湧き水は、誰も知らないこんな静かな時にこそ、いっそう高く、清らかに、そして勢いよく湧き出し、ほとばしっているのだろう。
大きなハエがブーンと音を立てて飛んできた。
そこへ――
六
あんな体の調子では、蝶よりもハエのほうが集まってくるのも無理はない……。まるで使い捨ての遊女の衣服やゴミをゴミ捨て場へ運ぶ道中のように、さまざまな下着や裾よけを身につけた、年増混じりのあくどく化粧をした若い女たちが六、七人、汗まみれになってちょうどそこへ、並木道をやってくる。
……
年増の一団が先頭を歩いていたが、どれも日陰を選んで歩いているので、まるで雑巾のように、その濡れるほどの大量の汗で、着物の裾も振袖の袖もよれよれになりながら、妙に一列にきちんと並んで歩いているその姿は、まるで誰かに引率されているようで、一網打尽に捕らえられて縄の端を引っ張られている囚人のようでもあり、哀れに思えるほどみすぼらしかった。
それもそのはず、すぐ後ろに男が二人生きいきと迫っていた。
若い方の男は、片手に洋傘を持ち、もう片方の手ではパタパタと扇子を使いながら歩いているが、扇子の面に店の広告すら描かれていないのが不思議なくらいである。いったい何のためか分からないが、絞り染めの帯の背中に、漢竹(かちく)の節を通した、杖だか鞭だか分からない、赤い房のついた道具をすっきりと挿している。
年配のハゲ頭の男は、紐のついた大きなガマ口財布を懐に突っ込み、ぽっこり出た布袋腹に、ふんどしが丸見えになるほど前をはだけさせ、地元で売っているブロック氷を手拭いに包んで頭巾のようにかぶり、アゴのところで結んでいる。そしてやっぱり洋傘を持っていて、この大きなお爺さんが最後尾を歩いていた。
「あらッ、水があるわ……」
と、一人の女が金切り声を上げると、
「水があるぞ!」
と言うが早いか、こめかみのあたりに頭痛薬の膏薬(こうやく)を貼った顔を大きく向け、年増の女が真っ先に飛び込んだ。それを合図に、それまで整っていた列が崩れるように乱れ、女たちがドヤドヤと茶店へ駆け寄る。
ちょっと立ち止まって、大きなお爺さんと話していた若い男が、茶店に入りざまに声を張り上げた。
「おい、どうするんだい、お前たち――ここで一休みする代わりに、港に着いたらどこにも寄らないで、すぐに汽船に乗るんだぜ。船に乗るんだからな」
男は銀色の鎖を引っ張り、パチンと音を立ててから言った。
「出帆まで、もうそんなに時間がないんだからな」
「ああ、暑い、暑い!」
「本当に暑いわねえ!」
女たちはもう飛びつくようにして、茶碗や柄杓(ひしゃく)へと手を伸ばす。
肌を露わにした者もいれば、腋の下まで腕まくりする者もいる。
年増の女などは、
「さあ、水だ、行水よ!」
と言うが早いか、まるで瓜の皮を剥くように、ずるりと縁台で着物を脱ぎ捨てて赤裸々になった。
黄色みがかった肌も、茶色がかった肌も、清水の冷たい色の前ではみんな白く見える。
学生である謹三は、思わず顔を背けた。
しかし、年増の女たちだけではない……申し合わせたように皆、こめかみに頭痛膏を貼っている。
その時、ぽかんと起きてきた茶店の女のどんよりとした顔にも、同じようにピタッと即効の貼り薬が貼られていた。
「これを食うといい。よく冷えてるぜ。たまらねえなあ。だがな、お前ら、みんなそれぞれに渡してあるお小遣いの中から自分のお金で買うんだぞ――スイカがよかったら丸ごと持っていきな、中は真っ赤だ、保証するぜ……えヘッヘッヘ」
キャアキャアと、若い男がまるでセミの抜け殻のような甲高い声を出す。
「マクワウリや李(すもも)をかじったら、あとで塩湯を飲みなよ――いや、絶対に飲むんだぞ。それだけ大金のかかった大事な体なんだからな」
とお爺さんは王様のように、真ん中の框(かまち)の上にふんぞり返って胡坐(あぐら)をかき、ぎろぎろと女たちの裸体を眺め回す。
そんな人だかりの中を、すらりと抜け出て、着物の合わせ目も上品に、ちらちらと小刻みな足取りで土手へ出て、巨石の向こうの隅っこ、松の木の根元に立っている娘がいた。
……手ですくうこともせず、茶碗にも遅れて、清水に浸して吸ったかと思うばかりの様子で、白い手拭いの端を、まるで花のつぼみのようにちょっとくわえてうなだれている。
それはまるで、巣立ちを迎えたツルが翼を傷めて、雲の上の空から落ちてきたかのように、昼顔の花にしがみついているかのようだった――。
島田髷(しまだまげ)に結っていて、あの娘よりも二歳ほど年上のようだが、それだけにかえって一層女性らしい影を帯び、色香をたたえ、言い知れぬ情感を含んでいる……。着ている浴衣は、しかしあの日の帯をそのまま締めていて、見間違えようはずもない、あの「雲井桜」の娘その人だった。
七
――お前たち。
渡したお小遣い。
赤いスイカ。
みんなの体。
大金――と、頭の中で渦のように言葉が繰り返され、あの娘が同じように、同じ空を見つめて、その時じっと瞳を据えているのを見たとき、彼は思わず身を震わせた。
顔を背け、港の方角を、すっかり暗くなった目で一目仰ぎ見た、その時だった。
「火事だ!」
謹三はほとんど無意識に叫んでいた。
「火事だ、火事です!」
見上げると、まるで巨大な煙突のような黒煙の柱が、次々と湧き入道雲の頂へと向かって、海の広がる空へとまっすぐに黒くそそり立ち、太陽を横目に並木の正面を、その根元を真っ赤に焼き焦がしていた。
「火事だ――」
道路の真ん中へ飛び出した男たちの走る足音よりも速く、黒煙はみるみる幅を広げ、まるで巨大な屏風を立てたかのように、千尋の断崖を切り立ったようにそびえ立った。
「火事だぞ!」
「あら、大変だわ!」
「大変だ大変だ!」
火事だ火事だと、男も女も口々に叫ぶ。
「おい、馬鹿野郎! 何だ、そんな格好で、早く引っ込まないのか、こら、引っ込まないか!」
コメント