初級翻訳・グスコーブドリの伝記 第5話

グスコーブドリの伝記

おまえも若い働き盛りを、おれのとこで暮らしてしまってはあんまり気の毒だから、済まないがどうかこれを持って、どこへでも行っていい運を見つけてくれ。」そして主人は、一ふくろのお金と新しい紺で染めた麻の服と赤皮の靴とをブドリにくれました。
ブドリはいままでの仕事のひどかったことも忘れてしまって、もう何もいらないから、ここで働いていたいとも思いましたが、考えてみると、いてもやっぱり仕事もそんなにないので、主人に何べんも何べんも礼を言って、六年の間はたらいた沼ばたけと主人に別れて、停車場をさして歩きだしました。
四 クーボー大博士

ブドリは二時間ばかり歩いて、停車場へ来ました。
それから切符を買って、イーハトーヴ行きの汽車に乗りました。汽車はいくつもの沼ばたけをどんどん後ろへ遠ざけながら、すごい勢いで走り続けました。
その窓の外では、たくさんの黒い森が次から次へと形を変えながら、やはり後ろへどんどん置き去りにされていくのでした。
ブドリの胸は、さまざまな思いでいっぱいでした。
早くイーハトーヴの市に着いて、あの親切な本を書いてくれたクーボーという人に会いたい。そして、もしできるなら、働きながら勉強して、みんながあんなにつらい思いをしないで沼ばたけを作れるようにしたい、火山の灰や、ひでりや、寒さを追い払う方法を見つけたい――そう思うと、汽車がもどかしくてたまらないほどでした。

汽車はその日の昼すぎ、イーハトーヴの市に到着しました。
停車場をひとたび出ると、地面の底から地響きのようにわき起こる音や、どんよりとした重い空気、行ったり来たりするたくさんの自動車に、ブドリはしばらくの間ぼうっと立ち尽くしてしまいました。
やっとのことで気をとりなおし、近くにいた人にクーボー博士の学校への道を尋ねました。
すると、だれに尋ねても、みんなブドリのあまりにもまじめな顔を見て吹き出しそうになりながら、
「そんな学校は知らないねえ」とか、
「もう五、六丁行って人に聞いてみなよ」などと言うのでした。
そして、ブドリをやっとのことで学校を探しあてたときには、すでに夕方近くなっていました。
その大きな、少し壊れかけた白い建物の二階から、だれかの大きな声が聞こえてきます。
「こんにちは!」
ブドリは大声で叫びました。
しかし、だれも出てきません。
「こんにちはあっ!」
ブドリは出せる限りの大きな声で叫びました。
すると、すぐ頭の上の二階の窓から、大きな灰色がかった顔がひょっこり現れ、二つのメガネがギラリと光りました。
そして、
「いま授業中だ、やかましいやつだな!
用があるなら勝手に入って来い!」
と怒鳴りつけると、すぐに顔を引っ込めてしまいました。教室の中ではみんなでドッと笑い声が起き、その人は気にする様子もなく、また何か大きな声で話し続けています。
ブドリはそこで思い切って、できるだけ足音をたてないようにしながら二階へと上がっていきました。階段の突き当たりのドアが開いていて、ブドリの目の前にものすごく大きな教室があらわれました。
中には、さまざまな服装をした学生たちがぎっしりと座っています。
教室の向こう側は大きな黒い壁になっていて、そこにはたくさんの白い線が引いてありました。さっきの、背が高くてメガネをかけた先生が、大きなクレーンのような櫓(やぐら)の模型をあちこち指さしながら、さきほどと同じような大きな声で、みんなに説明をしているところでした。
ブドリはそれを一目見ると、「ああ、これは先生の本に書いてあった『歴史の歴史』ということの模型だな」と思いました。
先生は笑いながら、一つの取っ手をクルッと回しました。
模型はガチッと音を立て、なんだか奇妙な船のような形に変形しました。
さらにガチッと取っ手を回すと、今度は大きなムカデのような形に変わりました。
学生たちはみんなしきりに首をかしげて、「どうもよくわからないな」という顔をしていましたが、ブドリにとってはただただおもしろく感じられました。
「そこで、こういう図ができる!」
先生は黒い壁へ、別の複雑に入り組んだ図をどんどん書きつけていきました。
左手にもチョークを持って、サッサと書いていきます。
学生たちもみんな、一生懸命その真似をしてノートに書き留めました。
ブドリもふところから、これまで沼ばたけでずっと使ってきた汚れた手帳を取り出し、その図を急いで書きとめました。
先生は書き終えると、壇の上にまっすぐに立ち、じろじろと学生たちの席を見まわしました。
ブドリも書き終えて、その図を縦や横から眺めていると、すぐ隣の席の学生が、
「あーーあ……」と大きなあくびをしました。
ブドリはそっとその人に尋ねてみました。
「あのう、この先生は何ておっしゃるんですか?」
するとその学生は、ばかにしたように鼻でフンと笑って答えました。
「クーボー大博士さ。お前、そんなことも知らなかったのかい?」
それから、じろじろとブドリの様子を観察しながら、こう言いました。
「はじめから、こんな図なんか描けるわけないさ。ぼくでさえ、同じ講義をもう六年聴き続けているんだからな」
そう言うと、彼は自分のノートをふところへしまい込んでしまいました。
そのとき、教室にパッと電気が灯りました。
もうすっかり夕方になっていたのです。
大博士が向こうで言いました。
「いまや夕べははるかに来たり、拙講もまた全課を終えた。
諸君のうちの希望者は、けだしいつもの例により、そのノートをば拙者に示し、さらに数箇の試問を受けて、所属を決すべきである。」
学生たちは「わあッ」と叫び、みんなバタバタとノートを閉じました。
そしてそのまま帰ってしまう人が大部分でしたが、五、六十人は一列に並び、大博士の前を通ってノートを開いて見せるのでした。
すると大博士はそれをチラッと見て、一言か二言質問をし、それから白墨でその学生の服の襟(えり)に、「合」とか、「再来」とか、「奮励」とか書き込んでいくのでした。学生たちはその間、いかにも心配そうに首を縮こまらせていましたが、それからそっと肩をすぼめて廊下まで出ていき、友だちにその印の意味を読んでもらっては、喜んだりしょげたりするのでした。
次々と試験が終わり、ついにブドリ一人になりました。
ブドリがその小さくて汚れた手帳を差し出すと、クーボー大博士は大きなあくびをしながら、かがみ込んで目をぐっと手帳に近づけたので、手帳は大博士に吸い込まれてしまいそうでした。
しかし大博士は、うまそうにこくっと一つ息をすると、言いました。
「よろしい。
この図は非常に正確に描けている。
そのほかの部分は、なんだ、ははあ、沼ばたけの肥料(こやし)のことに、馬の食べ物のことかね。
では、次の問題に答えなさい。
工場の煙突から出る煙には、どういう色の種類があるか?」
ブドリは思わず大きな声で答えました。
「黒、茶褐色、黄色、灰色、白、無色。
そして、これらが混ざり合ったものです。」
大博士は笑いました。
「無色の煙とはたいへんいい。
形についてはどうかな?」
「風がなくて煙がたくさんあるときは、縦の棒のようになりますが、先はだんだん広がります。

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