初級翻訳・古事記物語 第13話

古事記物語

命はその者を呼びよせて、「おまえは何者か」とお聞きになりますと、「私はこの地方の神で、宇豆彦(うずひこ)と申します」とお答えいたしました。

「そちはそのあたりの海路をよく知っているか」とおたずねになりますと、「はい、よく存じております」と申しました。

「それでは、わしのお供について来るか」とおっしゃいますと、「かしこまりました。喜んでご奉公申しあげます」とお答えしましたので、命はすぐにおそばの者に命じて、さおを差し出させ、その者を船へと引きあげておやりになりました。

一行はそこからさらに東へ東へと船のかじをとり、やがて摂津の「浪速(なにわ)の海」を乗り切って、河内国(かわちのくに)の「青雲の白肩津(あおくものしらかたつ)」という浜へ着きました。

するとそこには、大和の「鳥見(とみ)」というところに住む長髄彦(ながすねひこ)という者が、兵をひきつれて待ちかまえておりました。

命がいざ船から降りようとなさると、彼らは急にどっと矢を射かけてきました。命は船の中から盾を取り出し、ひゅうひゅうと飛んでくる矢の中をくぐり抜けながら、どうにかご上陸なさいました。そして、すぐに激しい戦いを始められました。

その戦いの最中、五瀬命(いつせのみこと)が長髄彦の鋭い矢を受けて、大きな傷を負われてしまいました。

命はその傷をおさえながら、こうおっしゃいました。
「われわれは日の神の子孫でありながら、お日さまの方に向かって攻めかかったのが間違いであった。だから彼らの矢にあたってしまったのだ。これからは東の方へ遠まわりをして、お日さまを背中に受けて戦おう」

そうおっしゃって、みんなを召し集め、弟の神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)と一緒にもう一度船にお乗りになり、大急ぎで海の沖へと出られました。

その途中、命はお手についた傷の血をお洗いになりました。しかし、そこから南の方へまわって、紀伊国(きいのくに)の「男の水門(おのみなと)」までおいでになると、お傷の痛みがいよいよ激しくなってきました。

命は、「ああ、くやしい。彼らから負わされた手傷で死ぬるのか」と、残念そうなお声でお叫びになりながら、とうとうそのままお亡くなりになりました。

二

神倭伊波礼毘古命は、そこからぐるりとまわり道をして、同じ紀伊の「熊野(くまの)」という村にお着きになりました。

するとふいに、大きな大熊が現れて、あっという間にまたすぐ消え去ってしまいました。ところが、命もお供の軍勢も、この大熊が吐き出した毒気にやられて、たちまち目がくらみ、一人のこらずその場に気絶して倒れてしまいました。

するとそこへ、熊野の「高倉下(たかくらじ)」という者が、一振りの太刀を持ってあらわれ、伏し倒れている伊波礼毘古命に、その太刀を差し出しました。

命はそれを受け取ると、ふと正気に返り、「おや、わしはずいぶん長く眠っていたようだね」とおっしゃいました。そして、高倉下が捧げた太刀をお受け取りになると、その太刀に備わっている不思議な威光によって、さっきの大熊を差し向けた熊野の山の荒ぶる悪神どもは、ひとりでにバタバタと倒れて死んでしまいました。

それと同時に、命の軍勢も、まわっていた毒から一度に覚めて、むくむくと元気よく起き上がりました。

命は不思議に思われて、高倉下に向かって、この尊い剣のいわれをおたずねになりました。すると高倉下は、うやうやしくこう申しました。

「実は昨夜、不思議な夢を見ました。夢の中で、天照大神(あまてらすおおみかみ)と高皇産霊神(たかみむすびのかみ)のお二方が、建御雷神(たけみかづちのかみ)をお呼びになり、『葦原中国(あしはらのなかつくに)は、今しきりに乱れ騒いでいる。われわれの子孫たちは、それを平らげようとして悪神どもから苦しめられている。あの国は、一番初めにそちが従えてきた国だから、おまえも一度下りて平らげてまいれ』とおっしゃいました。

すると建御雷神は、『それならば、私が参らなくても、ここに以前あそこを平らげたときの太刀がございますから、この太刀を授けましょう。高倉下の倉の棟を突きやぶって落とします』とお答えになりました。

その後、建御雷神は私に向かって、『おまえの倉の棟を突きとおしてこの刀を落とすから、明日の朝すぐに、大空の神のご子孫に差し上げよ』とお教えくださいました。目が覚めて倉へ行ってみますと、仰せの通りに、確かにその太刀がございましたので、急いでお届けに参ったのでございます」

こう言って、わけをすべてお話ししました。

そのうちに、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)が雲の上から伊波礼毘古命に向かって、こう諭されました。
「大空の神の子よ、ここから奥へは決して入ってはいけませんよ。この向こうには荒ぶる神たちがたくさんいます。今から私が『八咫烏(やたがらす)』を差し下すから、そのカラスが飛んでいく方へついてお行きなさい」

まもなく仰せの通りに、そのカラスが降りてきました。命はそのカラスが連れて行く通りに後についてお進みになり、やがて大和の「吉野河(よしのがわ)」の河口へとお着きになりました。するとそこに、やなをかけて魚をとっている者がおりました。
「おまえはだれだ」とおたずねになりますと、
「私はこの国の神で、名は贄持(にえもつ)の子と申します」とお答え申しました。
それから、なお進んでおいでになりますと、今度はおしりにしっぽのついている人間が、井戸の中から出て来ました。
そしてその井戸がぴかぴか光りました。
「おまえは何者か」とおたずねになりますと、
「私はこの国の神で井冰鹿(いひか)と申すものでございます」とお答えいたしました。
命はそれらの者を、いちいちお供におつれになって、そこから山の中を分けていらっしゃいますと、またしっぽのある人にお会いになりました。
この者は岩をおし分けて出て来たのでした。
「おまえはだれか」とお聞きになりますと、
「わたしはこの国の神で、名は石押分(いわおしわけ)の子と申します。ただいま、大空の神のご子孫がおいでになると承りまして、お供に加えていただきにあがりましたのでございます」と申しあげました。
命は、そこから、いよいよ険しい深い山を踏み分けて、大和の宇陀(うだ)というところへおでましになりました。
この宇陀には、兄宇迦斯(えうかし)、弟宇迦斯(おとうかし)というきょうだいの荒くれ者がおりました。
命はその二人のところへ八咫烏(やたがらす)を使いにお出しになって、
「今、大空の神のご子孫がおこしになった。おまえたちはご奉公申しあげるか」とお聞かせになりました。
すると、兄の兄宇迦斯はいきなりかぶら矢を射かけて、お使いのカラスを追いかえしてしまいました。
兄宇迦斯は命がおいでになるのを待ち受けて討ってかかろうと思いまして、急いで兵隊を集めにかかりましたが、とうとう人数がそろわなかったものですから、いっそのこと、命をだまし討ちにしようと思いまして、うわべではご奉公申しあげますと言いこしらえて、命をお迎え申すために、大きな御殿をたてました。
そして、その中に、つり天井をしかけて、待ち受けておりました。

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