初級翻訳・吹雪物語 第42話

吹雪物語

恐らく死期に近づいたのだ。
卓一は思わずにいられなかった。
やがて左門は、消える灯火のかぼそさのように、死ぬであろう、と。
失われた左門の命。
それを探さねばならないのだが。
卓一は思った。
たとえ命を探しだすことができるにしても、肉体はまもなく亡びてしまうだろう。
その命も、しかし皆目探す手掛りはないではないか。
「他人の国でだけしか起こり得ない出来事が、人生では、常に何の不思議さもなく、自分の国に起きてしまっているのですね」木村重吉が暗然として卓一に答えた。
「言葉もない思いがします。
それが僕に可能であったら、空を駆けても探したいと思うのです。
しかし自分の力を思うと、心細さが先立たずにはいられぬのですが、とにかく僕の力の限り、努力はしてみるつもりです」
木村重吉は激しく答えた。
そして彼は両眼を閉じ、暫しその両頬を両手で押さえた。
「善良な人々の家庭にも暗い出来事が起こるとは。
時々人生は残酷すぎるものですね」と、やがて木村重吉は溜息を洩らした。
卓一は木村重吉の一途な感動に、むしろ呆気にとられずにいられなかった。
卓一の冷酷な魂は、このような一途な心を、信ずることもできがたい疑惑のみが深いのであった。
ある人々の心には、このように感動しうる魂が、用意されているのであろうか。
払えども尽きぬ暗愁の数々を外にして。
人生の瑣事に対して、これほども底の底から揺りうごく人が不思議だ。
そして卓一は心に苦笑を覚えずにいられなかった。
その善良な魂に打たれる思いがあったにしても。
「我々の力で探しだせるとも思っていないが」卓一は木村重吉に言った。
「かりに探しだせたにしても、神の賞讃を受けるものは、むしろ探された人達であるかもしれない」
「僕もそれを多分認めているでしょう」と木村重吉は静かに答えて、自分の席へ戻っていった。
さて、その夜のことだった。
ここにひとつの異変が生じた。
日が暮れて、卓一が大念寺の離れへ帰ると、とたんに他巳吉老人が、大きな足音を騒がせながら、やってきた。
他巳吉は、大念寺の墓地を通る用意に、懐中電燈を買いととのえ、物々しく振りまわしていた。
「いよいよ天下の形勢は、風雲急だね」と、他巳吉は挨拶代りに先づ入口で怒鳴った。
「若い男はみんな満洲へ送れ送れ。
あとは俺が引き受けたぞ。
鉄砲でも幽霊でも、さあ出てこい。
畜生め。
他巳吉様の怪力に怖れて、今晩墓場の幽霊は休業だ。
別嬪の幽霊はいないか。
医者と坊主の幽霊は、まっぴらごめんだ」
他巳吉は沓脱から上り框へあがるために、力の衰えた関節と、太った肉体をもてあまして、まず四つ這いになるのであった。
それから三段ぐらいの仕種にわけて、一々掛け声をかけながら、這い上がってきた。
「今晩は叔父の方へ出勤も休業ですか」と卓一は言った。
「とにかく、なんだね。
天下の形勢は、風雲急だ」と、卓一の言葉をきくと、他巳吉は大いに慌てて、声高に喚いた。
そしてにやにや笑い出した。
「ひとつ、今晩も、どうだね。
美人と差向いで、いっぱい」
つまり左門訪問も休業らしい。
そのころ日支事変はまだなかった。
しかしこの港と朝鮮の羅津をつなぐ航路は、距離としては日満両国の最短に近いもので、満洲警備の部隊が時折この港から船出していた。
そして市民達は国境の風雲を思うことに慣らされていたのであった。
しかし風雲最も急を告げているのは、他巳吉と左門の国境らしい。
すでに国交断絶と言うべきだった。
わざわざ懐中電燈を買いととのえてきた用意周到な手筈を見ても、この訪れが一夜の気紛れに終らないことが分るのだ。
恐らく河岸を変えたのだろう。
長の年月左門を訪いなれてきた遺恨の時間は、大念寺の離れにおいて鬱をまぎらす魂胆らしいと卓一は思った。
「なんという男だったね。
あの歯医者は。
猪八戒の野郎さ。
だからさ。
あんたもひとつ腕の見せ場というものだね。
そうだろう。
男やもめに蛆がわくと格言に残してあるのは、ここの理屈だ。
敷居をまたげば男に七人の敵ありという格言もあるね。
男は七人の女に不自由してはならないという昔の人の戒めだ。
さて、そこだ。
どうも、これは、寒い部屋だね。
女のいない部屋といえば牢屋だけさ。「せめて一人くらい、美人がいてもいいだろう。ここはあんた、部屋に備えておくべき場所だよ」

