初級翻訳・大へび小へび 第2話

大へび小へび

このカゴのウリが実に怪しいと思われます」と、まるで目に見えているかのように言ったのでした。すると、源頼光がいきなり刀を抜いて、そのウリを真っ二つに切り捨てました。
すると驚いたことに、ウリの中から小さなヘビが、くるくると体を丸めて隠れていたのです。
これは、道長さまを恨んでいる人の恐ろしい気持ちがヘビになって、ウリの中に乗り移っていた……というお話なのですが、作り物の中にヘビを隠すのとはわけが違います。ウリが育つ前からヘビの卵が入り込んでいて、ウリと一緒に大きくなったのだと考えれば、やはり安倍晴明が言った通り、このウリはただならぬ「化け物ウリ」だったのでしょうね。

これは、とても小さなヘビのお話でした。
次は、まだ若かったころの北条時政(ほうじょうときまさ)というお侍さんのお話です。彼が江の島の洞窟にこもってお祈りを続けていた、最後の日。その洞窟の主であるヘビが姿を現しました。
そのとき、ヘビはヘビの姿ではなく、美しい女の人の姿をしていました。そして人間の言葉を使って、時政に未来の予言を聞かせたのです。
夢のような不思議な時間が終わったとき、その女性が立っていたあたりに、三つのウロコがキラキラと光って落ちていました。このお話はちっとも怖くありません。むしろ、頼もしくて美しい、古き良き伝説のような感じがしますね。

日本の田舎には、ヘビの「たたり」という恐ろしいお話がたくさん伝わっています。それはどれも不気味で嫌なものばかりですが、歴史の本に出てくるヘビたちの堂々とした活躍とは、ずいぶん様子が違います。
大昔のヘビたちは、ヘビ一族の中でも特別な「ヒーロー」だったのかもしれません。

もっと世界的なお話に目を向けてみると、聖書に登場する「イヴ」が出会ったヘビが有名です。
神さまは、「エデンの園にあるどの木の実を食べてもいいけれど、たった一本だけ、絶対に食べてはいけない実があるよ」と教えました。
アダムとイヴの二人は、素直にその約束を守っていました。ところが、そこへヘビがやってきて、イヴを言葉巧みにさそい、食べてはいけない実を食べさせてしまったのです。
聖書にはその様子が詳しく書かれていますが、ヘビについては「神さまが作った野原の生き物の中で、ヘビが一番ずるがしこかった」と書かれているだけで、どれくらいの大きさだったのかは書かれていません。
普通に考えれば、スサノオノミコトが退治したヤマタノオロチのような怪物ではなく、草むらからスルリと出てきて女の人とお話をするのにちょうどいいくらいの、少し大きめなヘビだったのではないかと思います。

しかし、大きさはどうあれ、どんなに大昔でも、ヘビは今と同じようにニョロニョロしていたはずです。そんな生き物と、女の人が楽しそうにおしゃべりをしたというのは、なんだか不思議な感じがしますね。
もしかすると、エデンのヘビは目に見える姿をしていなくて、イヴの心の中にだけ現れたのかもしれません。イヴが心の中のヘビとあれこれやり取りをして、ついに実を食べる決心をしたのだとしたら……彼女はかなり自分勝手で、生意気なところがある女性だったようです。そして、そんなイヴこそが、私たち女性みんなのご先祖さまだったのですね。

遠い外国のヘビや大昔のヘビのお話はこれくらいにして、私の家にいたヘビのことを思い出してみましょう。それはもう、ずいぶん昔のことになります。
東京の大森にあった私の家は、もともとは畑でした。そのあたりには十軒くらいの農家が並んでいて、その中の一軒の主人が別の場所へ引っ越したあと、その家を新しく作り直して、私たちの家にしたのです。
かなり広い敷地で、道のそばの三つの境目には、古いケヤキやハンノキが、いかにも農家らしくどっしりと立っていました。

十年ほどして夫が亡くなり、私と二人の子供だけで住むには広すぎる家になりましたが、引っ越しが大嫌いな私は、ずっとそこに住み続けていました。
そのころのことです。大きなヘビが、塀のそばのケヤキからケヤキへと枝を渡って歩くのを、通りがかりの人たちがよく見かけるようになりました。
「あれは片山さんの家の『守り神(ヌシ)』に違いない。そっとしておいてあげなさい」と、近所の人たちは子供たちが石を投げようとするのを叱って止めてくれました。

ヘビがいたのは門の近くの垣根で、私たちが生活している部屋からは反対側だったので、私たちはそのヘビを見ることはありませんでした。
ところがあるとき、ついにそれを見てしまったのです。一本の木から隣の木へと這いわたるその姿は、驚くほど長いものでした。
一番大きなケヤキの木に穴(うろ)があって、そこに住んでいるのだろうと噂されていましたが、植木屋さんが枝を切るときに調べてみても、「何もいないよ」と言っていました。

「あのヘビはもう死んでしまったのかしら」と私たちが思っていたところ、それから一、二年して、門のそばにある小さなソヨゴの木に、一匹の小さなヘビがぶら下がっていました。
「これはきっと、あの守り神の子供ね」と、みんなでそう決めて、そっと触らずにしておきました。
その後も、ときどき小さなヘビがそのあたりで見かけられたようですが、誰も気にしなくなりました。そんなことはすっかり忘れて、静かな毎日が過ぎていったあと、ついに戦争が始まりました。

まだ私が、古い家を離れて安全な場所へ逃げよう(疎開しよう)なんて考えてもいなかったころです。晴れた九月の朝のことでした。茶の間と居間の前にある芝生の上に、一匹のヘビがだらーんと体を伸ばして寝ていました。
中くらいの大きさのヘビでした。
「死んでいるみたいですよ」と、東北の農村で育ったお手伝いさんが、棒を持ってきてヘビを引っ掛けようとした、そのときです! ヘビはいきなり頭を上げると、2メートル近くも飛び上がり、スッと体をうねらせてキラキラ光りながら、芝生の上を走り始めました。
それは見事な速さで、私たちの目の前を滑るように進み、あっという間に物陰へと隠れてしまいました。

「生きていたのね!」「どうしてこんな明るい芝生の上で寝ていたのかしら」と、私たちは顔を見合わせて話しました。
「きっと、いつかの小さなヘビが大きくなったんですよ」とお手伝いさんが言いました。
それを聞いて、「そうか、あれがこの家の守り神なのね」と、私はなんだか不思議で、奇妙な気持ちになったのでした。「家に何か大変なことが起こるとき、その家の『守り神(ヌシ)』が現れる」という昔からの言い伝えを、私はどこかで信じていたのかもしれません。そんな話を、私は電話で息子の家に話してみたのです。
「もしかしたら、私たちが住んでいる新井宿(あらいじゅく)の家に、何か大きな変化が起こる前触れなのかもしれないわ」
と私が言うと、若い人たちは、
「そんなことあるわけないですよ」
と笑って、お年寄りの私を安心させようとしてくれました。

昭和十九年の初夏、ヘビのことなんてすっかり忘れてしまうほど慌ただしい日々の中、私は井の頭線の浜田山(はまだやま)という場所へ引越し(疎開)することになりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました