初級翻訳・ちいさこべ 第11話

ちいさこべ

それとも忘れているんなら、おれが思い出させてやってもいいぜ。どうだ、そんなことは一度もなかったか」
徳二郎はむっとしてやり返した。「それとこれとは話が違うだろう」
「たしかに違う」と茂次がうなずいた。「おれたちには親もあり家もあった。だから一度だって盗人なんて言われたことはない。この子供たちは家を焼かれ、親兄弟にも死に別れて、他人のおれの手にかかってる。それだけの違いはあるが、子供ということに変わりはねえし、子供はたいてい一度はこの年ごろを通るんだ。おらは口が下手だからうまく言えねえが」茂次はもどかしさのあまり赤くなった。「自分が不自由していなくても、ひょいと人の物に手を出してみたくなる。そういう年ごろが子供にはあるんだ。誰にだって二度や三度は覚えのあることだ。もちろん、それだからいいとは言わねえが、盗人だとか自身番へ渡すなんていうのはあんまりだ。あんまり人情がなさすぎるとは思わねえか」
三人は何も言わなかった。
「こう言っても承知できねえんならおれが出よう」と茂次は言った。「しつけが行き届かなかったのはおれの責任だ。自身番でもどこへでもおれを突き出してくれ。だが子供は渡さねえ。誰が来たって、子供だけは渡しゃあしねえから」
「わかったよ」と徳二郎が言った。「おめえがそういう気持ちならいいんだ。おらはただ、子供のためにもと思ったもんだから」
「わかってくれりゃあいいんだ。つまらねえおだをあげて済まなかった」と茂次は穏やかに言った。「みかんの銭はすぐに届けるから勘弁してやってくれ」
済まなかった、と茂次は繰り返し、三人は出ていった。番太の平助は気まずそうに、口の中でもごもごと言いながら片手で頭を押さえて飛び出し、商人風の中年者は目をそらしたまま、逃げるように出ていきました。

かれらを見送ってから、茂次は子供部屋の障子をあけました。
すぐそこにおりつが立っており、暗くなった向こうの隅に、子供たちがかたまっています。
「ごめんなさい」おりつが彼の顔を見ながら囁きました。「あたしが悪かったのよ」

茂次は子供たちのほうへ歩み寄りました。
子供たちは互いに寄りかたまって、怯えたように茂次を見上げています。
あっちゃんは市の肩に抱かれ、重吉は青白く引きつった顔をしていました。ほかの者もみんな硬い表情のまま、息を殺して茂次を見上げています。

十二

茂次は重吉のそばへ行き、つとめてやさしく微笑みかけました。
「重公」と彼は言いました。「懲りたか」
重吉は震えながら、「ごめんなさい」と言って泣き出しました。
茂次は重吉の肩へ手をやり、軽く二、三度叩いてやりました。
「泣くな、男だろう」と茂次は言いました。「悪かったと思ったら、二度としなければいいんだ。みんなもそうだぞ、わかったろうな」

子供たちが一斉に頷き、重吉は激しく泣きじゃくりました。
おりつが駆け寄ってきて重吉を抱きしめると、重吉は泣きながら「もうしません、ごめんなさい」と叫びました。
すると、あっちゃんが市の腕の中で「ごめんなさい」と言って泣き出したので、茂次は途方にくれたような顔でおりつを見ました。

「いってきてください」おりつは目配せをしながら言いました。「すぐに御飯を持っていきますから」
茂次は廊下へ出ていきました。
夕飯の膳を持って来たとき、おりつは「みかんの代金を払った」と告げました。
徳二郎が受け取らないので、ちょうど家になかったから、みかんを二箱買ってきたのです。
重吉が取ったのは二つだから、お釣りがくるくらいだと思う、とおりつは言いました。
「その話はもういい」と茂次は乱暴に言いました。「それから、今日のことは二度と口にするなって、子供たちによく言っておいてくれ」

そして箸を取ったものの、ふと思い出したように、彼はおりつを見ました。
「あのとき、おまえは何を言おうとしたんだ」
「あのときって?」
「子供たちのことで初めて話したときよ。おれが『子供たちは置けない』と言ったとき、おまえは何か言いかけた。おれを睨んで何か言おうとして、言うのをやめて立っていったことがある。忘れたか」
「おどろいたわ」おりつが目を見開きました。「ずいぶん物覚えがいいのね」
「何を言おうとしたんだ」
「さあ、何だったかしら」おりつは首を振りました。「覚えていないわ。でも、どうしてそんなことを気になさるの?」
「こう言おうとしたんじゃないのか」と茂次が言いました。「『おれがあの子供たちでなくてよかった』って――そうだろう」
「まさか、いくらなんでも」おりつは目をそらしながら言いました。「あたし、そんなことを言えやしませんわ」
「だから言わずに立っていったんだ」
「まさかそんな」おりつは眩しそうな目で茂次を見つめました。「……でもどうして、いまになってそんな古いことを言い出すんですか」
「古くはないさ」と茂次が言いました。
古いことではない、いまでもその言葉が耳について離れない、という顔つきで、茂次は飯を食べ始めました。

それから五、六日、おりつは心楽しい時を過ごしました。
茂次に言われて思い出したのですが、あのとき彼女は本当にそう言おうとしていたのです。
言葉はそのままではなかったでしょう。口に出さなかったのだから分かりませんが、茂次の頑固さに腹が立って、そんなようなことを言ってやりたかったのです。
――そうよ、そんなふうなことを言ってやりたかったのよ。
とおりつは思いました。
でも、よく覚えていたものだわ。こっちで口にも出していないことを、あんなふうに覚えているなんて不思議。
小さい自分をぶったこともちゃんと覚えていてくれたし、いつか重吉があたしに悪態をついたのを聞いて、心配してくれたこともある。
そうだ、「おゆうさんとうまくいかなかったら、そう言ってくれ」と言ったこともありました。
そのほかにも数え切れないほど、自分に対して細かく気を遣ってくれています。
口は重いしぶっきらぼうだけれど、やさしい気遣いが端々に感じられるのです。
――本当はおゆうちゃんよりも、あたしのほうが好きなのかもしれないわ。
そう思った瞬間、おりつは首を振りました。
好きにもいろいろあるのだから、馬鹿なことを考えるものではありません。
茂次の嫁はおゆうに決まっているのです。
育ちでも教養でも器量でも、おゆうこそ「大留」の主婦にふさわしい。自分なんかが逆立ちをしたって及ぶものではないのです。
嘘でもそんなことを思ってはいけない、とおりつは自分をたしなめるのでした。ある夜、布団に入ってから、おりつは同じようなことを考えていました。守られているような、それでいてどこか切ない気持ちに浸りながら、「おゆうさんがお嫁に来たら、自分はこの家を出て行くのだ」と、わざと強気な想像をして自分を甘やかしていたのです。しかし、まもなく廊下でかすかな音がするのを聞いて、どきっとし、息をひそめました。
時刻は十一時近いでしょう。みんな寝静まっているため、ずいぶんと足音を忍ばせているようですが、誰かが廊下をこちらへ歩いてくるのがはっきりとわかりました。

十三

まただ。きっとまた、あの子だ。
おりつはじっと耳を澄ませました。

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