命は、それから例の宇受女命を呼び出し、こうおっしゃいました。
「そなたは、我々の道案内をしてくれたあの猿田彦神(さるたひこのかみ)と、昔からの知り合いであろう。
だからそなたが付き添って、あの神が故郷へ帰るまで送ってあげておくれ。
そして、あの神の功績を記念する印として、そなたが『猿田彦』という名前を受け継ぎ、あの神と二人のつもりで私に仕えるのだ」
宇受女命はかしこまって、猿田彦神を送り届けました。
(ちなみに猿田彦神は、その後、伊勢の阿坂というところに住んでいましたが、ある時漁に出て、ヒラフガイという大きな貝に手を挟まれ、そのまま海の中へ引きずり込まれて、溺れ死んでしまいました。)
宇受女命がその神を送り届けて帰ってくると、笠沙の海辺に大小さまざまな魚をすっかり集めて、
「お前たちは大空の神のお子さまにお仕えするのか?」と尋ねました。
すると、どの魚も一匹残らず、
「はいはい、ちゃんとご奉公いたします」と返事をしましたが、中でナマコだけが一人、答えずに黙っておりました。
すると宇受女命は怒って、
「こら、返事をしない口はその口か!」と言うなり、手早く懐剣を抜き放って、ナマコの口をぐいとひとえぐり切り裂きました。
だからナマコの口は、今でも裂けているのです。
二
そのうちに邇邇芸命は、ある日、同じ岬でとてもきれいな若い女の人に出会いました。
「お前は誰の娘か」とお尋ねになると、その女性は、
「私は大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘、木花之佐久夜毘売(このはなさくやびめ)と申す者でございます」とお答えしました。
「そなたには兄弟がいるのか」と重ねてお聞きになると、
「私には石長比売(いわながひめ)と申します一人の姉がございます」と申しました。
命は、
「私はお前をお嫁にもらいたいと思うが、来るか」とお聞きになりました。
すると佐久夜毘売は、
「それは私からは何とも申し上げられません。どうぞ父の大山津見神にお尋ねくださいませ」と答えました。
命はすぐにお使いを出して、大山津見神に佐久夜毘売をお嫁にほしいと申し込みました。
大山津見神はたいそう喜んで、すぐに佐久夜毘売に、姉の石長比売を付き添わせ、さまざまなお祝いの品をどっさり持たせて差し上げました。
命は非常にお喜びになり、すぐに佐久夜毘売とご婚礼をなさいました。
しかし姉の石長比売は、それはそれはひどい顔をした、みにくい女でしたので、同じ御殿で一緒に暮らすのが嫌になり、そのまますぐに父の神の元へとお送り替えしになりました。大山津見神(おおやまつみのかみ)は、その知らせを聞いてたいそう恥じ入り、使いを立ててこう申し上げました。
「私が木花之佐久夜毘売(このはなさくやびめ)に、わざわざ石長比売(いわながひめ)を付き添いにつけましたのは、わけがあってのことでございます。あなたが佐久夜毘売をお嫁になさって、その名の通り、花が咲き誇るようにいつまでもお栄えになりますばかりでなく、石長比売を同じ御殿にお使いになれば、あの子の名前にあります通り、岩がどれだけ雨に打たれ風にさらされても、決して変わることなくがっしりとしているのと同じように、あなたのお体もいつまでもお変わりなく、永遠に続いてほしいとお祈りして添えたのでございます。
それだのに、佐久夜毘売だけをお留めになって、石長比売をお返しになった上は、あなたも、そしてあなたのご子孫の命も、ちょうど咲いた花がいくほどもなく散り果てるのと同じで、決して永くは続きませんよ」
と、このようなことを申し送りました。
そのうちに、佐久夜毘売はまもなくお子さまが生まれそうになりました。それで命(邇邇芸命)にそのことをお話しになると、命はあまりに早く生まれるので変だと思し召して、「それは私とそなた二人の子であろうか」とお尋ねになりました。
佐久夜毘売はそう言われて、「どうしてこれが、あなた以外の者の子でありましょうか。もし私たち二人の子でなかったならば、決して無事にお産はできますまい。本当に二人のお子であるという印には、どんな方法で生みましても、必ず無事に生まれるに違いございません」
こう言って、わざと出入り口のないお家をこしらえて、その中にお入りになると、隙間という隙間をぴっしりと土で塗りつぶしてしまいました。そして、いざお産をなさるという時に、そのお家へ火を放って燃やしました。
しかし、そんな乱暴な生み方をなされても、お子さまはちゃんとご無事に三人もお生まれになりました。
媛は、はじめ、家中に火が燃え広がって、どんどん炎を上げている時にお生まれになった方を、火照命(ほでりのみこと)というお名前になさいました。それから次々に、火須勢理命(ほすせりのみこと)、火遠理命(ほおりのみこと)というお二方がお生まれになりました。この火遠理命は、またの名を日子穂穂出見命(ひこほほでみのみこと)ともお呼びしました。
満潮の玉、干潮の玉
一
三人のご兄弟は、まもなく立派な若者におなりになりました。
その中で一番上のお兄さまの火照命は、海で漁をなさるのが大変お上手で、いつもいろんな大きな魚や小さな魚をたくさん釣ってお帰りになりました。末の弟さまの火遠理命は、これはまた山で猟をなさるのがそれはそれはお上手で、いつもいろんな鳥や獣をどっさりとってお帰りになりました。
ある時、弟の命はお兄さまに向かって、「ひとつ試しに二人で道具を取り替えて、お互いに持ち場を代わって、漁や猟をしてみようではありませんか」とおっしゃいました。
お兄さまは、弟さまがそう言って三度もお頼みになっても、そのたびに嫌だと言って聞き入れられませんでした。しかし、弟さまがあまりにうるさくおっしゃるものですから、とうとう最後には嫌々ながら取り替えることになりました。
弟さまは早速、釣り道具を持って海辺へお出かけになりました。しかし、釣りというものは勝手がまるで違うので、いくら焦っても一匹も釣れないばかりか、しまいには釣り針を海の中へなくしてしまいました。
お兄さまの命も、山の猟には慣れないものですから、一向に獲物がなくてがっかりなさり、弟さまに向かって、
「わしの釣り道具を返してくれ。海の漁も山の猟も、お互い慣れたものでなくてはだめだ。さあ、この弓矢を返そう」とおっしゃいました。
弟さまは、「私はとんだことをいたしました。とうとう魚を一匹も釣らないうちに、針を海へ落としてしまいました」とおっしゃいました。
するとお兄さまは大変にお怒りになり、無理にでもその針を探して来いとおっしゃいました。
弟さまは仕方なしに、腰に吊るしておいでになる長い剣を打ち壊して、それで釣り針を五百本こしらえて、それを代わりに差し上げました。しかしお兄さまは、「元の針でなければ嫌だ」とおっしゃって、どうしても聞き入れてくださいませんでした。
それで弟さまはまた千本の針をこしらえて、「どうぞこれで勘弁してください」とお頼みになりましたが、お兄さまはどこまでも「元の針でなければ嫌だ」と言い張りました。
ですから弟さまは困り果て、ひとりで海辺に立っておいおいと泣いておいでになりました。
そうすると、そこへ塩椎神(しおつちのかみ)という神が出てまいりました。
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