仏間の入り口の敷居の上に、もっそりと両膝をつくと、
「あんさん、」
と、真っ赤にただれて涙で腫れ上がったまぶたで、じいっと見上げてきたその人の目が、ぽろりぽろりと、見る見るうちに涙であふれていきました。
「ほう、お久さんか。」
八郎の顔は、今の私からは見えません。
「お元気で……。」
「いや、まぁ何ともないさ。」
かすれ声で、
「もう、いつから、いつからかねぇ、本当に会いたい、会いたいと思って……。どれだけの年月が過ぎたことやら。」
と言葉の最後が泣き声できれぎれになり、ひょいと跳ねるように両袖で顔を隠しました。
なんだか少し滑稽(こっけい)にも見えましたが、私の胸はぎゅっと強く締め付けられました。
「さあ、こちらへどうぞ。」
お悦がその場に小さな箱火鉢をどーんと置いて、
「奥のほうへお入りなさい。……ああ、ええ、わかっていますよ。」
どうやらお悦は、半分くらいは私のために八郎が気づかってくれたんだなと察したような口ぶりです。すると案の定、盆の上に徳利を一つ乗せて、雪代が絵のように美しい姿のまま、薄暗い茶の間からふんわりと現れました。
「先生、あの、ちょっと一口いかがですか。」
「これはどうも……。」
「お酌は私がしますよ。うちの主人は気が利かないからね、おまけにお酒が飲めない人だし、ただのめかけみたいなもんですから。」
とお悦は言って、すぐにまた台所へ戻っていきました。
お久という人は、やっとのことで火鉢の縁を引き寄せて、黄色い袖口をつまみながら言いました。
おもむろに、
「……思っていたよりも、あんさんは若いことねえ。」
「いやあ、何というか、さっぱりしたもんだよ。」
「こうして一度お会いしてから、もう二十四年か二十五年になりますね。」
「そうかねえ。……なにしろ、何がなんだかさっぱりわからないんだからな、お互いにな。」
「いつもね、本当に手紙を出したい、出したいと思いながら、私自身は字が書けなくてね。あの大きな地震(震災)があった時なんかも、遠い北海道のはずれにいて、どれほど心配したことか……。それでもまあ、お無事でねえ。」
「わずかにこうして命がつながっているだけさ。」
「それでもまあ、お互いにこうして生きていて、顔を見合わせることができましたねえ。本当に会いたくてねえ、何年も何年も毎晩夢に見ない日はないくらいでした。でもその夢の中では、はっきりとした顔立ちはわからないほど遠くて……この春にやっと居場所がわかって、お手紙を出したけれど……」
と、ぐっと歯を食いしばるようにして涙をこぼします。
「いやあ、長いこと音信不通で悪かったねえ。」
お久は顔にあてていた袖をぱっと外し、
「手紙なんて、そんな忙しいのはわかっているけれどさ。」
「大して忙しいわけでもないんだがね。でも、名前も顔も知らない亭主がいるような奥さんのところへは、うっかり返事を出せないんだよ。誰も別に悪ふざけをするわけじゃないだろうけど、そもそも代筆だろう? きみだか誰だか名前もわからない。誰の許可をもらって俺の妻と手紙のやり取りをしなきゃいけないんだ。一応、亭主を名乗るなら筋を通してもらわないとな! 手紙のやり取りくらいできないこともないが……田舎はそういうのがうるさいからな。」
「そんな堅苦しいこと言わずに……こんなに私が思っているのに。それに、そんな、そんなひどい人じゃないんです。」
「そりゃ何よりだねえ。……そうかい、お前に対してひねくれてもいないし、冷たく当たったりもしないんだな。」
「ただね……苦労はしているけれど……。――何にしたって、私たちは兄妹なんだから。」
私はお酒を注いでもらいながら、ふと雪代の顔を見ました。
美しい彼女は、まるでうなずくように一重まぶたを寂しげに伏せました。
「なんだか、お嫁に行った一番上の娘さんが、病気で実家に帰ってきているんだってな……。」
「ええ、ご縁があって一昨年十七歳でお嫁にやったんですがね、厄年だったのかねえ、秋口から目を患ってしまって、なかなか治らないもんですからお医者さんに診てもらったら、トラホームだっていうんです……それでねえ。
――あんさん、キセルを貸してくれないかね……今朝からご飯も喉を通らなくて、気が気じゃなくて、忘れちゃってさ。」
「まあ、吸いなさい。……そういえば、タバコを吸うんだっけな。」
「女のくせに変だけどさ、工場で覚えたんです……十四歳の時から働きに出されてねえ。」
「じゃあその頃だっけな、一度ちょっと夢みたいに会ったのは――」
「いいえ、十七歳で今の家へ一度お嫁に行ったんだけど、お姑さんがあまりにも非道で厳しくてね、体じゅう生傷が絶えないくらいで、とても耐えられなくて、また糸繰りの工場へ逃げていた時でしたわ。」
「ああ、じゃあ、そこからまた縁が戻ったってわけだな。」
「お腹に赤ちゃんがいたもんでねえ、いろいろ考えたけれど、またお姑さんにいじめられに戻るのかって……。」
「で、子どもは何人いるんだい?」
「えへっ。」
とひび割れたような口元で寂しそうに笑って、
「十一人だよ。」
「よくもまあ産んだもんだなあ! その体で……。」
「仕方がないもの。」
「亭主はいくつなんだい?」
「六十五歳だよ。」
「恐ろしく元気だなあ。」
「それでね、六人は(病気などで)連れていかれてしまって、今は五人だけなんだけどさ……本当にねえ、お産をするときの苦しみと、十月十日(とおかとおか)の悩みと、死んでいく子供たちの看病と、お葬式の涙ばかりで人生が過ぎていくんだよ……。
本当にね、北海道に十六年間いる間でも、一人をおんぶして、二人の手を引いて、もう一人を前に歩かせて、雪や氷の川端へ何度行ったことか知れないよ。これも因果と報いなんだろうねえ。」「私みたいにかわいそうな人はいないよ。まだ八歳だというのに、藁の上から他人の手に渡されて、村の地主の家へ子守の奉公に出されたんだ。
柿の木の陰や、馬小屋の隅で、一日に何度も泣いたものさ。
――それでもね、十歳の時、初めて両親は本当のお父さんやお母さんじゃなくて、赤ん坊の時にこの村にもらわれてきたんだって聞かされた時ほど、悲しかったことはなかったよ。
生みの親の家にいれば、どんなことがあっても、このお兄さんの……妹でいられたのにさ。」
「いやあ、本当にすまないね。」
「生みの親の顔も声も知らないけれど、自分でお母さんになってみてよくわかるんだよ。たとえどんなにつらい思いをしようと、自分が食べるものはなくても、子どもがいるってことがどれほど嬉しくて、楽しいことか。」
「すまないねえ。」
「本当に、他人に育てられてみなきゃ、そのつらさはわからないものさ。」
「すまない、すまない。」
「それを、それをだよ、まだ満足に目も見えないような赤ん坊の頃から、……町の立派な畳の上から、百姓家の土間に放り出すなんて……」
「ちょっと待ってくれ! すまないとは思っているけれどね、お母さんは大病だったんだ――きみを生んですぐに亡くなってしまったんだがね――きみをよそへ預けたお父さんやお祖母さんのために、言い訳ってわけじゃないが、話しておかなきゃならないことがある。
初級翻訳・卵塔場の天女 第8話
卵塔場の天女
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