あいつらいつもなんだかんだって人をだますんだから」
楢夫もようやく、泣きじゃくるだけになりました。
けむりの中で泣いて目をこすったもんだから、目のまわりが真っ黒になって、ちょっと小さなタヌキのようになっていました。
お父さんはなんだか少し泣きそうな顔で笑いながら、
「さあ、もういっぺん顔を洗いなさい」
と言いながら立ちあがりました。
二、峠
昼すぎになって谷川の音もずいぶん変わりました。
なんだかあたたかく、そしてどこかおだやかに聞こえるのでした。
お父さんは小屋の入り口で、馬を引いて炭を下ろしに来た人と話していました。
ずいぶん長いこと話していました。
それからその人は、炭俵を馬につけはじめました。
二人は入り口に出てそれを見ました。
馬はもりもりとかいばを食べていて、そのたてがみは茶色でばさばさし、その目は大きくて、目の中にはさまざまなおかしな機械が映っているようで、大へんに気の毒に思われました。
お父さんが二人に言いました。
「それじゃお前たち、この人に従って家に帰れ。この人は楢鼻まで行くからな。今度の土曜日に天気がよかったら、またおれが迎えに行くからな」
あしたは月曜日ですから、二人とも学校へ行くために家に帰らなければならなかったのでした。
「それじゃ行きます」
一郎が言いました。
「うん、それから家に帰ったらお母さんに、ついの人に頼んで大きな方の鋸(のこぎり)を研いでもらってくれって言うんだぞ、いいか。忘れなよ。家までちょうど一時間半くらいだから、ゆっくり行っても三時間半で戻れる。喉が乾いても雪は食べちゃだめだぞ」
「うん」
楢夫が答えました。
楢夫はもうすっかり機嫌を直して、ピョンピョンと飛び跳ねたりしていました。
馬を引いた人は炭俵をすっかり馬につけて、綱を馬の背中で結んでから、
「さあ、それじゃ、行くべか。子どもたちは先に立ったほうがいいべかな」
と、二人のお父さんにたずねました。
「なに、従っていくもんです。どうぞよろしくお願いいたします」
お父さんは笑っておじぎをしました。
「さ、それじゃ、まず」
その人は手綱を持って歩きだし、鈴がツァリンツァリンと鳴り、馬は首を垂れてゆっくり歩きました。
一郎は楢夫を先にして、そのあとに従って歩いていきました。
道がよく凍りついて固まっていて、じっさい気持ちがよく、空はまっ青に晴れて、かえって少しこわいくらいでした。
「房下がってるぢゃぃ」
にはかに楢夫が叫びました。
一郎はうしろからよく聞こえなかったので、「何だ」とたずねました。
「あの木さ房下がってるぢゃぃ」
楢夫がまた言いました。
見ると、すぐ崖の下から一本の木が立っていて、その枝には茶いろの実がいっぱいに房になって下がっていました。
一郎はしばらくそれを見つめました。それから、少し馬から遅れてしまったので、ふたりは急いで馬に追いつきました。
馬を引いている人は、この時ちょっと後ろを振り返って、こちらを透かすように見ましたが、何も言わずにまた歩き出しました。
道の雪は固まってはいましたがでこぼこしていたので、馬はたびたびつまずきそうになりました。
楢夫もまわりを見ながら歩いていたので、やっぱり何度もつまずきそうになりました。
「足下を見て歩きなよ」
と、一郎が何度も注意しました。
道はいつの間にか谷川から離れて、大きな象のような形をした丘の中腹を回り始めました。
栗の木が何本も立って、枯れた乾いた葉をたくさんつけており、鳥たちがちょんちょんと鳴きながら後ろの方へ飛んでいきました。
そして、お日様の光がなんだか少し薄くなり、雪が今までよりも暗く、そのくせかえって強く光るようになってきました。
そのとき、向こうから一列の馬が鈴をチリンチリンと鳴らしながらやって来ました。
道が一か所の赤い実をつけたマユミの木のそばまで来たとき、両方の人たちは行き合いました。
兄弟の先頭を歩いていた馬は、ちょっと道をよけて雪の中に立ちました。
兄弟も膝まで雪に埋まりながら、道をよけました。
「早いな」
「早かったな」
挨拶をしながら、向こうの人たちや馬は通り過ぎて行きました。
ところが、一番おしまいの人だけは、挨拶をしたまま立ち止まってしまいました。
馬はひとりで少し歩いて行ってから、後ろから「どうした」と声をかけられたので止まりました。
兄弟は雪の中から道に上がり、ふたりと並んで立っていた馬も道に上がりました。
すると、馬を引いた人たちはあれこれと話し始めました。
兄弟はしばらくの間、自分たちの馬が歩き出すのを立って待っていましたが、あまりにも待ち遠しかったので、とうとう少しずつ歩き出しました。
あとはもう峠を一つ越えればすぐ家でしたし、一里もないのですから、それに天気は少し曇ったとはいえ道はまっすぐ続いていますから何でもない、と一郎も思ったのです。
馬を引いた人は、兄弟が先に歩いていくのをちょっと横目で見ていましたが、すぐあとから追いつくつもりらしくだまって話を続けました。
楢夫はもう早くおうちに帰りたいらしくどんどん歩き出し、一郎もたびたび後ろを振り返って見ましたが、馬が雪の中で茶色の首を垂れ、ふたりの人が話し合って白い大きな手甲がちらっと見えたりするだけだったので、やっぱりそのまま歩いていきました。
道はだんだん上りになり、ついにすっかり坂道になったので、楢夫はたびたび膝に手をつっぱって「うん、うん」とおふざけをするようにしながら上っていきました。
一郎もそのうしろでハーハーと息をつきながら、
「がんばれ坂道、がんばれ山道」
なんて言いながら進んでいきました。
けれども、とうとう楢夫は疲れてくるっとこっちを向いて立ち止まったので、一郎は勢いよくドカンとぶつかってしまいました。
「疲れたかい?」
一郎もハーハー息をきらしながら言いました。
来た方を見ると、道は一本の線のようにずっと細く続いていて、人と馬もうすでに丘の陰になって見えなくなっていました。
あたり一面のまっ白な雪が(それはとても暗く沈んで見えました。空がすっかり白い雲でふさがれ、太陽も大きな銀のさらにようにくすんで光っていたのです)、なだらかにうねり、そのところどころに茶色の栗やカシワの木が三本、四本ずつちらばっているだけで、本当におそろしく静かで、何とも言えないさびしさでした。
けれども楢夫は、その丘の自分たちの頭の上からまっすぐ向こうへかけおりていく一匹の鷹を見たとき、高く叫びました。
「しっ、鳥だ! しゅうー!」
一郎は黙っていました。
けれどもしばらく考えてから言いました。
「早く峠を越えるぞ。雪が降ってくるから」
ところが、ちょうどそのときでした。
まっ白に光っている空に、暗くゆるやかにつらなっていた峠の頂上のほうが、少しぼんやり見えてきました。
そしてまもなく、小さく小さな乾いた雪の粉が、少しばかりちらっちらっとふたりの上から落ちてきました。
「さあ楢夫、早く上るんだ。雪が降ってきたぞ。上に行けば平らだから」
一郎が心配そうに言いました。
楢夫は、お兄ちゃんの少し変わった声を聞いて急に慌てました。
そしてまるでせかせかと上っていきました。
「そんなに急ぐなよ。
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