初級翻訳・北守将軍と三人兄弟の医者 第2話

北守将軍と三人兄弟の医者

わざと馬から降りないで、両手を振ってみんなに何か命令しているのだと勘違いした。
「謀叛(むほん)だな。よし、引き上げろ!」
そう大臣はみんなに言った。
そこで大臣一行は、くるっと馬を立て直し、黄色い砂煙を上げながら、一目散に戻っていく。
ソン将軍はこれを見て肩をすぼめてため息をつき、しばらくぼんやりしていたが、急に後ろを振り向いて、軍師の長を呼び寄せた。
「お前はすぐに鎧(よろい)を脱いで、俺の刀と弓を持ち、早くお宮へ行ってくれ。それから誰かにこう言うのだ。『北守将軍ソンバーユーは、あの国境の砂漠の上で、三十年の昼も夜も、馬から降りるひまがなく、とうとう体が鞍につき、そのまた鞍が馬について、どうにもお目通りできません。これからお医者に行きまして、やがて参内いたします』と。こう丁寧に言ってくれ。」
軍師の長はうなずいて、すばやく鎧と兜(かぶと)を脱ぎ、ソン将軍の刀を持って、一目散に駆け出した。
ソン将軍はみんなに言った。
「全軍、静かに馬を降り、兜を脱いで地に座れ。ソン大将はたった今から、ちょっとお医者へ行ってくる。そのうち音を立てないで、じいっと休んでいてくれい。わかったか。」
「わかりました、将軍!」
兵隊たちは声をそろえて一度に叫ぶ。
将軍はそれを手で制し、急いで馬に鞭(むち)を打った。
たびたびペタンと砂漠に寝た、この有名な白馬は、ここで最後の力を出し、ガタガタガタガタと鳴りながら、風より早く駆け出した。
さて将軍は十町ばかり、夢中で馬を走らせて、大きな坂の下に来た。
それから急にこう言った。
「上手な医者は一体誰だ。」
一人の大工が返事した。
「それはリンパー先生です。」
「そのリンパーはどこに居る。」
「すぐこの坂の真上です。あの三つある旗のうち、一番左でございます。」
「よろしい、しゅっ!」
と将軍は、例の白馬に一鞭くれて、一気に坂を駆け上がる。
大工はあとでぶつぶつ言った。
「なんだ、あいつは野蛮なやつだ。人からものを教わって、『よろしい、しゅっ』とは一体なんだ。」
ところがバーユー将軍は、そんなことには構わない。
そこらをうろうろ歩いている病人たちを跳ね越えて、門の前まで上がっていた。
なるほど門の柱には、「小医リンパー先生」と金看板がかけてある。

三、リンパー先生

さてソンバーユー将軍は、いまやリンパー先生の大玄関を乗り切って、どしどし廊下へ入っていく。
さすがはリンパー病院だ、どの天井も部屋の扉も、高さが二丈(約六メートル)ぐらいある。
「医者はどこかね。診てもらいたい。」
ソン将軍は号令した。
「あなたは一体何ですか。馬のまんまで入るとは、あんまり乱暴すぎましょう。」萌黄色の長い服を着て、頭を丸めた一人の弟子が、馬のくつわをつかまえました。
「おまえが医者のリンパーか、早くわが輩の病気を診ろ」

「いいえ、リンパー先生は向こうの部屋にいらっしゃいます。ですが、ご用があるのなら、馬から降りていただきたい」

「いや、それができんのじゃ。馬からすぐに降りられたら、今ごろはもう王様の御前へ行っているはずなんじゃ」

「ははあ、馬から降りられない。それは脚の硬直ですね。それならいいです。お入りなさい」

弟子は向こうの扉を開けました。ソン将軍はパカパカと馬の足音を鳴らしながら入っていきました。中には人がいっぱいで、その真ん中に先生らしき小柄な人が床几(しょうぎ)に座り、熱心に一人の目を診ています。

