初級翻訳・吹雪物語 第31話

吹雪物語

ことさら悲しい思いをして、諦めの切なさを、むしろその日の友達にしようとしているのでしょうか。それほどまでに手段を尽くして、老後の生きがいを見つけ出そうとしているのかもしれません。死にたわむれ、死に甘え、かつ死をもてあそんでいるらしい。今はもう、やがて死ぬということが、これが夢のひとつなのですね……」

その日、左門は金井家に泊まりました。

四

左門は翌日、新潟へ帰るとさっそく越後新報社へ電話をかけ、仕事が終わり次第、卓一に来てもらうよう手はずを整えました。
もはや左門には、むやみに暗い憂いにふけっている余裕はありませんでした。
彼は一途に焦り、苦しんでいました。
文子のことが不憫でならなかったのです。
なるほど、文子は軽率でした。しかし、その軽率さを咎めるには、もう遅すぎました。
かつて左門は不安でした。文子の中に芽生え始めていた魔性の心が、自分を裏切る時が来るのではないか。自分を捨て去る時が来るのではないか、と。
そして、ひとり取り残された悄然とした自分の姿を想像するたび、左門はその侘しさに切なくなっていました。
すでに人生の道のりを歩む力もないであろう、行き暮れた愁いを想像せずにはいられませんでした。
しかし、文子に取り残された今の身になってみると、不思議なことに悲しさは少なくなっていました。
いよいよ最後の孤独の時が来たのだという実感すら、文子に捨てられてしまうのではないかという不安の切なさに比べれば、不思議なほど薄く感じられたのです。
そして、ひとり取り残された絶望に落ち込むことが、我ながら奇妙なほどに少なかったのでした。
彼はただ一途に、文子が可哀想でなりませんでした。
親を裏切り、親を捨て、その悲しみの苦しさに疲れ果てているであろう文子よ。左門は思いました。
人々のうわさの的となり、「浮気者」と軽蔑され、おそらく頼りにしている男にもすぐに捨てられてしまうであろう文子のことを。
たった一人の味方もいないその先行きを考えると、ただただかわいそうでたまらなくなり、自分一人だけはあの子を見捨ててはならないのだと心の中で叫ぶたびに、涙がこぼれてしまうのでした。
まず何よりも先にやらなければならないことは、文子の居場所を突き止めることでした。
そして、傷ついた心を慰め、休ませてやらなければなりませんでした。
次に、文子がそのうち何食わぬ顔で実家へ帰ってくる可能性もあります。その時のために、すでに左門が実家を訪れており、文子は温泉へ保養に出かけたと嘘をついておいたことを伝えておかねばなりません。そうしなければ、両親の前で罪人のような悲しい思いをさせてしまうからです。
また、両親に疑いを抱かせ、ひいては先の長くない二人に余計な嘆きを与えてはならないという理由もありました。
さらに、バレてしまったことを恥じて、文子が軽率な行動に走るような事態は絶対に避けなければならなかったのです。
左門の焦りは募るばかりで、もはや一刻の猶予もありませんでした。
心はただ落ち着きなく走り回るばかりです。
恋をすること、たとえ相手が悪者であったとしても、それはまだ若い頃の話だと左門は思いました。
誰にでもあるようなこの過ちを、責めることはできないはずです。
自分自身の心に潜む罪深さを棚に上げて人を非難する人を除いては。
これは文子に限ったことではありません。
どんな人であれ、自分の弱さに負けてしまう姿というのは、どこか切なくて守ってあげたくなるものです。
それなのに、弱さに負けることの素直さも幼さも持たず、大人ぶって偉そうな顔をしている人たちが、左門には憎らしく思えました。
おそらくそのうち、「浮気者」と文子をバカにするであろう人々に対して、左門はすでにふつふつと煮えたぎるような怒りを抑えきれませんでした。
ふと気づくと、その怒りは、他巳吉(たみきち)という男に向けられた激しい憤りへと変わっているのが分かりました。
「もともと後家というものは助平なもんだ」大晦日の夜、他巳吉は確かにそうやって鼻歌を歌っていたはずです。
「男の口車に乗るのがお決まりさ」と。
あまりにひどい嫌がらせではないでしょうか。
そして他巳吉の鼻歌は続きます。
「あの男はもぐりの医者ときたもんだ。名うての色事師だよ」と。
何も知らなかった昔なら、それでもよかったのです。
ただの嫌がらせにすぎないと思えば、それで済むことでした。
もともと揶揄するのが好きな他巳吉なのですから。
しかし今は、それでは済みません。
他巳吉の鼻歌は、単なる嫌がらせではなかったのです。
他巳吉の鼻歌の内容は、すべて事実でした。
文子に男ができたという噂程度の話ではないのです。
相手の男がもぐりの医者であることも、名うての色事師であることも。
すべてが事実そのままでした。
他巳吉が作り上げた嘘などではなかったのです。
なんと冷淡な心の人でしょうか。
事実を知っていたのなら、早く教えてくれればよかったものを。
冷笑的な鼻歌にかこつけて、自分をからかう道具にするだけだなんて。
その残酷な冷たさと意地の悪さに、左門は思わずゾッとするような恐怖を感じずにはいられませんでした。
他巳吉は幼い頃から荒っぽい世の中にもまれて、苦労を重ねてきた人でした。
それが彼を苦労人にもしましたが、同時にひねくれた心も植えつけてしまったのです。
そして、我儘な人でもありました。
その我儘は、本来なら左門がいたわってやりたいような、悲しい類の我儘でした。
しかし、この残酷な意地の悪さはどうでしょう。
左門は叫ばずにいられませんでした。
これはもう、単なる我儘ではありません。鬼のような心です。
なんというむごいことをする人でしょう。
「どこかの家の嫁さんは、逢い引きにお出かけだってさ。親父は涼しい顔をしてるよ」
他巳吉はその嘲りが言いたかったに違いありません。
そして一人の無垢な女性が道を外してしまうことを、悲しみもしなければ、止めようともしない。
左門は青空をかきむしりたいほどの衝動に駆られました。
この人生で裏切られたという虚しい怒りが、たまらなく切ないのです。
――なによりも、文子を手元に引き留めていた私自身の我儘こそが、この間違いの元だったのだ。
左門はそうも考えていました。
自分自身にすべての責任を負わせなければ、この裏切りの切ない苦しみに耐えられないという心もあったのでしょう。
自分を責める思いは、流れるように自然に湧いてきました。
しかし――彼は心の中で叫びました。
それほどまでに、自分一人だけが苦痛を忍ばなければならないのか。
孤独に耐えなければならないのか。
文子を手元に置きたかったこの年寄りの弱々しい願いを、神様までが憎むというのでしょうか。
――私の我儘も許しがたいことに違いない。
しかし私の我儘ばかりが、間違いの原因ではないのだ。
あの卓一が……左門は思わずにはいられませんでした。
そして卓一が憎くてなりませんでした。
なるほど、彼が胸に秘めていた計画を卓一に語り忘れていたのは左門の落ち度でしたが、それでも。
左門は思うのです。
この家を出ていってしまった卓一が憎い。
まだ一週間も泊まらないうちに。

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