仁太のその間髪を入れない言葉があまりにも突拍子もなかったため、係官が聞き流してくれたのだとしたら、思ったことをそのまま口にした仁太はなんと運がよかったのだろう。
みんなの代わりに溜飲を下げるようなこの出来事は、ちょっとした珍事件として大石先生の耳にも届いたのだった。
その仁太は、本当マンマと勝って戻ってこられると思っていたのだろうか。
いずれにせよ、戦地へ出ていったきり便り一つないまま、その年の後半も過ぎていった。
ミッドウェー海戦は、海沿いの村の人たちを言葉もない不安と諦めの中に追い込み、こっそりと「お百度参り」をする母親たちの姿を生んだ。
仁太や正は海軍に配置されていた。
平時であれば微笑ましく思い出すはずの水兵としての仁太も、行ったきり音信不通だった。
仁太はいま、どこであの愛すべき大きな声を響かせているのだろうか――。
一人の生徒を思うとき、決まって思い出すのは、あのK町のバス停で見た若者たちである。
笑うと口の奥が暗く見えた、あの年寄りたちのことである。
寒さの残る春の道端で、ただ太陽の光を浴びて膨らんでいた山吹のつぼみのことである。
そして、さらに大きな、すべてを飲み込むような暗い影で包み込んでしまうのは、いつの間にか軍用船となり、どこの海を走っているのかさえ分からない大吉たちの父親のことである。
その不安を互いに語り合うことさえ許されない、軍国の妻や母たち。
「自分だけではない」という理由で、人間の尊い生活が壊されてもよいというのだろうか。
「自分だけではない」という理不尽に耐え、発言する権利さえも奪われているたくさんの人たちが、もしもみんなで声をそろえたらどうだろう。
ああ、しかし、そんなことができるものか。
たった一人で口に出しただけでも、あの奥歯のない年寄りが言っていたように、すぐに後ろ手に手錠をかけられて連れて行かれてしまうのだ。
ただの太陽の光を浴びて、春寒の道端でふくらむ山吹は、それでも、自分の花だけは精一杯咲かせたことだろうに……。
……
九 泣きみそ先生
海も空も大地もすべての戦火から解放された、終戦の翌年である四月四日の朝早く。
一本松の村を漕ぎ出した一隻の伝馬船(てんません)には、紺がすりのもんぺ姿をした、やせて年老いた小さな女が乗っていた。船は岬の村の方へと進んでいく。
静かな海には深い朝もやが立ちこめ、岬の村はまるで夢の中に浮かんでいるかのように見えたが、やがて昇ってきた太陽に目を覚まされるように、その細長い景色を少しずつくっきりと現しはじめた。
「あ、ようやく晴れてきたね」
まだ十二、三歳ほどに見える船頭の少年は、小さな体全体を大きく動かして懸命にオール(櫓)を押し進めながら、まだ遠くにある岬の村を見つめた。
目ばかりがキラキラと輝いているその男の子に、同じように岬の村に目を奪われていた女は、愛おしそうな声で話しかけた。
「岬に来るのは、はじめてかい、大吉?」
見かけによらず、若々しい声だった。
「うん、岬かなんて、用事がなかったもん」
大吉は振り返りもしずに答えた。
「そうだなあ。お母さんでさえ、ずっと来ることはなかったもんなあ。岬というところは、そんなところさね。あれから十八年! ほう、もう二昔になるんだねえ。お母さんも年をとるわけだわ」
なんとそれは、大石先生の、ひさしぶりの声と姿だった。
今日、彼女は十三年ぶりに教職へと戻り、しかも今、ふたたび岬の村へ赴任するところなのだ。
昔は自転車に乗って颯爽と通っていた先生も、今ではもうあんな若さは失われてしまったのだろうか。
いや、そうばかりでもなかった。
戦争は自転車までも国民の生活から奪い去り、敗戦から半年のいま、自転車は欲しくても買えなかったのだ。
岬への赴任が決まったとき、一番に困ったのはそのことだった。
途中まであったバスさえも戦争中になくなったままで、いまだに再開していない。
昔でさえ自転車で通った八キロの道のりを、今は歩いて通うしかなかった。
とても体力が続かないと考えて、母子三人で岬へ引っ越そうかと切り出したとき、一言で反対したのが大吉だった。
船でお母さんを送り迎えするというのだ。
船を借りるにしても、それ相応のお礼をしなければならない。
「雨が降ったら、どうするの?」
「そしたら、お父さんのカッパを着るよ」
「風の強い日は、困るんじゃないかい?」
「…………」
「あ、心配しなくていいよ。風の日は歩いていくからさ」
返事に詰まった大吉を、母親である彼女は慌ててそう言って助けたものだった。
明日は明日の風が吹く。
先のことまで考えていられなかった長い年月は、雨や風くらいでへこたれない強さだけは教えてくれていた。
戦争によって六人だった家族は三人になってしまったけれど、だからこそ、残った三人でどうにかして生き抜いていかなければならないのだ。
大吉はもう六年生になっている。
並木は四年生だった。出がけに渚に立って母の初出勤を見おくってくれた並木も、もうそろそろ学校へ出かける時分だと思って一本松をふりかえった。
久しぶりに沖からながめる一本松も、昔のままに見える。
なんの変化も見られぬその村にさえ、大きな変化をきたした戦争の果ての敗戦。
「大吉、つかれないかい。
手に豆ができるかもしれんな」
「豆ができたって、すぐにかたまラァ。ぼく、平気だ」
「ありがたいな。
でも、明日からもっと早目に出かけようか」
「どうして?」
「先生の息子が、毎日ちこくじゃあ、なにがなんでもふがわるい。
そのうちお母さんも、また自転車を手にいれる算段するけども」
「へっちゃらだあ。
ちゃんと理由があると、叱られんもん。
船で、おくったげる」
ゆっくりと、櫓についてからだを前後に動かしながら、得意の顔で笑った。
「うまいな、櫓(ろ)|押すの。
やっぱり海べの子じゃな。
いつのまにおぼえたん」
「ひとりで、おぼえるもん。
六年生なら、だれじゃって押せる」
「そうかね。
お母さんもおぼえよかな」
「そんなこと、ぼくがおくってあげる」
「そうそう、森岡正という子がいてな、一年生なのに、お母さんを舟でおくってあげるっていったことがあった。
昔――。
もう戦死したけんど」
「ふーん。
教え子?」
「そう」
ふっと涙が出た。
生きていれば、もうよい若者になったろうと、五年前、桟橋で別れたきりの正を思いだし、それが幼い日のおもかげとかさなって浮かんできた。
あれきりついに会うことのなかった正。
そしてもう永久に会うことのできなくなった教え子たち。
はげしい戦いにたおれた今、幾人がふたたび故郷の土をふみ、ふたたび会えるかと思うと、心は暗くしずむ。
悪夢のように過ぎたここ五年間は、大石先生をも人なみのいたでと苦痛のすえに、小さな息子にいたわられながら、このへんぴな村へ赴任してこなければならぬ境遇に追いこんでいた。
わが身に職のあることを、はじめて彼女は身にしみてありがたがった。
教え子の早苗にすすめられて願書は出してみたものの、着てゆく着物さえもないほど、生活は窮迫の底をついていた。
不如意な日々の暮しは人を老いさせ、彼女もまた四十という年よりも七八つもふけている。
五十といっても、だれが疑がおう。
コメント