他巳吉はそう言って威勢よく声を張り上げたが、懐に手を突っ込んでしきりに何かを探している様子は、どうにも落ち着きがない。話の相槌を打つたびに、彼は時折目を白黒させてみせる。

「とにかくお互い、独り身の男やもめだ」と、やがて彼は座り直してニヤニヤした。「男やもめというものは、一日に三回鼻の穴をほじるくらい、退屈で仕方がないものだそうだ。お互い味気ない身の上だよ。ところで、そこだ。ここに一つ、男やもめにはこれに限ると言われる、天竺から渡ってきた品物がある。お釈迦様の説教の昼休みになると、大迦葉や舎利弗、阿難尊者や目連といった仏弟子のやもめたちが、菩提樹の下へ車座に集まってこれを使ったという、霊験あらたかな品物だね」

他巳吉はゆっくりと懐の最も奥深いところから、花札の箱を二つ取り出して卓一の前に並べた。そして卓一の顔を覗き込むと、突然後ろへひっくり返って笑い出した。

その日から、他巳吉は夜ごとに決まった時刻になると、大念寺の離れへ押しかけてくるのが習慣になった。

「女というものは、あんた」と、ある日他巳吉は卓一に言った。「女はみんな魔性のものさ。それはあんた、人間万事が色気によるものだね。女に限ったことではないが。お釈迦様はうまいことを言っている。女と杓子は成仏ができないとな。お山は女人禁制だ。女だの、杓子だの、たわしなどというものは、成仏などできかねるものだとさ。つまるところ、道理はここにある。女というものは魔性のもので、腹を割ってみれば色欲ばかりだ。そこで女の宝には『慎しみ』というものがあるね。このおかげで、女もとにかく人間並みさ。慎しみを忘れた女は、地獄の沙汰だ。淫売を地獄というのは、この理屈だよ。まずもって、慎しみを忘れた女は、猪八戒のような男の相手をさせられるのが関の山だね。畜生め。畜生、畜生。それをあんた、そもそも慎しみを忘れるように仕向ける親父というものは……これはあんた。奇特な御人だ。天罰覿面(てんばつてきめん)、仕方がないさ」

他巳吉は左門を責めているのであった。憤りが憎しみにまで変わっていた。他巳吉流の古風な言い方を借りれば、可愛さ余って憎さが百倍というところだろう。

もし他巳吉の夜ごとの訪れが絶えたなら、左門の日々の生活はあまりに寂寥(せきりょう)極まるものだったはずだ。たとえ文子に事故がなかった時ですらそうだったのだから、ましてや文子が行方不明の今となってはなおさらである。その寂寥は、人を狂死させるほどの苦痛を秘めていたことだろう。

他巳吉の足音が途絶えたなら、それは左門にとって最後の生気が絶えたのと同じことだった。魂の流浪を強いられた左門。手応えのない死の愁いに、虚しく時間の多くをさいなまれずにいられなかったに違いない。

他巳吉は、左門を襲うに違いないその絶望を知っていた。

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