けれども、二人は、この小屋をとても愛していました。
二人は、ここでとても幸せな時を過ごしたのです。
夏にはブドウの蔓がおおいかぶさり、豆の花が咲いているこの小屋は、日差しに照らされた野原の中で、とてもすてきに明るく見えました。
二人は、一生懸命働いてきましたが、とても貧乏でした。
それでも、二人は満ち足りていました。
二人で一緒に喜びいさんで走って家に帰ってくると、必ずおじいさんが微笑んで迎えてくれたのでした。
一晩中、少年と犬は、火の気のない暖炉のそばに座っていました。
ぴったり寄りそって体を暖めあい、悲しみをなぐさめあいました。
二人の体は寒ささえ感じなくなり、なんだか心までがすっかり凍えたような気がしました。白く雪が積もった、すっかり冷え切った大地の上に夜が明けました。
この日は、クリスマス・イブの朝でした。
震えながら、ネロはたった一人の大親友をぎゅっと抱きしめました。
熱い涙がぽたぽたと、パトラッシュの広い額にこぼれ落ちました。
「行こう、パトラッシュ、とっても大好きなパトラッシュ。
追い出されるまでここで待つことはないよ。
行こう」
ネロはこうつぶやきました。
パトラッシュはネロの言うことなら何でも従いました。
そして、二人は悲しげに肩を並べて、小さな家を出て行ったのです。
そこは、二人にとってとても大切だった場所でした。
どんなに粗末な、こまごまとしたものでも、二人にはすごく大切で、思い出の詰まったものばかりでした。
パトラッシュは、緑色の荷車のそばを通るとき、弱々しく頭をたれました。
それはもう、パトラッシュのものではなくなっていたからです。
家賃のかわりに、ほかの道具と一緒にそこに置いていかなければなりませんでした。
真ちゅうでできた犬用の引き具が、ひとりぼっちで地面に置かれ、雪の上でむなしく輝いていました。
パトラッシュは、荷車のそばにパタッと倒れて、そのまま死んでしまいたいと思いました。
でも、少年が生きていて自分を必要としている間は、弱音を吐いてあきらめるわけにはいかなかったのです。
二人は、通い慣れたアントワープへの道を歩きました。
やっと夜が明けたばかりの時間でした。
ほとんどの家の雨戸はまだ閉まっていたけれど、いくつかの家ではもう起きているようでした。
犬と少年が前を通っても、誰も気にとめようとはしませんでした。
ある一軒の家の前で、ネロはピタッと立ち止まり、懐かしそうに中をのぞき込みました。
昔、ネロのおじいさんがその家の人たちに、となり近所のよしみで、いろいろと親切にしてあげたことがあったからです。
「パトラッシュにパンの皮を分けてくれませんか? パトラッシュはもうおじいちゃんなんです。
それに、昨日の朝から何も食べていないんです」
おどおどしながら、ネロは頼みました。
その家のおかみさんは、「この時期はライ麦や小麦もなかなか高くてねえ」と、なんだか歯切れの悪いことをごまかすようにつぶやきながら、バタンと急に扉を閉めてしまいました。
少年と犬は、またぼうっとしながら弱々しく歩きはじめました。
二人は、もうこれ以上は誰にも食べ物を求めたりはしませんでした。
さんざん苦労しながらゆっくり歩き続け、ついに二人はアントワープの町に到着しました。
教会の鐘が、十時の時を告げていました。
「ぼくが何か持ち物を持っていたら、それを売って、パトラッシュのためにパンを買ってやれるのに」
ネロは心の中でそう思いました。
けれど、ネロはリネンのシャツとサージの服を着て、木靴を履いている以外、何も持っていなかったのです。
パトラッシュは、そんなネロの気持ちをちゃっと理解しました。
そして、自分のためにそんなに悩んだり心配したりしないでほしいと伝えるかのように、鼻を少年の手にすり寄せました。
絵のコンテストの優勝者は、ちょうどお昼の十二時に発表されることになっていました。
ネロは、自分が一生懸命描いた大事な絵を提出した公会堂へと向かって歩きました。
階段や入口の広間には、大勢の若者たちが集まっていました。
みんなネロと同じくらいか、少しお兄さんくらいでした。
誰もが両親や親戚や友だちといっしょにいました。
パトラッシュを自分の近くに引き寄せながらその中に混ざっていったとき、ネロは不安で胸がドキドキと激しく鳴りました。
町の大きな鐘が、騒々しく正午を告げました。
建物の内側のホールのドアがパッと開けられました。
熱気ムンムンにふくれあがった若者たちの群れが、一斉にホールの中へと駆け込んでいきました。
選ばれた絵は、ほかの絵よりも一段と高い、木の壇の上に飾られることになっていました。
ネロの目の前は、なんだか霧がかかったようにぼんやりとかすみ始めました。
頭はぐらぐらして、足はがたがたとふるえ、じっと立っていられないほどでした。
やっと視界がはっきりしたとき、ネロは高くかかげられた絵を見上げました。
それは、ネロの絵ではありませんでした!
ゆっくりとした、朗々と響き渡る声が、優勝者はアントワープ市で生まれた、波止場主の息子であるスティーブン・キースリンガーだと高らかに宣言していました。
気がつくと、ネロは外の冷たい石畳の上にパタンと倒れていました。
すぐそばにはパトラッシュがいて、自分にできるあらゆる方法を使ってネロの息をふきかえさせようと、懸命になってがんばっているところでした。
少し離れた場所では、アントワープの若い男女の群れが、見事選ばれた友だちのまわりでわあわあと大騒ぎしていました。
そして、みんなで大喜びの声をあげながら、そのラッキーな男の子を波止場にある彼の家まで送り届けていきました。
ネロはよろめきながら何とか立ち上がり、パトラッシュをしっかりと抱きしめました。
「ねえ、パトラッシュ、何もかももうおしまいだ。
もうすっかりおしまいなんだよ」
ネロは力なくつぶやきました。
ネロは何も食べていなくて体はへとへとだったけれど、できるだけ気力を振り絞って、村へと引き返しました。
パトラッシュは、お腹の空きと悲しみで頭を垂れ、年老いた足元がふらつくのを感じながら、ネロのそばをとぼとぼとうなだれて歩いていました。
空からは、雪が激しく降り続いていました。
そして、北の方から冷たく激しい嵐がどんどん近づいてきていました。平野は、まるで命が消えてしまったかのように、ひどく冷え切っていました。
いつも歩き慣れているはずの道なのに、いつもの何倍も時間がかかりました。
そして、ようやく村に帰りついたときには、教会の鐘が四時を告げるところでした。
そのとき、突然パトラッシュが雪の中にある何かのにおいに気づいて、ピタッと足を止めました。
そして、しきりに前足で雪をかきわけ、クンクンと鼻を鳴らしたかと思うと、小さな茶色の革袋をくわえあげました。
パトラッシュは、あたりを包む暗闇の中で、その革袋をネロにそっと差し出しました。
ちょうどふたりがいた場所には、小さなキリストの像があり、その十字架の下でランプの明かりがぼんやりと燃えていました。
少年は、まるで人形のように機械的な動きで、その革袋を光の方へ向けました。
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