この女は常識に逆らい、また人の期待をはぐらかすことによって、自分の美しさをより際立たせる術に長けているのだ、と。
その術こそが、この人の天性なのだ。
その術が、やがてこの人の外見にまで冷めたさを与えるようになったのだ。
もちろん、それ以上のことではない。
常識に反することも結局は常識の範囲内ではあるが、その天性に絡みつく冷めたさが、あの冷徹な山岳のように、時として人にハッとさせられるような思いを与えることもあるのだった。
その冷めたさがすでに物語っているように、彼女は人の心を反映しやすい人だった。
その天性の感覚によって、物の偽物と真実を直感しやすいのであった。
由子は卓一の愛情を、言うまでもなく知っていたはずだ。
それゆえに、由子もまた卓一に愛情を返すことができるのだった。けれど卓一の愛情に、情熱が全く欠けていることを、由子が見逃しているはずはなかった。
それはむしろ友情と呼ぶべきものだった。
恐らく由子はすでに見抜いているだろう。
そして心の中で、自分をあざ笑うこともあるかもしれない。
卓一の友情が、愛情へと変わったことを。
ようやく肉体を求めるようになったのだ、と。
その愛情は、私が道ですれちがうすべての男が持っているものと同じだ、と。
私に対してだけでなく、あらゆる女の肉体に対して向けられるものなのだ、と。
人の心を自分の態度に映し出すような由子だった。
卓一の冷めきった心を知りながら、旅行に誘うはずなどない。
まして由子の愛情さえ、すでに冷めかけているというのに。
すべては木村重吉の企みに違いない。
木村重吉は何を望んでいるのだろうか。
卓一と由子の仲を取り持つ気でいるのだろうか。
二人の愛が肉体的なものにまで深まることを望み、それを二人に与えようというのだろうか。
卓一に寄せる好意を思えば、それもあり得ないことではなかった。
木村重吉の狙いが仮にそのことだったとしても、表向きの言葉通りには受け取れない思いもあった。
木村重吉の心が(あるいは彼自身すら気づいていない心が)真に欲しているのは、三人で映画を見ることでも、三人で旅行に出かけることでもないのだ。
その想像は考えすぎかもしれない。
しかし、あり得ないことではなかった。
木村重吉は由子と二人で映画を見、二人で旅に出ることを望んでいるのだ。
けれど木村重吉の参加の仕方が、その素直な気持ちの表現を不可能にさせている。
卓一を加えなければ、映画を見たり旅行に出かけたりすることができないのだ。
そればかりか、卓一と由子の仲を取り持つように振る舞わざるを得ない場合も多いのだった。
木村重吉は由子を愛しているのだ。
それなのに彼の行動は、自然と卓一と由子の仲を取り持つためにしか振る舞えない場合を想像してみよ。
悲恋と呼ぶには詩情が欠けている。
目をそむけずにはいられないような、変態的な暗さが深い。
そしてその不自然な歪みは、醜いとさえ思わせる。
卓一に割り当てられた役割を外してみても、やはり同じ醜さがあることを、思い知らずにはいられなかった。
この推測は危険だが、卓一に動物的な好意を寄せる木村重吉にとって、卓一の愛するものを愛することもまた自然なことだったのだ。
三人という数。
すでにそれが不自然だった。
たとえ木村重吉の狙いが、由子の肉体を卓一に与えるための厚意からだったとしても。
残る一人には、必ず暗い影が差すのだ。
「正気の沙汰とは思えないね」
「正気の沙汰です」木村重吉は慌てながらも、あっさりと答えた。
「とにかく、清潔な旅行とは言えないらしいな」卓一は立ち上がった。
「おもちゃや人形じゃないんだぜ。みんな生身の体を持った人間だ。とにかく、多少の助平根性を起こしただけでも、三人という数は元来不自然なんだ。気持ちの負担を考えるだけでも、嫌じゃないか」
卓一は背伸びをして、部屋を出た。
階段を駆け登り、屋上へと上がった。
屋上には、溶けはじめた汚い雪が、一面ぐしゃぐしゃに敷き詰められていた。
下を見ると、街もまた、一面ぐしゃぐしゃの汚い雪に覆われている。
バスがそれをかき回しながら、行き交っていた。
「編集長。誤解です」
木村重吉が卓一の後を追って、屋上に上がってきた。
考え込んだ顔つきが、彼の決意を物語っていた。
「ひどいです」と彼は興奮して叫んだ。
「助平根性を起こしているのは誰と誰ですか。僕もその一人だと言うのですか。ひどすぎる誤解です。そんな気持ちがあるなら、三人で温泉へ行こうなんて言いませんよ。編集長は勝手に助平根性を起こしていればいいじゃないですか。二人は好きなようにすればいい。もともと愛し合っている二人ではありませんか。そのことを予想せずに、一緒に行こうなんて言う僕ではありません。僕には僕の世界があります。一組の愛人たちと旅行を共にして、劣情の刺激を受けない人間を、編集長は想像できないのですか。僕は一組の愛人たちと旅行しながら、それによって一層深く自然を眺めることができ、一層あたたかく人間を愛することもできるだろうと信じているのです。たとえ微小な嫉妬を予想できたとしても、僕は流行りのような考えには加わらないはずなのです。もし三人の旅行が、自然の親しさを一層増してくれるだろうと予想できなければ、僕は決して出かけるはずはないのです」
「僕たちが愛人同士だと思っているのなら、二人のことは二人に任せておけばいい。逢い引きの指図を受けるなんてことは、自主的精神を愛する人の好みには合わないものだ」卓一は言った。
「愛情そのものが理屈では捉えがたく、甚だ複雑であるばかりでなく、それに絡まる観念生活というものもまた、非常に複雑なのだよ。愛情に絡まる束縛の強迫だけでも、僕にはすでに負担なんだ。愛情は単純な肉体関係につきるものではない。実際は抽象的な観念生活に、その大部分があるのだ。簡単に好きな女と旅に出る気にもなれないものさ」
「もちろん、その通りです」「無論、そうでなければなりませんね」木村重吉の語気の激しさは、少しも衰えていませんでした。
「ですが僕は、編集長の恋愛観を、もっとはっきり聞きたいのです。僕は恋愛の経験も少ない若造ですが、僕なりの恋愛観は持っています。それは『観念生活(頭の中だけで考える恋愛)』における恋愛についてです。恋愛における観念生活。それが大切で、人生の重大な部分であることは言うまでもありません。けれども僕は思うのです。恋愛というものは、とにかく頭の中の抽象的な世界だけでは成り立たない、と。具体的な行動が伴わなければならないのです。むしろ僕は信じています。恋愛の具体的な姿、つまり肉体関係、それがまず先行するべきです。頭の中の観念的な生活というのは、その後に自然とついてくるもののはずです。
編集長は、愛情につきまとう束縛や重圧が負担だと言いますね。その負担を恐れて、愛情を肉体として表現することを差し控えてしまうのなら、その観念生活はあまりに窮屈です。むしろ不自然ですし、不潔ですらあります。編集長はあまりに貴族すぎます。悪く言えば、狡猾なのです。編集長は由子さんを愛しています。あの人も編集長が好きなのです。
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