この温度なら地上でも生命は存在する」
「そうだ、存在する。
でも凍結温度以下では発達できない。
生命は液体中で生存可能だ」
「ふふふ、ハム、あんたは生物学者に説教している。
違うよ、生命は-34℃以下では進化できない、が正しい。
仮に薄暮地帯で発生してここに侵入してきたとしたら? あるいは凶暴な闘争に負けて暖かい地域からここへ逃げてきたとしたら? 熱帯の様子は知のとおり、カビやドウポッド、ジャックケッチ樹木や無数の小さな寄生物などが共食いしあっている」
ハムは考え込んだ。
「どんな種類の生命だ?」
「ふふふ、予想してほしい? いいよ。
まず何らかの植物が基本ね。
だって動物の共食いは続かない、ほかに食料がないと無理。
猫牧場のようなものね、猫のエサにネズミを飼育し、あとで猫の皮をはぎ、猫肉をネズミに与え、次にこのネズミを猫に与える。
いいように聞こえるが、うまくいかない」
「では植物が必須か。
なら、なんだ?」
「それって、神のみぞ知るよ。
おそらく暗黒側の生命は、もしいるとしたら、原型は薄暮地帯の弱小種族ね。
でも、何になってようが、まあ想像できない。
もちろん、トライオップス・ノックタバイバンズはいる。
私が永劫山で発見した……」
ハムがニヤリと笑った。
「きみが発見したって? きみは氷のように失神していたよ、僕が悪魔の巣から運びだした時だ。
見てないはずだ」
パットは冷静に応じた。
「猟師がビノーブルに持ち込んだ死体を私が調査した。
忘れないでほしいのは学会の推奨学名が私にちなんだトライオップス・パトリシアということよ」
思わず知らずパットが身震いし、あの悪魔のような生物が2人を殺そうとした記憶がよみがえった。
「でもほかの名前、トライオップス・ノックタバイバンズを選んだ。
暗闇の3つ目住人よ」
「悪魔の野獣にしてはロマンチックな名前だな」
「そうね、でも私が言おうとしたことは、たぶん、トライオップスあるいはトライオプシーズ、あれっ、トライオップスの複数形はなに?」
「トライオッツ、ラテン語だ」
「そうね、おそらくあのトライオッツがこの夜側で見つかる生物でしょう。
そして永劫山の闇峡谷で我々を襲ったあの恐ろしい生物は、山中の暗闇の道を通って、薄暮地帯に這い出してきた前哨隊だったのでしょう。
光に耐えられない。
あなた見たでしょう」
「だから何だ?」
パットはアメリカ気質を笑った。
「だからこういうことよ。
姿や構造は、手足が6つ、眼が3つだったりするから、明らかにトライオッツは熱帯の現地人に関係がある。
従って私の結論では暗黒側へ最近来て、ここでは進化してない。
地質学的に言えばついこの前ここに進出した。
いや、地質学的というのは地球を意味するから正確な単語ではない。
ヴェヌソロジカリ(金星学的)というべきね」
「そうじゃない。
きみはギリシャ語をラテン語にしている。
それを言うならアフロディシオロジカリだ」
パットがまたクスクス笑って、
「論争を避けるため正しく言うならパロントロジカリ、こっちの方がましな英語ね。
それはさておき、トライオッツは地球年で2万~5万年以上、あるいはこれより短いかもしれないが、暗黒側に存在してないと思う。
というのも金星上の進化速度を知ってる? たぶん地球より早いでしょう。
おそらくトライオップスは5千年で暗闇生活に適用できている」
「1学期で夜の生活に適応した大学生を知ってるぞ」
とハムがニヤリ。
パットは無視して続けた。
「だから、トライオップスが来る前に生命があったに違いないと思う。
というのもここに来たとき何か食物を見つけたに違いないからよ。
さもないと生き残っていないでしょう。それに私の調査によれば、ある程度の肉食性だから、ここに生命はもちろん、動物もいるはずよ。純粋に理論から導いた結論だけど」
「じゃあ、分からないんだな、どんな動物かは。知性体か」
「わからない。そうかもしれない。でもあんたらヤンキーが崇める知性といえども生物学的には重要でない。生き残りにはたいして役に立たない」
「何だって? パット、どうしてそんなことが言える。知性のほかに、何が地球や金星の支配権を人類に与えた。そこんとこは?」
「でも、人間は地球を支配したの? ハム、いい、知性とはこんなものよ。ゴリラの脳は亀よりはるかに素晴らしいよね。でもどっちが繁栄している? ゴリラは希少で、アフリカの狭い地域に閉じ込められている。方や亀はありふれて北極から南極までどこにもいる。そして人間について言えば、そうね、顕微鏡的な目で見れば、つまり地球上のあらゆる生物を見ることができれば、結局人間は、ほんのまれな種族に過ぎず、本当は虫の世界、つまり虫世界ということよ。というのも数の上では、そのほかの生物を合計したって、かなわない」
「でもパット、それは支配じゃないよ」
「支配したとは言ってない。ただ単に、知性には生存価値が大してないと言ってるだけよ。なぜ知性のない本能だけの虫けらどもが人間に戦いを挑むの? 人間はアワノメイガや、ゾウムシや、ミバエや、マメコガネや、マイマイ蛾などすべての害虫よりも優れた頭脳を持っているが、害虫の方が人間の知性に勝っており、たった一つの武器というのがとてつもない繁殖力よ。わかる? 1匹の子が生まれるたび1匹が死んで平衡するが、たった一つの給餌方法しかない。つまり子供の重さの食物を食いつくすのよ」
「全部もっともなようだなあ、でも金星の暗黒側知性とどんな関係があるんだ?」
わからない、とパットが返事したが、声が妙に神経質だった。
「ハム、ただこんな意味よ。トカゲは魚よりずっと賢いが、ちっとも優位に立てない。じゃあ、なぜトカゲの子孫たちは知性を進化し続けたのか。なぜ? 必ずしも生命すべてが時を経れば賢くなるわけじゃないのに。これが真実なら、ここにも知性体がいるかもしれない。奇妙な異星人、理解不可能な知性体よ」
パットは暗闇でハムに向かって身震いして、気にしなさんなと言って、突然声色を変えた。
「たぶん空想よ。外はとても不気味でこの世とも思われない。疲れた。ハム、長い1日だった」
ハムはパットに続いてロケット内部へ降りて行った。部屋の明かりをパチンとつけると舷窓の異界が見えなくなり、唯一見えるのが寒帯薄着をまとった愛らしいパットだった。
「それじゃ、あした。食料は3週間分ある」
明日というのは勿論、時間だけの話で日光のことではない。2人が起きたのは相変わらずの暗闇、金星半球は永久に日が当たらず、水平線に広がる氷壁は常に変わらぬ日没の緑色だ。だがパットはいつもより機嫌がいい。いそいそと初探検の準備をしている。パットはゴム張り三分の一厚の綿製アノラックを引っ張り出してきた。一方のハムは技術屋という立場から慎重にヘルメットを調べた。てっぺんに強力なランプがついている。ランプは勿論、第一義的には照明用だが別な目的もある。分かってることだが、獰猛な3つ目怪人は光を見ることができないので、ヘルメットの光を4つ全部使えば防護光線に守られて、動ける。でもこれだけじゃ防御できないから装備として、青光り拳銃が2丁、破壊級の火炎銃が2丁ある。
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