実験室が真っ暗闇になったとたん、
「あれっ! お兄さん!」という文子の叫び声が、闇の中にけたたましく響きました。
メリケン壮太
文子の叫び声を聞いた龍介君は、声のした方へ懐中電灯を向けると、実験室の壁の一部が外側に開き、黒装束の男が文子を横抱きにして外へ出るところでした。
「待てッ!」
しかし、遅すぎました。壁は元の通り閉じてしまい、押しても引いてもびくともしません。
それを見るやいなや、龍介君は拳銃を片手に扉口へと突進しました。しかし、そこにも厳重な鎧扉が下りていたため、外へ出るまでにはたっぷり二分はかかってしまいました。
――ようやく広い庭へ出てみると、一人の男が暗闇の中を走っていくのが見えました。
「止まれ、止まれ! 待たないと撃つぞ!」
大声で叫びましたが、止まる様子もありません。龍介君は狙い撃ちに二発撃ちました――パッパッと赤い火が銃口から走ったと思うと、「あっ!」と声を上げて怪しい男はもんどり打って倒れました。
駆け寄ってみると、筋骨逞しい若者が、すねを押さえて「うう、うう」と呻いています。もちろんかすり傷です。
「動くな、動くと撃つぞ!」春田君は拳銃を向けながら叫びました。「立て、歩くんだ!」
そして、これでもかというほど尻を蹴飛ばしました。
龍介君が若者を追い立てて実験室へ戻ると、設計図と模型を守っていた博士と大佐は心配そうに言いました。
「文子はみつかったか?」
「いいえ、駄目でした。しかし今は文子のことより先に、取り掛からなければならない仕事があります……ところで山川少将はどうしました、見えませんね」
「山川さんも文子と一緒にさらわれたらしい」
龍介君は歯噛みをして悔しがりました。そして若者の顔を睨みつけながら、
「この売国奴め!」と怒鳴りつけました。
すると若者はサッと顔色を変えて言いました。
「俺は不良青年かもしれないが、売国奴と呼ばれる覚えはないぞ。俺は『メリケン壮太』っていう、ちったあ知られた男だ。さあ、俺がどうして売国奴なんだ、わけを言え!」
「よし、教えてやるから、貴様がこの実験室の前に忍んでいたわけを話せ……」
「訳は簡単だ。額にあざのある外国人の牧師に頼まれて、この中でトランプ賭博をしている奴がいる。自分は警察へ密告してくるから、ここで見張りをしていてくれと言って、五円紙幣をくれたんだ。だから立っていたのよ」
「その奴こそが外国の軍事探偵だ! そして春田式C・C・D潜水艦の機密図を盗むために、貴様を見張りとして雇ったのだ」
「本当か?」メリケン壮太は地団駄を踏んで悔しがりました。
「畜生、よくも騙しやがったな、今にどうするか……」
「お父様、この男を縛っておいてください。僕は外に重大な調べ物がありますから」
博士と横田大佐が騒ぎまわるメリケン壮太を縛り上げている間に、龍介君はネズミのような素早さで、実験室の中を調べ回りました。「あっ!」という龍介君の叫び声に、驚いて博士と大佐が駆けつけると、北向きの壁の頂上が、龍介君の指に触れるがまま、ぽっかりと口を開け、そこから黒い四角い箱が現れました。
「僕の考えが当たった!」龍介君はそう叫ぶと、その箱を引き出しましたが、「だめだ、空っぽだ!」とつぶやいて箱を放り出しました。
「何だそれは?」と博士が尋ねました。
「これは……」と龍介君が言った時、電話のベルが突然激しく鳴り出しました。
博士が受話器をとりました。
電話は山川少将の家からでした。
「あ、春田博士ですか、どうぞすぐ来てください。
主人が書斎に倒れているのです。
そして金庫の中の重要書類が盗まれております!」
二人の山川少将
春田博士が大佐と龍介君を連れて自動車で駆けつけた時、山川少将は書斎の長椅子の上で、頭に包帯をして横になっていました。
少将は三人の客を迎えると、苦笑しながら次のように話し始めました。
少将は博士の実験に立ち会うつもりで、八時十分前に身支度を済ませ、金庫の中から実験に必要な重要書類を取り出していたのです。
その時、いきなり後ろから頭をひどく殴られて、気絶してしまったのでした。
それから書生に呼び起こされた時には、すでに重要書類も曲者の姿も、そこにはなかったのでした。
「すると!」と博士がそばから言いました。「あなたは今夜、私の実験室へ来られなかったのですね」
「そうだよ」
「じゃあ、あの山川少将……いや、山川少将に扮装した男は何者だろう」
「えっ! 俺に扮装した男だというのか?」
少将に問われるままに、博士は今夜起こった事件の始終を話しました。
聞くやいなや、少将は跳び上がりました。
「や、そりゃ確かにどこかの軍事探偵だ。そして発明は無事か!」
「はい、設計図や模型は安全……」
「安全ではなかったのです、閣下」と龍介君が博士の言葉を遮りながら進み出ました。「設計図や模型は元のままちゃんとしていますが、しかし、それは皆すっかり盗まれてしまったのです」
「えっ、何だって? それはどういうわけだ」
少将も、博士も、横田大佐も、意外な龍介君の言葉に面食らってしまいました。
「訳は後でも話せます。
閣下、この書斎に何か証拠になるような物は落ちていませんでしたか」
「いや別に……」と少将は考えているようでしたが、やがて「おお、そうだ。こんな物があったが、何かの役に立つかな」と言って、一枚の紙片を差し出しました。
受け取った龍介君、一目見るなり「あっ!」と驚きの声を上げました。
それは昼間、友達から渡された暗号文と同じ紙で、しかも同じ筆跡のペン書きでこう書いてあったのです。
「ゴクロウ○マ スミタ○ ウエハ コレデ シツレイ オチノ○ル ○ンセン」
「うん……同じ暗号だな」
「何かわかったのかね」そばから博士が心配そうに覗き込みます。
少年はそれには見向きもせずに、ポケットの中から最初の暗号文を取り出して、照らし合わせながら○の部分へ文字を当てはめ始めました。
それは二分と経たぬ間にできあがりました。
文章はこうなったのです。
「ゴクロウサマ スミタル ウエハ コレデ シツレイ オチノビル ヤンセン」
「そうだ、牧師ヤンセンだ! メリケン壮太を雇ったのも牧師、まさにこいつだ!」
そう叫びましたが――さて、それだけの文章では何が何やら訳がわかりません。
「さあ困った、どういうことがこの文章の中に隠されているんだろう?」さすがに龍介君も、頭を抱え眉を寄せて当惑しました。
「早くしないと、大切な発明は、軍事探偵の手で国外へ持ち去られてしまうではないか……」
と、龍介君はもう一度、二枚の暗号文を見比べてみましたが、サッと喜びの色を見せて少将の前へ走り寄りました。
そして震える声で、
「十日ばかり前、確かサルビヤ号という外国船が入港しているはずですが、どなたかご存知ありませんか」と尋ねました。
「ああ、横浜に泊まっているよ。確かアメリカの遊覧船だと思ったが」と少将が答えました。
「それだッ!」龍介君は叫ぶと共に電話器に飛びつきました。
疾走する自動車
「えっ、サルビヤ号? ああ、それはね。今日夕方に出帆しましたよ!」横浜の港務課からの電話に、龍介君は思わず、「しまった!」と叫びました。
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