初級翻訳・卵塔場の天女 第7話

卵塔場の天女

……品のいい、おとなしい印象の束髪(そくはつ)で、ほっそりとした胸元には赤い背負い紐(せおいあげ)がちらりと見え、そのほかは羽織も小袖(こそ袖)も、まるで夜の梅の木に雪がさらりとかかったかのような、すっきりと美しい姿だった。
――あとから思い返しても、その気取らない自然なしぐさや優美さもそうだが、歩くときの腰のあたりが、あんなにも柔らかく、しなやかですっと伸びているなんて、踊りの上手な人以外ではめったに見かけないものだった。きゅっと引き締まって温かく、すらりと長い白い足が、まるで霞(かすみ)の上を渡っていくかのように優しく揺れているのが見えました。
若いころのお悦(えつ)さんはさっと着物を脱いで雪のような肌をあらわにしていましたが、こちらは薄い衣が透き通っているかのようです。
「雪代(ゆきしろ)さん」
その名前を聞いただけで、昨夜から八郎(はちろう)も何も言わなかったし、私もあえて聞こうとはしませんでした。
それが「お久さん」という名前ではないことは、すぐにわかりました。
雪代さんはお悦さんの娘であり、ご主人は旅行中である、ある陸軍中佐の奥さまだというのです。
「おじさん、いらっしゃい」
八郎はずかずかと踏み込んでいき、
「よく来たね」
「ええ、私、今日は特別なお客さまの『おもてなし係』なんですよ」
「うむ、あの先生にたくさんお酒をついであげおくれ。
――これで安心したよ。
……俺たちみたいな、ならず者の小じゅけような小父さんと違って、ちゃんとした先生だからね。
学校を出たお利口な奥さまだし、何より筋目がしっかりしている。
なにしろ、故郷は美人ばかりだって聞いていたから、無理に誘って来たものの、まだ一度も本物のべっぴんに出会えていなくて申し訳ないと思っていたところなんだよ。
お前さんの顔を見て、本当にほっとしたよ。
――どうですか、槙村(まきふら)先生」
「冗談じゃありません、本気ですよ! いやまったく、その通りです」
そこで私は雪代さんから丁寧なご挨拶を受けました。
八郎はすぐそばの台所へ出ていき、流し台に立ったお悦さんの背後から、肩越しに中をのぞき込みながら言いました。
「ちょっと来てごらんよ、槙村さん――このフナは本当にすごいからさご馳走(ちそう)に呼ばれて、台所に案内されたことなんて一度もありません。
だけど、そんな遠慮や、見事なフナのことよりも、私がちょっとお話ししたいのは、この三傘夫人(お悦さん)のテキパキとしたかっこよさなんです。
……まな板の上には、目から下までおよそ一尺もある生きのいいフナが、ぴちぴちと跳ね回っているのに、たすき掛けすらしない。
……羽織を着たまま左の袖口に着物の裾をぐっと巻き込み、まるで昔の武士(やぐら)の構えのような格好で、右手に鋭い出刃包丁を構えました。
そして、澄んだ目でじっと見据えると、包丁の背を返してトントンと魚の頭を一撃――まるで猿が一瞬で急所を突くかのように、一撃で仕留めたのです。
片手で手際よく両側のウロコをそぎ落とし、はじめて袖口から白い手をスッと出して、エラを押さえながら、ぎりりと腹を裂きました。
「雪代、雪代!」
のぞき込んでいた雪代さんも声をかけます。
「お水、お水!」
「はーい!」
その姿似合わない力強いかけ声とともに、雪代さんは「ギイ、ギイ、キクン、カッタン」と音を立てる古井戸へと向かいます。その白梅の花びらが散りかかるような風情で、すんなりと伸びた肩や腰をしなやかに揺らしていました。
「ははん、床下の鉄管で水を引いているんだね」
もくもくと湧き出る水で真っ赤な血を洗い流しながら、
「お嫁さん、お嫁さん!」
「はい!」
と、二つあるカマドの大鍋の下で火を焚いていた、姉さんかぶり(手ぬぐいを頭にかぶったスタイル)の結綿(ゆいわた・当時の若い女性の髪型)の花嫁さんが返事をすると、
「その大皿とどんぶりを――ほら、お嫁さん、そっちの戸棚のね」
この可憐な花嫁と、すらりとした雪代さんという二人の美しい女性を左右に従え、血に染まった出刃包丁の先をまっすぐ下に向けながら、お肉の分量をサッと見極めるこのお姉様(お悦さん)は、腕まくりすらないのに、まるで昔の野生のエネルギーを持った若き力強い女性そのもののようでした。
「槙村さん、――そこに柿の木があるでしょう」
八郎が流しの窓から外を指さして言いました。
「あの一番上の枝に、草鞋(わらじ)が一足ぶら下がっているんですよ。
いつか私がここへ来た時――確か五月のことだったんですが、地元の人間なのに誰も気づいていなかったんだ。
『あれはどうしたんだい?』って聞いたら、裏の家へ勝手口から入ってきた炭屋さんが履いていたものが、雪が解けたときに引っかかって……そのまま乗っかっているんだそうだ――」
「お目にかけたいようですわ」
と、雪代さんが私に優しく言いました。
「それにしても、この土地も開けたものだなあ。
なんせ、お母さんがお嫁さんのことを呼ぶのに、『姉さん、姉さん』なんて、時代も変わったものだよ」
お店の方から息子の声が聞こえ、手ぬぐいをとって出て行く結綿の髪の後ろ姿を見送りながら八郎が言いました。
「……お恒(つね)――いや、兄さんが気に入らないと思ってね、ええと、普段からもうずっと大切に仕えているんだけれど……。
でも、時々……お恒――なんてやったりしてさ……」
包丁をトントンとまな板に当てながら、
「何て言ったっけねえ、もっと固く、もったいぶった感じでさ」
雪代さんがクスリと微笑みながら言いました。
「……ないことも……ない、かな。たくさんあるわよ、ほほほ」

