初級翻訳・キャラコさん 第3話

キャラコさん

午後の日差しが窓からたっぷりと流れ込み、派手な絨毯や気取った家具を明るく浮かび上がらせている。
暖房でほどよく温められた社交室の中は、うっとりするほど暖かい。
窓辺には冬薔薇やカーネーションが大輪の花を咲かせ、ここだけは、まるで常春のような穏やかさに包まれている。
この社交室には、いま十人ほどの顔が見える。
土曜日になると泊まりがけのゴルファーがやって来て新しい顔ぶれが加わるが、今日は土曜日でも日曜日でもないので、ここにいるのは見慣れた顔ばかりだ。
それぞれが勝手な場所へ椅子を持ち出し、思い思いの格好で腰掛けている。
いま紹介した人たちのほかに、剛子の従兄である秋作氏がすっかりこちらへ背中を向けたまま、窓のそばで新聞を読んでいる。
槇子の隣りのロッキングチェアには、妹の麻耶子がいつものように斜めに腰をかけ、左手を顔にあてて傾けながら、小指を気取った様子で唇の方へ曲げている。
姉の槇子よりは二つ下の二十一歳で、姉ほど美人ではないが、そのかわり、もっと意地悪そうな顔をしている。
年齢よりも老けた、沈んだ色のウールのブラウスを着て、まるでこの場の空気にはなんの関わりもないといったような冷淡な態度をとっている。
じろじろと観察するだけで、めったに自分の意見を口に出さないのがこの娘の癖なのである。
ピアノの横の方には、槇子たちの取り巻きの一団――パイプをくゆらせているワニ君。
あごのニキビをいじくり回しているポン君。
長いすねを持て余すように足を組んだり解いたりしているアシ君。こういった連中がひと固まりになっている。
どちらもお金持ちのぶらぶら気ままに暮らす息子たちだ。
ダンスとゴルフとドライブ、この三つの遊びだけが人生のすべてで、槇子姉妹にまるで奴隷のようにこき使われることを、この上なく光栄に思っているのだ。
ところで、この社交室で見かけないことがない沼間夫人の姿がないのは、たぶんお散歩の時間だからだろう。
「こんなところにグズグズしていないで、さっさと逃げ出せばいいのに」と、剛子はハラハラしながら見守っているのに対し、猪股氏は立ち上がることも忘れた様子で、見るからにかわいそうにしおれてしまっている。
いつまでたっても猪股氏が動かないので、槇子はすっかりうんざりしてしまい、突然ロッキングチェアから飛び起きると、
「じゃあ、こっちから逃げ出しちゃおっと……。
あたし、これからお着替えするから、見たいやつはついてきなさいよ!」
ワニ君と、ポン君と、アシ君が、我先にと立ち上がる。
「ぼくも!」
「ぼくも行く!」
「ぼくも!」
越智氏があわてて腰を浮かせ、慌てて引き止めようとする。
「お散歩なんていいじゃありませんか。
なにか、もう一曲歌ってくださいよ!」
槇子は、ちょうどいま社交室に入ってきたおじいさんを、これ以上ないほど露骨に指さしながら、
「あなただけでもうんざりなのに、ほら、またあの汚い人が入ってきたわ。
……ごめんだね、全然面白くないから、クラブハウスの方へでも遊びに行くわよ!」
と、みんな揃ってワイワイガヤガヤと出ていってしまった。
それは、ボロボロと言ってもいいほど粗末な服を着た、六十歳くらいの大柄なおじいさんだった。髪の毛はまだ半分ほど白くなっていたが、顔には何重もの深いシワが刻まれ、いかにも意地悪そうな暗い目をし、薄い唇の端にはいつも皮肉な笑みを浮かべていた。
三階の隅の日の当たらない小さな部屋にたった一人で住んでいて、食事の時以外はめったに下に降りてこない。
誰も名前を知らず、いったいどんな身分のおじいさんなのかも、全く分からない。
とにかく、謎に包まれた不思議なおじいさんだった。
社交室では、このおじいさんがたびたび話題にされていた。
「きっとホテルのオーナーの親戚かなにかだろう。でなければ、あんな乞食みたいな老人をいつまでも好き勝手にさせておくわけがない」
とはいえ、目障りで仕方のないこのおじいさんを、みんなで支配人に頼み込んで追い出してもらおうと意見が一致したものの、先頭に立って交渉に行く人が誰もいなかったので、そのまま話はうやむやになっていた。それでもみんなはこのおじいさんを嫌がり、姿を現すとわざわざ聞こえるように舌うちをしたり、大げさに眉をひそめたりしていたのだ。
しかし、剛子はこのおじいさんをみすぼらしいとも思わないし、特別気味が悪いとも感じていなかった。
どうしてみんながそんなに嫌がるのか、その理由がさっぱり分からなかったのである。
剛子には、このおじいさんは何かとてつもなく大きな不幸に遭った人のように思えてならず、自分にできることならどんなことでもして元気づけてあげたいと思っていた。サンルームの片隅などで寂しそうにポツンと座っているのを見かけると、優しく声をかけたり、トランプ遊びの相手をしてあげたりしたのだ。
少し暗いところはあるけれど、話してみると教養があって品が良く、剛子にとっては、社交室にいる中身の薄い男たちと一緒にいるよりも、このおじいさんと過ごすほうがよっぽど楽しいくらいだった。
そんなふうに親しくしていたものだから、いつの間にかこのおじいさんは、『キャラコさんの恋人』という、ちょっと意地の悪いあだ名をつけられてしまうようになった。
三
槇子たちのグループが大騒ぎしながら部屋から出て行ったあと、いつの間にか『キャラコさんの恋人』も猪股氏もいなくなり、だだっ広い社交室にはキャラコと従兄の秋作氏の二人だけがポツンと取り残された。
部屋の中は急に静まり返り、今まで聞こえなかった小鳥のさえずりがのどかに響いてくる。
秋作氏は窓ぎわの椅子に座ったまま、相変わらずこちらへ背中を向け、まるで石の彫刻のようにピクリとも動かない。
キャラコさんは秋作氏のしっかりした肩を眺めながら、「よくあんなにピタッと動かないでいられるものだなあ」と面白くなり、もう少しで吹き出しそうになった。
(まるで子どもがすねて意地を張っているみたい。いったい何をあんなに真剣に考えているのかしら……。
きっと『黒いお嬢さん』とまたケンカでもしたんだわ)
秋作氏は長六閣下の末っ子の子どもであり、したがって槇子たちと同じように、キャラコにとっても従兄にあたる人だった。
早くに両親を亡くし、苦労を重ねながら絵の勉強を続けている。
沼間夫人の言うところの、「乞食画かき」である。
秋作氏は、銀行家の沼間氏も、虚栄心のかたまりのような夫人も、どちらのことも大嫌いで、沼間夫妻のことをいつも「あいつら」と呼んでいた。
しかし、なぜか槇子のことだけは好きだったようで、昨年の秋ごろ、「槇子を僕の妻にしてください」とものすごく熱心に頼み込んだのだが、あっさりと冷たく断られてしまった。
それまではとても仲良くしていた槇子だったが、その結婚話になると手のひらを返したように、
「あなた、貧乏だから嫌よ」
とはっきりしすぎるくらいキッパリと断ったのだった。秋作が知っていた頃の槇子は、少なくともこんなに心が狭いお嬢さんではなかったはずだったが、実際の行動を見せつけられては、自分の人を見る目が間違っていたと諦めるよりほかなかった。

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