トラ子はモミの木でできた首輪をして、庭にあるイチョウの木を駆け上がったり駆け下りたりしています。
トラ子の木登りは、彼にとって唯一の特技で、私たちを楽しませるために一日に一度か二度は必ず披露してくれます。
トラ子というのは、今年の六月に生まれた猫で、本当は男の子です。
最初は隣の家にもらわれていったのですが、そこには犬がいたり、二匹の子豚がいたりして、小さな猫の心にはそれが怖くて落ち着かなかったのか、よく私の家に来てはごはんをねだっていました。
「食べ物をあげるとそこに居ついてしまう」と言いますから、隣の家に義理を立てて、ほんの少ししか食べさせないようにし、やって来ても庭に追い出すようにしていました。そうしていたら、その後ぱったりと来なくなり、どこか別の家にもらわれたようでした。二週間ほど経ってから見かけたときには、赤い首輪をつけて、何かとても忙しそうに庭を横切っていくところでした。
私が「トラ子」と呼ぶと、ハッとしたように慌てて逃げ出しましたが、すぐに思い直したのか、この家にも一食の恩義があると思ったのでしょう。すぐにお勝手から上がってきて、いつも通りに鳴いて何かをおねだりしました。
彼は虎模様の黒っぽい顔をしているのですが、その時はまるで恥ずかしそうに赤面しているかのような愛嬌を、顔いっぱいに浮かべていたのです。
それからは一日おきくらいにやって来ては、お昼ごはんを食べて庭で遊び、夕方になると帰っていくようになりました。
雨の降る朝にやって来たとき、首輪がひどく汚れていたので外してあげると、次の日にはまた新しい紅絹(もみ)の首輪をつけて現れました。
「トラは大事にされているんだな。真っ新な紅絹だから、きっと若い令嬢がいる家なんだろう」と私は思いました。
カステラやサツマイモが好きなので、まるで女の子のような錯覚を覚え、すっかり「トラ子」と呼び慣れてしまいました。
今日もまた、何かをおねだりに来るのでしょうか。
昔、私はトラ子によく似た仔猫を知っていました。
やはり黒色が勝った虎模様で、尻尾が丸く長く、金色をした丸い目を持っていました。
猫を愛する夫人が八匹ほど育てていた猫の中の一番可愛い子でした。
夫人はその猫を「ニトラ・マルメ」と名付けました。
故人となられた新渡戸博士の家にいたスペイン猫の子供だったので、姓は「ニトラ」、目が丸いから「マルメ」という名前だったのです。
夫人は教養高いアメリカの女性で、猫たちにも詩的でしゃれた名前を付けていました。
庭に迷い込んできたキジ猫を「キシロ」と呼び、赤猫は「アカ」、白猫は「マシロ」、赤猫の子供は「コアカ」と呼ぶといった具合です。
そのほかにも、鼈甲(べっこう)のような黒と黄色のまだら模様の猫で「ベツコ」というのもいました。
夫人がお母様のお見舞いでアメリカに帰られたついでに、ペルシャ猫を買ってこられました。
「ブリュ・クラウド」、つまり「青い雲」という名前で、青黒い毛並みの素晴らしい大猫でした。
夫人は、大谷大学の教授である鈴木大拙博士の奥様、ビアトリス女史のことで、もう今は亡くなられた方です。
私は夫人に大変よくしていただきました。
「アイルランド文学の本がたくさん丸善に入っているから、読んでみては?」と勧めてくださったのも夫人でした。
大拙博士もその頃はお若くて、お茶を一緒にいただきながら「片山さん、また猫が二匹増えましたよ」と、猫のお話をされたものです。
温かい思い出です。
そんな過去から、今また「トラ子」が使いとしてやって来たような気がしてなりません。
初級翻訳・仔猫の「トラ」 第1話
仔猫の「トラ」
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