初級翻訳・ポラーノの広場 第9話

ポラーノの広場

お金を取らずに酒を飲ませる『ポラーノの広場』なんて、うまく考えたもんだよなあ」
「この春から、こうやってみんなを代わる代わる集めては酒を飲ませていたんだよ」
「そのお酒だってなあ……」
「まあ、その話はやめにしようぜ。さあ、みんなで一杯やらないか?」
「いや、ぼくたちは酒は飲まないよ」
「まあ、そう言わずにやってみなって!」
ぼくはもう、ここにいるのがたまらなく嫌になりました。
「おいファゼーロ、行こう! 帰るぞ!」
ぼくは突然、野原に向かって走り出しました。
ファゼーロもすぐに後ろをついて走ってきました。
まわりの人たちは、ぼくたちの後でまだガヤガヤと騒いでいました。
新しい楽隊の演奏が始まり、誰かが演説をしている声も聞こえてきました。
ぼくたち二人は、モリーオの街のほうのぼんやりと明るい光を目印にしながら、ツメクサの白く光るあかりの中を急いで歩きました。
そのとき、青白い二十日月の光が、黒い横雲の上から静かにのぼってきました。
振り返ってみると、さっきのハンノキの木もあかりもすっかり小さくなっていて、天の川はずいぶん西のほうへ回り、さそり座の赤い星がすっかり南の空にきていました。
ぼくたちはすぐに、あのとき三人で別れたあたりの場所へ着きました。
「お前、テーモのところへ帰るのかい?」ぼくはふと気になって尋ねました。
「帰るよ。姉さんがいるからね」ファゼーロはとても悲しそうに、きゅっと力を込めた声で言いました。
「うん……だけど、またいじめられるんじゃないのか?」ぼくは心配して言いました。
「ぼくが行かなかったら、姉さんがもっとひどくいじめられちゃうんだよ」ファゼーロはとうとう泣き出してしまいました。
「ぼくもいっしょに行ってやろうか?」
「ううん、ダメだよ」ファゼーロはしばらくの間、まだしくしくと泣いていました。
「じゃあ、ぼくの家に来るかい?」
「それもダメだよ」
「それなら、どうするんだよ……」
ファゼーロはしばらく黙っていましたが、急に元気を取り戻したように言いました。
「大丈夫だよ、心配しないで。テーモだって、そんなにひどくぼくをいじめたりはしないからさ」
ぼくはというと、役所で働いている大人たちのような悪い癖が出てしまい、「役所での明日の仕事のこと」などをぼんやりと考えながら、「ファゼーロが大丈夫と言うなら、まあいいか」と思ってしまいました。
「それならいいけどさ。何か困ったことがあったら、知らせに来いよな」
「うん。ぼくね、もしかしたら姉さんのことでお願いしにくるかもしれない」
「ああ、いつでもいいとも!」
「じゃあ、さようなら」
ファゼーロはツメクサの草むらに自分の長い黒い影を引くようにしながら、南の方へ歩いていきました。
ぼくは何度も何度も後ろを振り返りながら、家に帰ってきました。
家の中に入ってみると、机の上には夕方に飲んだ薬の入ったコップがそのままぽつんと置かれて電灯の光を反射し、枕もとの置き時計の針はちょうど二時を指していました。四、警察署

 ところが、そのまた次の日の昼すぎのことでした。
ぼくが役所の机で古い帳簿の写し書きをしていると、給仕がやってきてぼくの肩をツンツンとつつきました。
「所長さんが、すぐ来いってさ」
ぼくはすぐにペンを置いて、みんなのイスの間を通り、間のドアを開けて所長室に入りました。
すると所長は、一枚の紙切れを手に持って、ドアを開ける前からすごい険しい顔でぼくを見ていました。ぼくが部屋に入って丁寧に頭を下げると、所長はしばらくじっとぼくの様子をうかがってから、だまってその紙切れを差し出しました。
見てみると、そこにはこう書いてありました。

イ警第三二五六号 聴取の要有之本日午後三時本警察署人事係まで出頭致され度し
イーハトーヴォ警察署
一九二七年六月廿九日
第十八等官レオーノ・キュースト殿

――ああ、あのデストゥパーゴの件だな。こりゃおもしろいぞ、とぼくは心の中でクスッと笑いました。
すると所長は、まだぼくの顔をだまってじっと見つめながら、こう言いました。
「何か、心当たりはあるかね?」
「はい、ございます!」
ぼくは両手をピシッと脇につけて、まっすぐ答えました。
所長はそれを聞いてホッとしたように、ようやく顔の力を抜き、チラッと時計を見上げてから言いました。
「よし、すぐに行ってきなさい」
ぼくふたたび恭しくおじぎをして部屋を出ました。
それから自分の席に戻って机の上をサッと片づけると、そっと役所を出発しました。
大きな桜の木が並ぶ街路樹の下を歩いていき、警察の赤いレンガ造りの建物の前に立つと、さすがのぼくも少しドキドキしました。
「だけど、悪いことなんて何もしてないんだから!」と自分で自分を励ましながら、元気よく正面の受付に声をかけました。
「お呼びがかかりましたのでやって来ました。レオーノ・キューストと申します」
すると受付の巡査は、だまったまま帳面を五、六枚ペラペラとめくってから、こう言いました。
「ああ、失踪者(行方不明者)の件だな。人事係のほうへ行って、その左側の入口から入って待っていなさい」
――失踪者の件って、いったいどういうことだろう? 決闘の件なら話はわかるけど、あの決闘だって刃の丸くなった食卓ナイフでしたことだし、デストゥパーゴが本当にケガをしたかどうかも怪しいものだ。まあ、きっと何かの人違いだろうと思いながら、ぼくはその部屋へと入っていきました。
そこは、窓が七つほどあるガランとした広い部屋でした。その片隅に、あの山猫博士の馬車別当(お世話係のおじいさん)が、全身をカチコチにこわばらせ、ものすごく青ざめた変な顔をして座って待っていました。
「やあ、おじいさん。今日は、あなたも呼ばれたんですか?」
ぼくはそばへ寄っていって、ニコニコしながら声をかけました。
するとおじいさんは、まるで「こんな悪いやつと話なんかしたら、とんでもない目に遭うぞ」と言わんばかりに、オロオロとどこか逃げ道を探すように立ち上がり、そしてまたペタッと座り込んでしまいました。
「あなたのご主人(山猫博士)は、いらっしゃらないんですか?」ぼくは続けて尋ねました。
「いらっしゃらないともさ……」おじいさんはやっとのことでそう言いましたが、その後はガタガタと震えだしました。
「いったい、どうしたんですか?」ぼくはまだ少し笑いながら聞きました。
「いま、調べられてるんだよ……」
「誰がですか?」ぼくはビックリして聞き返しました。
「ロザーロがさ」
「ロザーロが? どうして!?」
ここでようやく、ぼくの顔から笑みが消え、すっかり本気になってしまいました。
「ファゼーロがいなくなったからさ……」
「ファゼーロだって!?」
思わず、ぼくは大きな声を上げてしまいました。
――ああ、あの夜、ファゼーロが帰る途中に、何か大変なことが起こったんだ……!
「ここでの私語は厳禁だ!」
突然、奥のドアがガタッと激しく開きました。

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