四

「さあさあ、追い立てを食わないうちに、君子は危うきに近寄らず……じゃなくて、男は台所から離れるとしよう。
お客さまはあちらのお部屋へ――ちょっと私は、こちらの仏間というところにご挨拶してくるよ」
蔵の前の違い棚の前に、二枚の美しい唐縮緬(からちりめん)の友染(ゆうぜん)の布団が敷かれていましたが、私とは反対方向へ向かうようにして、八郎は階段の下の小部屋へと入っていきました。
おそらくそこで仏壇に手を合わせたのでしょう。
雪代さんの手から、私が温かいお茶を受け取った時のことです。
部屋を仕切る暖簾(のれん)の向こうに、しとしとと降る雨に重なった陰気な人影が映りました。
そこへ現れたのは、額が広く抜け上がり、おでこには深いシワが刻まれ、頬はげっそりとこけ、髪はパサパサに乾き、顔色も悪い婦人でした。
それでも油できちんと固めた「銀杏返し(いちょうがえし)」の髪型をきゅっと結び、鬱金木綿(うこんもめん)の筒袖(つつそで)の袖口を綿銘仙(めんめいせん)の下からちょこんとのぞかせていました。
まるで炭を掴んだかのような黒ずんだ手を、ぽんと突き出した胸の前で拝むように組み、肩をすくめながら、萌黄(もえぎ)色の足袋で畳をまさぐるようにして歩いて出てきたのです。
その中仕切りの頑丈な板戸を挟んで立ったその女性の顔が、ちょうど棚に飾られた福助(ふくすけ)の人形とぴったり重なった瞬間――失礼ながら、私はその女房がまるで妖怪にでも化けてしまったのではないかと、思わずドキッとしてしまったのでした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました