もう一杯飲んでいけよ、待てってば!」
と言ったのですが、小吉はプイッと下駄(げた)をはいて表に出ていってしまいました。
空はよく晴れていて、十三夜の月が空のまんなかにぽっかりと浮かんでいました。
小吉が門を出ようとして、ふと足もとを見ますと、門のわきの田んぼのあぜ道に、病気をよけるための「源の大将(みなとのたいしょう)」の人形が立っていました。
それは、竹の棒に半紙(はんし)を一枚ぺたっと貼りつけて、大きな顔を描いたものです。
その「源の大将」が、青白い月の光の中で、わざと顔を横に曲げ、目をキッと怒らせて、小吉をにらんでいるように見えました。
小吉もカッときて、すぐにそれを引っこ抜いて田んぼの中に投げ飛ばしてやろうとしましたが、急に何を考えたのか、ニヤリと笑って、それを道路のまんなかにどーんと立て直したのです。
そしてまた、ひとりで「ぷんぷん、ぷんぷん」と文句を言いながら、二つの低い丘を越えて自分の家に帰り、おみやげを待っていた子どもを叱りつけて、そのままむすっとして布団(ふとん)にもぐり込んでしまいました。
ちょうどそのころ、平右衛門の家ではもう宴会(えんかい)もお開きになっていたので、お客さんたちはみんな、ごちそうの残りをワラで作ったつと(包み)に入れて、ぶらりぶらりと手に下げながら、三人でぶつかり合ったり、四人でよろめき合ったりしながら、門のところまで出てきました。
縁側に出てそれを見送った平右衛門は、みんなにわかれのあいさつをしました。
「それではお気をつけて。おみやげを、とっこべとら子に取られないように気をつけてくださいね、アッハッハッハ!」
お客さんの中の一人が、ふらりと振り返って答えました。
「ハッハッハ! とっこべとら子なんざ、おれの方から捕まえて食ってやるさ!」
その言葉がまだ終わらないうちに、神出鬼没(しんしゅくきぼつ)のとっこべとら子が、門のむこうの道のまんなかに、まっ白な毛を逆立ちさせて、こっちをギロリとにらんで立ちふさがりました。
「わあ、出た出た! 逃げろ、逃げろ!」
もう大変な大さわぎです。
みんな、泥(どろ)がついた足のまま、ヘタヘタと座敷(ざしき)の中へ逃げ込みました。
平右衛門は手早く長押(なげし:柱の上のほうの木)から薙刀(なぎなた)を下ろし、さやを払って、ものすごい光を放つ刀身をぶんぶん振り回したので、お客さんの一人があわや赤いはなを切り落とされそうになりました。
平右衛門はヒラリと縁側から飛び下りて、はだしで門の前にいる白狐(びゃっこ)に向かって突っ込んでいきました。
まわりのみんなも、これで勇気が出たのか、カサカサとしたときの声をあげて自分を奮い立たせ、ぞろぞろとあとに続きました。
さて、平右衛門も、目の前にあまりにリアルにいる白狐の姿を見ては、やっぱり怖さがのどのところまでこみあげてきましたが、まわりのみんなの手前もありますので、やっとの思いで一喝(いっかつ)しながら切り込んでいきました。
たしかに手ごたえがあって、白いものは薙刀の下でブルブルと震えています。
「仕留めたぞ! 仕留めたぞ! みんな、こっちへ来い!」
と平右衛門は叫びました。
「さすがは獣(けもの)の浅はかさ、もろいもんだな!」
みんなはよろこび勇んで、その狐の死がいを取り囲みました。
ところが、どうでしょう。
今度はみんな、びっくりするどころか、かえってギョッとしてしまいました。
それもそのはず、その古い狐は、もう身代わりとして病気よけの「源の大将」の人形をそこに残して、どこかへちゃっかり逃げてしまっていたのです。
みんなは口々に言いました。
「やっぱり、年老いたずるい狐だなあ。目玉なんてまるで火のようだったぞ」
「おまけに毛といったら、まるで銀の針みたいだった」
「まちがいないなあ、口が耳まで裂けていたもん。たたりを受けなきゃいいが……」
「心配するな、明日はみんなで川岸に行って、油揚げをどっさり持ってきて置いてくればいいさ」
みんなはもう家に帰る元気もなくなって、その夜は平右衛門の家に泊まることにしました。
残された「源の大将」は、顔を半分切り落とされて、月の光の中でキリキリと歯をくいしばっているように見えました。夜中になってから、「とっこべ、とら子」と、そのたくさんの可愛らしい手下たちがまたやって来て、庭にほうり出されたさっきのおみやげのワラの包みを、カサカサと引っ張っていく音がした――と、みんながさっきも話していたのでした。
初級翻訳・とっこべとら子 第2話
とっこべとら子
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