ダンスホールまで引きずられていき、ぼんやりと二人が踊るのを見せられるなんて、やりきれません。自分は貧乏くじを引かされた役回りだと、心の中でこぼし続けていたのです。
由子の話によれば、澄江は金※(きんしょう)舞踏場の常連だということでした。文子にダンスを教えた踊り子もその舞踏場に出ているので、昨日文子が出かけたのも金※舞踏場だったのでしょう。それもまた、卓一にとっては嫌味なことでした。
舞踏場までついて行くのは無意味なだけでなく、別の不快感があるのです。今さら澄江には会いたくありませんでした。卓一は、舞踏場の前まで行ったらきっぱりと別れてしまおうと心に決めていたのです。
ところが、文子と野々宮は「エスパニヤ軒」の舞踏場へ行くことに決めました。金※舞踏場に比べれば、エスパニヤ軒の舞踏場は品格が一段上だと言われていたからです。そういう評判が定着していたのです。
もともとエスパニヤ軒は西洋料理店でした。明治の初め、この港が裏日本で唯一の貿易港として開港し、各国の領事たちが住み始めたころ、人々は牛乳の絞り方さえ知らない状態でした。
そのころ、外国のサーカスが町へやってきました。一座で働いていたミオラという外国人が、レストランすら一軒もない当時の状況を見て、この地に住みつき、料理店を開いたのです。それが明治六年のことだといいます。ミオラは母国の名前をとって店名をつけました。それがエスパニヤ軒です。
新潟港は信濃川の河口にありました。大河津分水工事や港の浚渫(しゅんせつ)、堤防工事などがまだ行われていなかった明治初期の新潟港は、時期によっては水深がわずか二、三尺(約60〜90センチ)しかないという悲惨な状態で、吃水の深い船は港から一里(約4キロ)も沖に停泊するしかありませんでした。
おまけに気ままな信濃川が土砂を運んでくるため、港内は浅瀬が広がるばかり。その一方で、蒸気船の船体は年々大きくなっていく。貿易港というのは名ばかりで、明治十一年が訪れるころには、一番あきらめの悪い領事さえも、ついにこの土地を引き揚げてしまいました。
一時は盛り上がった異国の文化も影をひそめ、再び古くさい、世をすねた港町に戻ってしまったのです。
そんな中で、エスパニヤ軒だけは残り、続き、そして栄えました。もはや単なる料理店ではなく、この土地の最高級の社交場であり、倶楽部となっていました。宴会場のほかに倶楽部室や酒場もあり、舞踏場まで備えた大きな建物でしたが、結局は東京の真似事にすぎず、特別な情緒があるわけではありません。
エスパニヤ軒の舞踏場へ行くことが決まると、古川澄江を避けたいという卓一の切実な思いは一段落しましたが、その代わり、二人に別れを告げるきっかけを見失ってしまったような気分になりました。
彼はひどく当惑しながらも、結局は引きずられるようにして、一度は舞踏室へ上がらざるを得ない流れになってしまったのです。
舞踏室の肘掛け椅子に深く沈み込み、一曲目だけはどうにか我慢していましたが、二曲目の踊りが始まると、もはや一瞬たりともじっとしていられないほどの退屈さに襲われました。
肘掛け椅子には四、五人の男がバラバラと散らばっていました。踊っている人々も十組にも満たない閑散とした様子です。
卓一はそっと立ち上がると、廊下を曲がり、逃げるようにして階段を降りました。彼は酒場の扉を開けました。しかし、やがて踊り疲れた二人が酒場へ降りてくるだろう。そう思うと、そこもまた追いかけられる場所に思えてくるのです。
野々宮に文子を押しつけて自分ひとり逃げ出すのは無礼なことだとはわかっていましたが、この退屈さと、どうしようもない憂鬱(ゆううつ)は、礼儀などではどうにもならないものでした。
卓一はエスパニヤ軒の酒場を出て、暗闇の街へと走り出していました。
孤独。
新鮮なほど、その孤独が懐かしく思われました。
……卓一は自分の気分に酔いしれることで、心の弱い失意の人に対し、暴力的なまでの身勝手さで、望まないことを押しつけてきた残酷さをすっかり忘れていました。しかし、その場に置き去りにされた野々宮の心中は、あまりにもいたましいものでした。
野々宮は、そのとき初めて、卓一に対して直接的な怒りを抱いたのです。卓一が舞踏場から消えたことに気づいた時も、彼が酒場で待っていることだけは信じていたのですから。秋風が吹きすさぶような、寂しい野々宮の心にとって、踊ることはまるで葬式行列のむなしい歩みと同じようなものにすぎませんでした。
舞踏室に座っていることさえ耐えがたい卓一と同じくらい、いや、それ以上に野々宮は迷惑を感じていたのです。
十回ほど踊って休憩を挟みましたが、野々宮はその後も再び十回ほど踊り続けるだけの思いやりと礼儀を、決して忘れることはありませんでした。
ようやく厄介払いができるという思いで酒場へ降りると、卓一はとっくの昔にいなくなっていました。
「少し踊りすぎたので、青木さんは待ちきれなかったのでしょう」
野々宮はそう言って、文子に笑いかけました。
しかし、その心の中では、激しい感情が渦巻いていて、抑えきれないものがあったのです。
野々宮は疑い始めていました。
卓一は由子と待ち合わせをするために、いち早く消えたのではないだろうか、と。
そうとしか考えられなくなっていたのです。それ以外に彼が帰る理由を探す心の余裕すらありませんでした。
あまりにも卑劣なやり方だと野々宮は思いました。
――今、どこで由子と語り合っているのだろうか。
恐らく、温かい炉端で。
悪意を込めて、自分の噂話でもしているのだろう。
そんな二人の笑い声が、すでに耳に響いてくるようです。
そして、彼らに蔑まれ、憐れまれている一人の踊る男の姿を想像してみてください。
文子を自分に押しつけたこと自体が、すでに悪意ある企みだったのだと、野々宮は考えました。
彼が自分に踊りを押しつけたときの、まるで鳥の鳴き声のようながさつな勝ち誇った声を思い浮かべてみてください。
奪うことができる人間が、失うしかない人間に、一人の女を与えたのです。
その思い上がったあくどさに、嫌悪感を抱かずにいられるでしょうか。
そのからかいの卑しさや邪悪な心は、あまりにも醜悪でした。
すべてが物語っているのです。「お前の女は、俺のものだ」と。
そして二人の恋人たちの思い上がった憐れみが、高笑いの波となって彼の耳の奥に流れ込んでくるのです。
野々宮は旅に出てからというもの、その苦しみに反して、心の中では由子を諦めていました。
諦めたからこそ、嫉妬はむしろ虚無的な絶望感へと変形しがちだったのです。
由子を忘れようとする努力の深さと、絶望の深さが、同じくらいのものだったと言ってもいいでしょう。
そして、野々宮の苦悩は、その見た目には、この現実と直接つながっているようには見えない、血の通った生々しさが薄いもののように映っていました。
由子を忘れ、卓一を愛していたのです。
忘れ去られたはずの血と肉が、あまりに激しく、一度に目覚め始めていました。
ある男の、不潔極まりない存在を、これほどまでに深く嫌い、憎んだことがかつてあったでしょうか。
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