あんなやつの横っ面をボコボコに殴り飛ばしてやるからな!
それに、あの鉄葉屋と建具屋で修業している弟子たちもそうだ、「血統は争えない」だとか「お能の役者になりたい」だとか、気取ったこと言い腐って。
役者になるような暇があるなら――お久。
……」
八郎は口をへの字に曲げ、ちらっと横目でその様子を見ました。
「お前のその、シャコの干からびたみたいになった両手の指を、順番にはって舐めろって言ってやりたいね。
……どうせお前たち、剣劇や活動写真(映画)が好きだろ。
能役者なんか目指す前に、どうして鉄槌やのみを持って乗り込んでいって、姉をいじめるあの姑婆をやっつけないんだい。
――そんな奴らとは、絶対に親戚づきあいなんかしちゃ御免こうむるね。
あんな連中を『こちらが親戚です』となんて紹介されるなんて、とんでもない話だ。」
「あんさんは酔っていらっしゃるから……。」
お久は流れていた涙さえ忘れ、胸にポッカリと大きな穴が空いたようにボーッとしながら、まっすぐに顔を据え、目の前にある潟(がた)の鮒が入ったお椀を見つめ、箸をきちんと揃えて膝の上に手を置きました。その姿があまりにもかわいそうでした。
私たちのほうを見ると、目の前にはカニの甲羅――まるで魔よけの鬼の面のように軒先にぶら下げられているのを読者のみなさんも時々見かけたことがあるでしょう――その針がたくさん生えた真っ赤な甲羅が、メラメラと燃える炭火の上にかけられ、まるで魔界の甘酒のように、カニの脳味噌とお酒がグツグツと煮え立っていました。
――
「お悦さん――姉さん――私の言っていることは間違っているかい?」
「それは槙村(まきむら)先生にお聞きなさいよ。」
私は……今ふっと飛び出した変な例えに対して、ちょっと意地悪だなと思いながらも、甲羅酒のお酒をお玉ですくい、ただクスッと笑いました。
「俺が冷酷に見えるかい? それとも薄情に見えるかな? 例えば、今飲んでるこの甲羅酒みたいに、心がトゲトゲして聞こえるかい?
それとも、雪代さんのこの顔は……」
「やめてくださいよ、おじさん。」
「いやいや、まるで天女様のように美しいってことさ。大したもんじゃないか。
タラバガニの甲羅みたいに赤くて強そうか、それとも、舞台で……明日お前が着る……『羽衣(はごろも)』の天女の面みたいに美しいかって、そう言っているんだよ。」
「どっちでもいいから、とにかく、まあ召し上がってくださいよ。」
「名言だなあ。」
八郎は肩をいからせ、手のひらで自分の膝をパンと叩きました。
「世の中、何事も食べるためさ。
まあ『どっちでもいい』たって、恐れ多くも雪代さんの顔なんか、誰も舐めさせやしないだろうけどね。
食べるっていうなら、このカニの面だ!
グツグツ、ブクブクと煮えて……ふう、ああ、なんて旨そうなんだ。」
そう言いながら、お皿に顔をうずめるように鼻を近づけたかと思うと、
「ニャーゴ!」
――おや、そこに猫でも出てきたのかと、私でさえ思わずビクッと驚きました。
ましてや、台所からお盆を運んで、ちょうどはしご段の下あたりまで来ていた結綿(ゆいわた)の髪飾りをつけたお悦は、びっくりして袖を振り払い、裾をハラリと乱しながら、あわてて台所のほうを振り返りました。
「あらあ、お勝手のほうに野良猫が入り込んだのかしら。」
その声が壁にぶつかって反響したように聞こえました。
雪代はちょっと自分の襟元を合わせながら、
「お母さんのマネよ。
――まったく、困ったものね。」
「すごく真に迫っていましたよ。」
私もそう言って笑いました。
「だってお兄さんが、猫みたいにクンクン匂いを嗅ぐんだもの。」「天人からはじまって、地獄、餓鬼、畜生だ。
――浅ましいことこの上ないが、人間なんて何よりもまず餌食のために生きているようなものさ。
俺だって、食べものが十分に手に入るなら、まるで動物が牙を剥くみたいに、建具屋の甥や、妹の娘の婿や、あの蒔絵屋のやつらを悪く言ったりはしないさ。
謡も舞も、心のなかにしまっておいて、人に見せたり聞かせたりしてやってもいいんだ。
」
八郎は座り直すと、なぜか急にムッとした顔つきになりました。
「――お姉さん、ここにいるこの人が、」
八郎は自分の横にいる妹(雪代)をチラッと斜めに見ながら、こう続けました。
「まるで俺が無心(お金の無心)をしないかと警戒しているみたいで情けない話だが、まあ聞いてくれ。
俺たち能役者の仕事として、主な収入源といえば、そのすべてとは言わないまでも、八割か九割まではお謡(うたい)の弟子を取ることなんだ。
弟子をとって、お稽古をつける。
相手のお客さんさえ良ければ、お盆やお正月の付け届けだけでも――言葉は悪いが――一年くらい楽に暮らせる。
……調子に乗れば、電話をプレゼントしてもらったり、立派なお稽古場を用意してもらったり、
『家を一軒……』なーんてプレゼントしてもらえるのも、みんなお謡のお弟子さんたちのおかげなんだよ。
だけど槙村さんもご存じの通り、……この俺は、弟子を取らない。
俺は舞台で能を演じるけれど、お謡の先生なんかじゃないと言っているんだ。
聞いてのとおり、最近じゃ建具屋の弟子小僧までが、伯父の内弟子になって楽をして食おうなんてふてぶてしい気持ちを起こすほど、この能の世界も、栄えているといえば栄えている。けれど、お腹がいっぱいの連中が運動がわりに声を張り上げているだけで、純粋に能を見たいなんて気持ちは、ちっともないんだよ。
――それに、素人目には能なんて面白くないからね。
芝居や活動写真(映画)のようにはいかないんだ。
だから見てみなさいよ。
――明日の催しだって同じことさ。
……生徒たちは手本を自分の手元に置いて、節回しと目印をつけながら、ただお謡ばかりを聞いている。
夢中で浮かれ出すと、『ウウウ』と頭をふりながら、まるでキセル(羅宇)のなかに油が詰まったような変な声を出すんだから、聞いていて本当にたまらない。
命がけの苦しみをして修業をしてきた、舞台でのその時々の主人公(シテ)の演技なんて、連中の眼中にはまったく入っていないんだからな。
――そうはいっても先方はお客さんだし、こっちも技が未熟だから、決して文句は言わない。文句を言わない代わりに、こっちも、紳士たちの気晴らしや、貴婦人とかいうお山の大将気取りの連中や、華族の後家さんの退屈しのぎのために弟子を取るなんてことはしない。
そもそも、取れるわけもないんだよ。
能役者にお謡の弟子をとるというのは、歌舞伎俳優がセリフの練習を教えるようなものだからね。
舞台に立っては、早い話が、自分にできるかどうかは別として、神の化身となったり仏となったり、夜叉や鬼神ともなり、名将や勇士、さらには天人の舞いや姿を見せようとする。
……遊女や白拍子はまだしも、恐れ多いことには、歌の住吉明神さまの声だって真似するんだ。
お謡の本と首っ引きで、赤い朱筆で点を打ったって、そんな真似事ができるもんか。
第一、五つ紋の羽織を着て、お袴をはいて、革のカバンをぶら下げてお稽古に通うなんて、そんなのカッコいい姿じゃないよ。
いつだったかもね。
初級翻訳・卵塔場の天女 第11話
卵塔場の天女
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