? なぜわたしにはこの問題がとけないんでしょう?」
「なぜかというとそれは水にとけないからじゃ。
いや、血にだってとけやしません」と坊さんは言った。
そして暗い階段を降りて、暗くなった庭へ出て行った。
そこで坊さんはいま窓から見ていたものを改めて見なおした。
雷の来そうな空の熱と重苦しさと暗さがあたりの風景にいっそう近くせまってきているらしかった……むらがる雲が、しだいにせばまってくる頭上の空間に月よりも青ざめてうかんでいた、太陽をすっかり征服してしまった。
空中には遠雷がとどろいていたが、いまはもうソヨとも風も吹いていなかった。
庭のとりどりの色までがひとしお濃い暗黒の影のようにしか見えなかった。

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