「ひとつ、こっちを頼むのじゃ。馬から降りられなくてな」そう将軍はやさしく言いました。ところがリンパー先生は、見向きもしないし動きもしません。やはりじっと患者の目を見ています。

「おい、君、早くこっちを見んか!」将軍が怒鳴り出したので、病人たちはビクッとしました。ところが弟子が静かに言いました。
「診るには順番がありますからな。あなたは九十六番で、今は六人目ですから、あと九十人お待ちなさい」

「黙れ! 貴様はわが輩に、九十人も待てと言うか。おれを誰だと思っている。北守将軍ソンバーユーだ! 九万人もの兵隊を町の広場に待たせてあるのだ。おれが一人を待つということは、七万二千の兵隊が向こうで待つということだぞ。すぐ見ないなら蹴散らすぞ!」

将軍は鞭を振り上げ、馬は一息に跳ね上がり、病人たちは泣き出しました。ところがリンパー先生は、やはりピクリともせず、てんでこちらを見もしません。その先生の右手から、黄色の綾(あや)を着た娘が立って、花瓶にさした何かの花を一枝取って水につけ、やさしく馬につきつけました。

馬はパクッとそれを噛み、大きな息を一つ吐くと、ペタンと四つ脚を折り、今度はゴーゴーといびきをかいて、首を落として眠ってしまいました。ソン将軍はまごつきました。

「あ、馬のやつ、また参ったな。困った、困った、困った」そう言って、急いで鎧の隠しから塩の袋を取り出し、馬に食べさせようとします。「おい、起きんかい! あんまり情けないやつだ。あんなにひどく苦労して、やっと都に帰ってきたというのに、すぐ気がゆるんで死ぬなんて、全体どういう考えなんだ。こら、起きんかい! 起きんかい! シッ、フウ、ドウ……おい、この塩をほんの一口食べてくれ!」

それでも馬は、やはりグウグウ眠っています。ソン将軍はとうとう泣き出しました。
「おい、君、わしはとにかく馬だけはどうにかしてくれたまえ。こいつは北の国境で三十年も働いたのだ」

娘は黙って笑っていましたが、このときリンパー先生が、いきなりこちらを振り向きました。まるで将軍の胸の底から、馬の頭の中まで見通すような鋭い眼をして、静かに言いました。

「馬はまもなく治ります。あなたの病気を調べるために、馬を座らせただけです。あなたはそれで、向こうのほうで何か病気をしましたか?」

「いや、病気はしなかった。病気は別にしなかったが、狐に騙されて、どうもときどき困るのじゃ」

「それは、どういう風にですか?」

「向こうの狐はいかんのじゃ。十万近い軍勢を、ただ一辺に騙すのだ。夜にたくさんの火をともしたり、昼間いきなり砂漠の上に大きな海をこしらえて、城や何かも出したりする。全くたちが悪い」

「それを狐がするのですか?」

「狐と、それから砂鶻(さこつ)じゃね。砂鶻という鳥なんじゃ。こいつは人のいないときは高いところを飛んでいて、誰かを見ると試しに来る。馬の尻尾を抜いたり、目を狙ったりするもんで、こいつが出るともう馬はガタガタ震えてどうにもならんのじゃ」

「それなら一度騙されると、何日くらいでよくなりますか?」

「まあ四日じゃね。五日のときもあるようだ」

「それであなたは今までに、何遍くらい騙されました?」

「ごく少なくて十遍じゃろう」

「それではお尋ねいたします。百と百とを加えると答えはいくらになりますか?」

「百八十じゃ」

「それでは二百と二百では?」

「さよう、三百六十だろう」

「それならもう一つ伺いますが、十の二倍は何ほどですか?」

「それはもちろん十八じゃ」

「なるほど、すっかりわかりました。あなたは今でもまだ少し、砂漠のために疲れています。つまり十パーセントですね。

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