初級翻訳・二十四の瞳 第12話

二十四の瞳

数え年の十歳になるまでは遊んでもよいというのが、昔からの子どもの掟のようになっていましたが、遊ぶといっても、それは本当に自由に遊ぶのではなく、いつも弟や妹をつれていたり、赤ん坊をおんぶしてのうえでのことだったのです。
本当に、好き勝手に遊んでよいのは一人っ子のマスノとミサ子だけでした。
コトエの一言はみんなにそれを思い出させましたが、しかし、もう思いとどまることはできない空気でした。
「ごはんを食べたら、そうっとぬけだして行こうや」
小ツルが、乗りかかった船だと言わんばかりに、みんなをけしかけました。
「そうじゃ、みんなうちの人に言ったら、行かしてくれんかもしれない。
だまって行こうや」
竹一が知恵をめぐらせてそう決断しました。
こうなるともう、だれ一人反対するものはなく、秘密で出かけることがかえってみんなをうきうきさせました。
「そうっとぬけだしてさ、波止の上あたりからいっしょになろうよ」
正がそう言うと、総帥格のマスノはいっそう細かく頭をつかい、
「波止の上は、よろずやのおばあさんに見つかるとうるさいから、藪のところぐらいにしようや」
「それがええ。
みんな、畑の道を通ってぬけていこう」
めいめい、急に忙しくなりました。
「ほんまに、走っていって、走ってもどらんかな」
念を押したのはコトエでした。
みんなが走って帰っていくあとから、コトエは考え考え歩きました。
どう考えても、だまってぬけだす工夫はないように思えました。
自分だけはやめにしようか。
しかし、それはできませんでした。
そんなことをしたら、明日からだれも遊んでくれないかもしれないと思ったのです。
のけものになるのはいやでした。
だまってぬけだせたとしても、あとでおばあちゃんやお母さんに叱られるのもいやでした。
赤ん坊なんかいなければよかった。
そう思うと、いつもはかわいい赤ん坊のタケシの顔がにくらしくなり、一日ぐらいほったらかしたくなったのです。
彼女の足は急にあと戻りをし、畑のほうへ歩いていきました。
藪が見えだすと走りました。
だれかに見つかりそうで、どきどきしました。
それから二時間後のことです。
子どものことをまっさきに心配しだしたのは、コトエのおばあちゃんでした。
「おなかも減るだろうに、なにをコソコソしとるやら」
はじめは独り言を言っていました。
もどってきたらタケシをコトエの背中にくくりつけておいて、おばあちゃんは畑へ二番ささげをつみにいく手はずになっているのに、コトエは帰ってこないのです。
学校へ見に行ったところで、今ごろいるはずもないと思い、赤ん坊と結いひもをもって、いちばん仲よしの早苗のところへ様子を見に行きました。
てっきりそこで遊びほうけていると思ったのです。
「こんにちは。
うちのコトは、きとらんかいの?」
もちろんいるわけがありません。
それどころか早苗もまだ帰っていないというのです。
帰りに荒神さまをのぞいてみましたが、杉の木かげに遊んでいたのはコトエより少し大きい子や、小さい子ばかりでした。
だれにともなく大声で、
「おまえら、うちのコト、知らんかいの?」
「しらんで」
「一ぺんも、今日は見んで」
「早苗さんのおうちとちがうか」
いろんな返事が矢つぎば早にとんできました。
それはみな腹の立つ返事ばかりでした。
「しょうのないやつじゃ、ほんまに。
見つけたら、すぐもどれって言うておくれ」
おばあちゃんは、ひょいと投げるようにして赤ん坊を背中にやり、まだわかりもしない赤ん坊に話しかけました。
「姉やんは、どこへ消えやがったんじゃろな。
コトのやつめ、もどってきたら、どやしつけてやらんならん」
しかし、お昼ごはんもまだなのを思うと、少し心配になりました。
心配しながら土間でぞうりを作っていると、川本の大工のおかみさんが、気ぜわしそうな足どりでやってきました。
「こんちは、えいお天気で。
うちのマツを見にきたんじゃけんど、見えんなあ」
それを聞くと、コトエのおばあちゃんはぞうり作りの手を止めて、
「マッちゃんもかいな。
お昼ごはんも食べんと、どこをほっつき歩きよんのかしらん」
「うちのマツはお昼ごはんはたべにもどったがいな。
箸をおいて、用ありげに立っていって、すぐもどるかと思や、もどってきやせん」
コトエのおばあちゃんは急に心配になってきました。
もうぞうりどころではありませんでした。
大工のおかみさんが、さがしてくると言って帰ったあとも、心配はだんだん広がっていくばかりでした。
出たり入ったり、立ったり座ったり、落ち着きませんでした。
――無理もない。
あそびたい盛りじゃもん。
毎日子守りばっかりじゃあ、謀反もおこしたかろう……
ぽとんと涙が落ちました。
その涙でかすんだ目に、小さいときから子守りばかりさせたためか、出っ尻になってしまった幼いコトエのかわいそうな姿が浮かんでは消えませんでした。
――それにしても、どこで、なにをしているのかしらん。「今日は、若い人たちまで帰りがおそいなあ……」
おばあちゃんは外に出て、海のほうをながめました。
アジ漁に行っているコトエの両親たちの帰りまでもが、今日は特別におそいように、おばあちゃんには感じられました。
「まだ、もどってこんかねえ」
大工のおかみさんが三度も様子を見にやってくるころには、小ツルのお姉ちゃんや、早苗の弟、それに富士子の母親たちも、自分の家の娘を心配して見にやってきました。
まもなく、一年生の子どもたちが全員いなくなっていることがわかり、やがて、本校から帰ってきた生徒のひとりが、八幡堂(やわたどう)という文房具屋のそばでみんなを見かけたという話を聞いて、おばあちゃんたちの心配はやっと半分になりました。
それだけに、うわさは村中に広がり、みんな勝手なことを言い合いました。
「村でお芝居があるって聞いたから、そこに行ったんじゃないかねえ」
「お金もないのに、どうして行けるもんですか」
「のぼりや看板だけでも、口をぽかんと開けて見ているのかもしれないよ」
「子どもってやつは、物好きだからねえ」
一年生の子どもたちの家族も、いまは半分笑顔で話し合いました。
「いまに、おなかをすかせて、足にまめを作って、もどってくるさ」
「いったいどんな顔してもどってくることやら。
やれやれ、あきれたもんだねえ」
「もどってきたら、思いきりおこってやろうか、それともおこらないほうがいいかねえ」
「ほめてやるわけにはいかないだろうからねえ」
こんなのんきなことが言えたのも、ソンキのお兄ちゃんや、仁太、そして富士子の父親たちが子どもたちを迎えに出かけたという安心感があったからでした。
それにしても、だれひとりとして大石先生のことを思いださなかったとは、なんとしたうかつさだったでしょう。
三人の迎えの人たちは、本村(ほんむら)のほうへさしかかると、会う人会う人にたずねました。
「ちょっとおたずねしますがね、お昼をすぎたころに、七、八つくらいの子供たちが十人ほど通ったのを見かけませんでしたかねえ」
同じことをいったい何回くりかえしたことでしょう。

そのころ、子どもたちはどうしていたでしょうか。
藪の上へまっさきに着いたのは、言うまでもなくコトエでした。

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