初級翻訳・フランダースの犬 第14話

フランダースの犬

そして、パトラッシュ以外には、ネロがたったひとりで、みじめに飢え死にしようとしていることに気づいている人は誰もいなかったのです。
粉屋の台所はとてもポカポカしていました。
大きな薪が暖炉の中でパチパチと音を立てて燃えています。
近所の人たちが「おめでとう」と言いにやってきて、それぞれワイン一杯と、こんがり焼き上がったガチョウの肉をふるまわれました。
アロアは大喜びで、「明日には遊び友だちが戻ってくるんだわ」と信じ込み、金色の髪を揺らしながらはしゃぎ回っていました。
コゼツのだんなは胸を熱くし、目をうるませながらアロアに優しく微笑みかけました。
そして、自分もアロアの大切な友だちとどうやって仲直りしようかと話していました。
アロアのお母さんは、穏やかで満ち足りた顔をして、糸車の前に座っていました。
時計の中のカッコウが、高い声で時間を告げました。
そんな温かい雰囲気の中で、パトラッシュは「今夜はクリスマスのお客様としてここにいなさいよ」と何度も引き止められました。
しかし、どんなに居心地がよくて、どんなにごちそうが山ほどあっても、ネロがいない場所にパトラッシュをつなぎとめることなどできませんでした。
ごちそうが並んだテーブルから湯気が立ち上り、おしゃべりの声が一層大きくなり、幼いイエス・キリストの格好をした小さな子どもがアロアに特別なプレゼントを持ってきた、まさにその時でした。
パトラッシュはずっとチャンスを狙っていたのです。新しくやってきたお客さんがうっかりドアのカギを外し、扉を開けたのを見逃さず、さっと外へ飛び出しました。
そして、疲れ切って弱りきった体が耐えられる限界まで力を振り絞り、激しい雪が吹き付ける夜の闇の中を、すごい勢いで駆け抜けていきました。
パトラッシュの頭にあったのは、ただひとつの思いだけでした。
それは、「ネロの後を追うんだ」ということでした。
もし普通の人間のお友だちだったら、おいしいごちそうや、暖かい部屋や、心地よい眠りのために、アロアの家に残っていたかもしれません。
でも、パトラッシュの友情はそんな軽いものではありませんでした。
パトラッシュは昔のことをしっかりと覚えていました。
年老いたおじいさんと小さな男の子が、道端で凍え死にかけていた自分を助けてくれたときのことを。
一晩中、雪が激しく降り続いていました。
時刻はもう夜の十時をすぎようとしていました。
少年の足跡は雪ですっかり消えかけていました。
パトラッシュはにおいを嗅ぎつけるのにとても苦労しました。
やっとにおいを見つけたと思っても、すぐに見失ってしまいます。
見失っては探し、見失っては探しと、そのやりとりを百回以上も繰り返しました。
その夜は猛吹雪でした。
十字路のそばのランプの明かりは、強い風で消されてしまっていました。
道はまるでツルツルの氷の板のようでした。
何も見えない暗闇が、家々の姿をすっぽり隠していました。
外には生き物の気配すらありませんでした。
牛たちはみんな小屋に入れられており、どの家でも男も女もクリスマスのごちそうを楽しんでいました。
そんな中、パトラッシュだけが容赦ない寒さの中に放り出されていました。
歳をとっていて、お腹が空いていて、体じゅうが痛くてたまらなかったのです。
それでも、ものすごい愛情の強さとあきらめない心が、パトラッシュの必死の追跡を支え続けたのでした。ネロの足跡は、新しく積もった雪の下にかすかに残っていて、いつものようにアントワープの町へ向かっていました。
パトラッシュがアントワープの町に入り、狭くて曲がりくねった暗い通りをたどり着いたのは、すでに夜がすっかり明けた真夜中過ぎのことでした。
町は真っ暗な闇に包まれていました。
明かりといえば、家の窓のよろい戸のすき間から漏れる赤みがかった光か、酔っぱらって歌いながら急いで家路を行く人が持っているランタンの光くらいしかありませんでした。
通りは凍りついて真っ白でした。
高い壁や屋根が、そのそばに黒々とそびえ立っていました。
吹きつける強風が通りを駆け抜け、店の看板をキーキーと揺らしたり、高いところにある鉄のランプを揺らす音以外は、ほとんど何も聞こえませんでした。
たくさんの人がその雪の上を歩いた後だったし、細い道があちこちで複雑に入り組んでいたので、ネロの足跡を見失わないようにするのは、本当に大変でした。
寒さが骨まで凍みるようでした。
とがった氷がパトラッシュの足を傷つけました。
そして、ネズミが体をかじるような激しい飢えが、パトラッシュを苦しめました。
それでも、パトラッシュは探すのをやめようとはしませんでした。
今のパトラッシュは、すっかりやせ細り、ブルブルとふるえているみすぼらしい犬にすぎませんでしたが、それでも追いかけるのをやめることはありませんでした。
そして、大好きなネロの足跡をがまん強く追い続け、ついに大きなおおきな大聖堂の石段のところまでたどり着いたのです。
「ネロは、ずっと見たがっていたあそこの場所に行ったんだ」と、パトラッシュは思いました。
パトラッシュには絵や彫刻のような芸術のことはよくわかりませんでしたが、ネロが芸術をどれほど大切に思っているかはよく知っていました。
ネロのその熱い気持ちを思うと、パトラッシュの胸は悲しみと同情でいっぱいになりました。
大聖堂の入り口は、真夜中のミサが終わった後も、閉められていませんでした。
門番の人がうっかりしていて、扉の一つの鍵をかけ忘れていたのです。
きっと、家に帰ってごちそうを食べたいとか、早く寝たいとかで焦っていたか、あるいは眠気まなこで、ちゃんと鍵を閉めたか確認するのを忘れてしまったのでしょう。
そんなうっかりミスがあったおかげで、パトラッシュがずっと追っていた足跡は、そのまま建物の中へと続いていました。
そして、黒っぽい石の床の上に、雪の白い足あとを残していました。
そのかすかな白いしるしは、床に落ちるとすぐに凍りついてしまいましたが、パトラッシュはそのしるしを頼りに、しんとした静けさに包まれた丸天井の広大な空間を進んでいきました。
そして、教会の内陣の入り口までまっすぐやってくると、冷たい石の床の上に倒れているネロを見つけました。
パトラッシュはそっと忍び寄り、少年の顔にそっと触れました。
「ぼくがあなたに忠実じゃなくて、見捨てたりするなんて思ったんですか? ぼくが犬だからって?」
パトラッシュは人間の言葉を話すことはできませんでしたが、こうして黙って触れることで、ネロに自分の気持ちを伝えたのです。
少年は小さく声をあげながら起きあがり、パトラッシュを強く抱きしめました。
「一緒に死のう」と、ネロはかすかにつぶやきました。
「みんな、ぼくたちになんて興味なんかないんだ。
ぼくたち、ふたりきりなんだよ」
その言葉を聞いて、パトラッシュはもっとネロに体をすり寄せ、自分の頭を少年の胸の上にそっと乗せました。
パトラッシュの茶色くて悲しそうな目に、大きな涙があふれ出しました。
それは自分自身のつらさのためではありませんでした。
なぜなら、パトラッシュはネロと一緒にいられただけで幸せだったからです。

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