初級翻訳・ガリバー旅行記 第15話

ガリバー旅行記

すぐに起き上りましたが、みんながひどく心配してくれるので、私は小脇にかゝえていた帽子を手に取り、頭の上で振りながら、「万歳!」と叫びました。
これは転んでも、怪我はなかったということを、みんなに知ってもらうためでした。
そのとき、主人の隣りに坐っていた、一番下の息子で、まだ十ばかりのいたずら児が、私の方へ手を伸したかとおもうと、いきなり、私の両足をつかまえ、宙に高くぶら下げました。
私は手も足も、ブル/\ふるえつゞけました。
しかし、主人は息子の手から、私を取り上げ、同時に彼の左の耳をピシャリと殴りつけました。
それは、ヨーロッパの騎兵なら、六十人ぐらい叩きつけてしまいそうな殴り方でした。
それから主人は息子に、向うへ行ってしまえ、と命令するのでした。
しかし私は、この子供に怨まれはしないかと、心配でした。
私はイギリスの子供たちも、雀や、兎や、小猫や、小犬に、よくいたずらをするのを知っています。
そこで、私は主人の前にひざまずいてその息子を指さしながら、どうか、許してあげてください、と手まねで、私の気持を伝えました。
私は息子のところへ行き、その手にキスしました。
主人はその息子の手を取って、私をやさしくなでさせました。
ちょうどこの食事の最中に、細君の飼っている猫がやって来て、細君の膝の上に跳び上りました。
私はすぐ後の方で、何か十人あまりの職人が仕事でもはじめたような物音を聞きました。
振り返ってみると、この猫が咽喉をゴロ/\鳴らしているのです。
細君が食物をやったり、頭をなでている間に私はそっと、その猫を眺めてみましたが、その大きさは、まず、牡牛の三倍はありそうでした。
私は五十フィートも離れて、猫から一番遠いところに、立っていたのですが、そして、細君は、猫が私に跳びかゝったり、爪を立てたりしないように、しっかり猫を押えていてくれたのですが、それでも、私はそのもの凄い顔が恐ろしくてならなかったのです。
しかし危険なことは起らなかったのです。
主人はわざと、私を猫の鼻の先三ヤードもないところに置きました。
しかし、猫は見向きもしませんでした。
猛獣というものは、こちらが逃げ出したり、怖がると、かえって追っかけて来て跳びかゝるものだ、ということを私は前に人から聞いて知っていました。
それで、私は今いくら恐ろしくても知らん顔をしていよう、と決心しました。僕は、わざと猫の鼻の先を、五、六回も行ったり来たりして見せました。
それから、思いきってずっとそばまで近づいてみました。
すると、なんと猫の方が怖がって、あとずさりをしたのです。
そのときから、僕はもう、この世界の猫や犬を怖がらなくなりました。
この家には、犬も三、四頭ほどいました。
犬たちが部屋の中に入ってきても、僕は平気でいられました。
一匹はマスティフという種類で、大きさは象の四倍くらいもありました。
もう一匹はグレイハウンドで、これはとても背の高い犬でした。

食事が終わるころ、乳母(赤ちゃんの世話をする人)が赤ちゃんを抱いてやってきました。
赤ちゃんは僕を見つけると、おもちゃだと思って欲しがり、泣きだしました。
その赤ちゃんの泣き声といったら、なんとも凄まじい音でした。
お母さんである奥さんは、僕をつまみ上げると、赤ちゃんのそばに置きました。
すると赤ちゃんはいきなり、僕の腰のあたりをガシッとしがみつくようにしてつかむと、僕の頭を自分の口の中に放り込もうとしたのです!
僕が「わあーっ!」と大声で悲鳴をあげると、赤ちゃんはびっくりして、僕をパッと離してしまいました。
そのとき、奥さんがエプロンをパッと広げて、うまく受け止めてくれたので、僕は助かりました。
もしそうでなかったら、僕は首の骨を折っていたことでしょう。

乳母は「ガラガラ」を持ってきて、赤ちゃんの機嫌をとろうとしました。
そのガラガラといったら、空き缶の中に大きな石を詰め込んだような代物で、それを太い綱で赤ちゃんの腰に結びつけてあるのでした。
それでも、赤ちゃんはまだ泣き続けていました。
そこで、とうとう乳母は胸をはだけて、乳房を出し、赤ちゃんの口に持っていきました。
僕はその乳房を見て、ひどくびっくりしてしまいました。
大きさといえ、形といえ、色合いといえ、僕の目にはとても不気味に見えたのです。
なにしろ、六フィート(約一・八メートル)も突き出していて、まわりは十六フィート(約五メートル)くらいはありそうでした。
乳首だって、僕の頭の半分くらいの大きさがあります。
おまけに、乳房全体が、あざや、そばかすや、おできのようなもので、しみだらけだったのです。
見ているだけで、気持ちが悪くなるくらいでした。
乳母は乳を飲ませやすいような格好で赤ちゃんを抱いていましたが、僕はテーブルの上にいたので、その乳房がすぐ目の前にはっきりと見えてしまったのです。

そこで僕は、ふとこんなことに気がつきました。
「イギリスの女の人が美しく見えるのは、ただ、僕たちと体の大きさが同じだからなのだ」ということです。
もし、人間を虫眼鏡でのぞいて見れば、どんなに美しい顔だって、デコボコやシミが見えてしまうに違いありません。
そういえば、以前リリパット(小人の国)にいたとき、あの小人たちの肌の色はとても美しかったのを、僕はよく覚えています。
リリパットの友達も、僕の顔が小人の目から見るとどんなふうに見えるか、教えてくれたことがありました。
僕の顔は、地面からはるか遠くに見上げているときが一番美しいのだそうです。
ところが、僕の手に乗せられて近くで見ると、僕の顔は大きな穴だらけで、ヒゲの根っこはイノシシの毛の十倍も硬そうで、顔の色も気味が悪くて仕方がないのだと言われました。

ところで、今このテーブルに座っている巨人たちは、決して体が不自由だったり形が変だったりするわけではありません。
顔立ちはみんな、とても整っていました。
特にご主人などは、僕が六十フィート(約十八メートル)もの高さから眺めてみると、なかなか立派な顔つきをしていました。

食事が済むと、ご主人は仕事に出かけていきました。
彼は奥さんに、僕の面倒をみてやるようにと命令しているようでした。
その声や身振りで、僕にはそれがわかったのです。
僕はとても疲れて、ひどく眠くなりました。
すると奥さんは、僕の眠そうな顔に気がつき、自分たちの大きなベッドに寝かせてくれました。
そして、きれいな白いハンカチを僕の上にかけてくれたのです。
ハンカチといっても、軍艦の帆よりもまだ大きいくらいで、手触りはゴワゴワしていました。

僕は二時間ほどぐっすりと眠りました。
夢の中で、僕は自分の国へ帰り、奥さんや子供たちと一緒に暮らしていました。
ふと目が覚めて、あたりを見回すと、僕は広さが二、三百フィート、高さが二百フィート(約六十メートル)以上もある、がらんとした大きな部屋にいました。
幅が二十ヤード(約十八メートル)もある巨大なベッドの上で、たった一人で寝ていることに気づいたのです。
すると、僕はなんだか急に悲しくなってしまいました。
奥さんは家事の用事で外に出ていったらしく、姿が見えません。

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