初級翻訳・吹雪物語 第53話

吹雪物語

けれど、私たちの短い人生の中で、その頂点にある唯一のものを、色も香りも、手触りも声も備えた「生々しい現実の姿」として掴み取れることが、何度あるでしょうか。
いいえ、ないでしょう。一度でもありえたこと自体が奇跡なのだと、卓一は思いました。
今、この不思議な幸運の中に座しているという歓喜を、彼は現実のものとして意識しました。
「俺はついに、現実に勝ったんだ。そして今、俺は恐れもなく現実の上に君臨しているようだ。なんて奇跡的なひとときだろう。現実が夢よりも美しいものだと、誰が言えただろうか! 俺は今、世界中の何億という人に向かって、現実は夢よりもずっと美しいと言い切ることができる」
卓一の目は歓喜で輝いていました。しかし、美しさへの賛嘆のため、さらに清らかに輝いて見えました。
「私ね。今日あなたをお訪ねした本当の理由は……」と、澄江は言いかけて、口をつぐみました。けれど、その顔には安らかな色が浮かんでいました。
「理由があったの?」
「…………」
「私ね。入口のところで、あなたの顔を一目見たら、ひとこと怒鳴って、そしてさっさと帰ってしまおうと思っていたのよ」
「何を怒鳴ろうと思っていたんだ?」
「愛しているのよ、って。それだけ」
澄江は自分を憐れむような、それでいて蔑むような、疲れたかすかな笑みを浮かべました。
「四年間。私、あなたのことばかり考え続けていたんだもの」いつもあなたが私のそばにいるような気がしていたわ。
いたずらをしても、そのたびに叱られるような気がして。
夢の中でさえ、何度あなたを呼び続けたか知れないのよ」

卓一もまた、自分だって同じ気持ちだったのだと心の中で思いました。
ただ、澄江ほど美しく、立派な態度ではなかったけれど。

「僕は」と、卓一は感動に目がくらむような思いで言いました。
「人間の現実は、いつも低俗なものから逃れられないと思っていた。だからこそ、現実から離れた空想の世界でなら、この低俗な現実を救い上げることができると思い込んでいたんだ。現実を、夢が持つような香り高いものへと高めようとしていた。
見当違いだったね。
恐れを知らない、生意気で傲慢な間違いを犯していたことが、ようやくはっきりと分かったよ。
僕は今まで、ちっぽけな一個の人間である君が、これほどまでに美しく、気高い存在だとは夢にも思っていなかった。想像することさえ諦めていたんだ」

そして卓一は、我を忘れたように叫びました。
「僕は君と二人きりなら、絶海の孤島に永住することだって怖くない。そんな確信が持てたような気がするんだ」

なんて無茶なことを言うのだろう、と卓一は自分でも呆れました。
なるほど、その瞬間の気持ちだけを考えれば、誇張とは言い切れないかもしれません。その時の心境としては、むしろ自然な感情でした。
しかし、たった一度の感動に任せて、永遠に変わらない誓いを立てることは、あまりにも未熟なやり方です。自分を愚弄するだけでなく、愛する相手をもバカにしていることにならないか。
それでも卓一は、そうではないと思いました。
迷いや恐れを忘れなければならないような、最も信じるべき大きな現実が、今ここに生まれているのだから、と。
――この感動を抱きしめて守り抜くだけでも、絶海の孤島で生きていけるはずだと、彼は心の中で叫んでいたのです。

卓一は、帰っていく澄江を送る道すがら、吹き荒れる吹雪に翻弄されながらも、叫ぶように話し続けました。
「僕はこれまで、結婚というものを軽蔑していた。不自然な約束だと思っていたんだ。だから、自分の一生だけは、そんな不自然な束縛で苦しませないつもりだった。
一人の人を永遠に愛せるなんて、そんなの嘘だ。結果的に愛し続けられたとしても、最初から永遠を誓うなんてそもそも傲慢だ。
その不自然な約束のせいで、『アドルフ』の悲劇も、『アンナ・カレーニナ』の悲劇も生まれたんだ。
もうたくさんだよ。
我々が同じ悲劇を懲りずに繰り返すなら、それはもはや悲劇ではなく、不信に対する当然の罰であり、自分の一生を汚すことにすぎない。
永遠を誓うことは許されないんだ。
我々の愛が始まるとき、必ず愛情が冷める日が来ることを意識しなければならない。
その鉄則を、今日まで僕は信じて疑わなかった。いや、今だって疑ってはいない。
君に対するこの愛情だって、やがて衰える日が必ず訪れるはずだ。それはもう、分かりきっていることなんだ。
だけど、たとえこの愛情が冷めるときが来るとしても、それはもう仕方がないことだと思う。
僕はもう、ここまでで精一杯だという気がする。とにかく君は、僕にとって理屈を超えた、たった一人の宿命の女性だという気がするんだから。
愛情が冷めることを予想したって、今さらそれを恐れてはいられないと思うんだ」

澄江は吹雪に息を弾ませながら、頷きました。
「きっと冷める日が来るわ。そうよ。だけど、それを恐れてはいけないわ」

「幸福だ」と卓一は叫びました。
けれども、なんと意識した叫びだったことでしょう。
そう思うと、この愛情の悲しい結末というものが、結局はすでに分かっていることのように思わなければなりませんでした。
ただ、それを恐れずに突き進む、猪のような一途な道があるだけです。
それでいいのだ、と卓一は思いました。
吹雪の丘をようやく登りきると、裸のポプラの木が頭の上で悲鳴を上げていました。
澄江の家はもう近かったのです。

「今度はいつ会えるかしら。明日?」
澄江はしばらく返事をせずに歩いていました。
「明日は嫌」と、突然澄江はきっぱりと言いました。
「私達は、もっと落ち着かなければいけないわ。ね、そうでしょう?」
「本当にその通りだ。落ち着くことが必要だ。それでは、三日後かな」
「いやいや」澄江は首を振りました。
「そんなに長く待つのは嫌。私、明日だって会いたいわ。今だって別れたくない。もっともっと歩いていたい。だけど、落ち着かなければならないの。ね、私達、もっと落ち着いて冷静になりましょう。私、もうぼんやりしてしまっているわ。明後日、私があなたをお訪ねするわ」

別れ際に澄江は言いました。
「この日がこんな風になるなんて、夢にも思っていなかった。なんだかぼんやりしているの。そして、ひどく疲れているわ」

そうして澄江は、今日一日卓一に残した印象の中で、最も安らかな微笑みを浮かべ、吹雪の幕の向こう側へとやがて見えなくなっていきました。
卓一は、吹雪の丘にたった一人、取り残されました。空は真っ暗でしたが、地上は雪の白さのおかげで明るく見えていました。
ですが、雪は暗い空から悲鳴のような音を立てて激しく降り注ぐだけでなく、風に巻き上げられた地上の積雪が荒れ狂うため、もうもうとして視界は狭まるばかり。それどころか、その狭い視界さえも、顔を上げて目を見開いて直視することなどできませんでした。
うつむくことで、ようやく目を開け、足元を見定めるのが精一杯というありさまでした。
真正面から吹雪が吹きつけてくるときは、目をつぶって立ちすくむしかありませんし、踏み出した足の置き場が悪いときは、よろめいてしまうこともありました。
それでも、この狂暴な大自然の無情さが、少しも苦痛とは感じられませんでした。

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