初級翻訳・吹雪物語 第9話

吹雪物語

おそらく舞踏場へ行ってから夜会服に着替えるのでしょう。
普段着のまま家を出て仕事に向かう彼女でしたが、断髪の髪型や化粧、そして歩くときの鋭い動作など、左門の目にも普通の娘とは少し違った雰囲気を感じさせ、時折その姿を見かけていたのです。

初冬にしてはなま暖かい午後のことでした。
左門が門の前に立っていると、その踊り子が通りかかりました。
「ほう、仕事にお出かけかな」
左門が娘に声をかけると、彼女は軽く会釈を返して通り過ぎようとしました。その瞬間、左門は突然、あふれるような親近感に心を奪われました。
左門は女を呼び止めて、追いかけました。
肩を並べて歩き出しましたが、踊り子の軽やかな足並みに合わせるのは、左門にとって非常に無理があり、危なっかしいものでした。
それでも、娘の顔は生き生きと輝き、爽やかな生気がみなぎっていました。

「あなたはエスパニヤ軒の舞踏場にお勤めかな?」
左門が尋ねました。
「いいえ、金鶏(きんけい)舞踏場です」と娘は答えました。
「私ももっと若かったら、きっと踊っているだろう……」
左門は楽しげに笑い出しましたが、おそらく娘にはその何気ない言葉の意味が分からなかったに違いありません。
「うちの娘がダンスを習いたいと言っているのだが、ああいう踊りにも特別な先生がいるのかね?」
「教習所がありますよ。一通り覚えるだけのことでしたら、私が教えてあげますけど」
踊り子は不思議そうな顔で左門を見つめました。
「文子さんとおっしゃる若奥様のことですね。ダンスを習って、どうなさるのですか?」
「退屈は、私のような老人だけの友達だよ」
左門は再び明るく笑いました。
「私もかねてからジャズ音楽が好きだった。趣味にのめり込むほどの気力もないから、わざわざレコードを買うようなことまではしなかったが、自分から墓場へ急ぐようにして、ただ老け込もうとしているようなものだったね。私は若者の世界が好きなのだ。そして、あなたたちが羨ましい。あなたも時々遊びに来て、うちの娘に踊りの手ほどきをしてやってくれないか」

その日が待ち遠しくてたまらない、子供のような気持ちを左門は感じていました。
翌日、踊り子の家へ使いをやって、無理を言って遊びに来てもらいました。
その日から、文子は踊りを習い始めました。
まるで夢の中にいるような出来事でした。
文子自身の意志で決めたことではありませんでした。
せかされるままに、うっかりと足を踏み入れた場所が、思いがけない花園だったのです。
誰かに言われるがままだったため、自分がその花園を望んでいたことさえ思い出せないほどでした。
ただ無理やり追い込まれたような、自分の意志がどこにもない感覚に、心細さを感じるばかりです。
しかし、そんな困惑の裏で、文子の心は異常に緊張していました。
どんなことが待ち受けていてもいいように、冷たく張り詰めた感覚を覚えるのです。
これが生きるということの魅力なのでしょうか。
未知の世界への期待のために、子供の胸にはいつも不思議な高鳴りが用意されているものです。
その忘れられていた緊張感が、文子の心に蘇っていました。
いわば文子は、意志のない行為の中に、自分の意志をむしろ激しく生かしていることに気づいていないのです。
名前も知らない意志を満たすために、文子の顔や動作には、新たな生気が輝き始めていました。
左門はいち早くそれに気づいていました。

「あなたも物好きなことをなさるね」
大寺他巳吉という老人が、呆れながら左門に言いました。
「後家の貞淑なんてあてにならないものさ。所詮、女の体には魔性というものが隠されているものだ。今は息を殺しているだけさ。猫に鰹節を預けるようなことをしているんだよ。魔性に手頃な出口を見せてやれば、どんな立派な説教も屁にもならないね。俺が二十年若かったら、ここはひとつ魔性退治に俺が乗り出すところだ。魔性と一騎打ちさ。ねじ伏せられて、あっという間に首を狩られてしまうような相手だろうね」
他巳吉は堅苦しい話が苦手なので、いつも笑いに紛らわせてしまうのでした。
他巳吉は毎晩必ず左門を訪ねてくるのが、数年来の習慣でした。
碁の相手という名目はともかく、その訪問が左門の生きがいであることを、他巳吉自身も分かっていたのです。
他巳吉は貧しい家に生まれました。
丁稚から身を起こし、小金を握ると片手間に金貸しを始め、やがてそれを本業にして、コツコツと苦労を重ねて数万の富を蓄えた人物でした。
他巳吉に実子はおらず、養子の夫婦はいずれも赤の他人でした。
養子もすでに五十歳を過ぎ、市の銀行で立派な地位に就いていました。
その頃、人々の笑い話の種になっていた噂がありました。
それは、他巳吉が時々、真夜中に死んだふりをするという奇妙な話でした。他巳吉のけちんぼぶりは、街でも評判でした。
お酒も飲みませんし、たばこも吸いません。
その一方で、他巳吉の好色ぶりもまた、有名な話でした。
他巳吉の毎日の過ごし方といえば、まず昼間は昔なじみのお屋敷を訪ね歩いたり、活動写真を見に行ったりします。そして夜になると左門の家を訪ね、その帰り道にはダンスホールをのぞいたり、昔からの知り合いである年老いた芸者を訪ねて話し込んだりするのです。
昔なじみのお屋敷を訪ね歩くというのは、もともと貧乏から身を起こした他巳吉が、若い頃から身分が高くお金持ちの人たちの生活にあこがれを抱いていたからでした。
この土地の権力者やお金持ちといえば、たいていは地主たちでした。
そして他巳吉の一生の夢は、そんな彼らの仲間に加わることだったのです。
とはいえ、現実の生活としては、彼らの屋敷に出入りして、気に入られ、その生活の雰囲気の中に少しだけ混ぜてもらうだけで十分でした。
彼は多くの由緒ある名家に出入りし、その一つひとつに奴隷のような忠実さで仕えることを喜びとしていました。
やがて数万円という大きな富を築き上げたのですが、一方で出入りしていた旧家たちは、いわゆる地主が没落していく時代と重なり、財力はむしろ逆転してしまいました。それでも、他巳吉の生まれ持った「ご機嫌取り」の性格は変わりませんでした。彼は自分から頭を下げ、落ちぶれてもなお気位の高い人々と、まるで下僕のように話し込むことを少しも嫌がらなかったのです。

「私はね……」と他巳吉は公言していました。
「あちこちのお屋敷に出入りしているが、生まれつきの助平な性格は、年をとった今でもどうにもならないね。
美人のいないお屋敷には、足が向かない性質なんだよ。
お前たち町人が、自分の家の娘が美人だとか、女房がきれいだとか言って鼻の下を伸ばしていても、旦那様の奥座敷で、箱入り娘がふりまく色っぽさというものは、これはまた、我慢できないほど魅力的なものなんだよ」

左門もまた、没落した旦那の一人でした。
そして文子は、他巳吉のいうところの「奥座敷の美人」の一人であるようです。
しかし、左門を訪ねることは、お屋敷めぐりとは少し違っていました。
いわば、同じ精神世界を持つ仲間を見つけ合っていたのです。
他巳吉は、夜ごとに左門を訪ねる言い訳のために、左門から囲碁を習いました。
しかし、囲碁は他巳吉の性に合いませんでした。

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