そのときであった。二人の立っている場所からそう遠くない後方で、突然「どどーん」と小規模な爆発が起き、船の構造物がガラガラと激しい音を立てて崩れた。
「ほう、なかなか景気を添えてくれるじゃないか」
と、パイ軍曹が軽口を叩けば、
「わしは子供のときから賑やかな方が好きでしてね。讃美歌なんかに送られて天国へ行くなんて、わしの性分に合いません。もっとドカン、ドカンと爆発してくれた方がいいですね」
と、ピート一等兵は言い返し、太い指で鼻の下をこすり上げた。
二人はそのまま放っておけば、いつか地獄の門をくぐるときまで、その調子でへらず口を叩き合っていただろう。――が、幸か不幸か、そこへ邪魔者が飛び込んできた。頭を割られて、顔の半分を真っ赤な血に染めた将校が、二人の前へよろめきながら現れたのである。二人はその将校の顔を見るより早く、声を合わせて叫んだ。
「あっ、隊長だ!」
「あ、カールトン中尉殿だ!」
二人はすぐさまその傍へと駆け寄った。
「隊長殿、しっかりしてください!」
「カールトン中尉! その傷は、かすり傷ですよ!」
二人は一生懸命、重傷の隊長を元気づけた。中尉は間もなく意識を取り戻したのか、目をカッと見開いた。
「おお、パイに、ピートか。おれは……おれは、もう……」
「おれはもう――おれはもう、帰還されるのですか?」
「こら、ピート一等兵、黙れ。隊長殿はこれから遺産のことについて述べられるのだ。静かにしろ」
「こら、二人とも。お前たちは、この場に及んで恐怖のあまり、気、気が狂ったのか」
パイとピートは顔を見合わせてうなずいた。もう何も喋るまいという合図だった。この期に及んで、これ以上隊長に気を使わせることはよくないと察したからである。中尉は二人に脇の下を抱えられながら、ハアハアと苦しそうな息をした。しかし、さすがは軍人である。その苦しい息の下からでも、二人を相手にすることを忘れなかった。
「おい、両人。おれを抱えて、三番船艙(せんそう)へ連れていけ。そ、そして、おれのズボンの左のポケットに、は、入っている鍵で……その鍵で、扉を開けるんだ」
パイ軍曹とピート一等兵は、また顔を見合わせてうなずいた。
「こら、両人とも、そこにいないのか」
二人は驚いた。
「はい、ここにいます!」
「ちゃんと、おります!」
中尉は目を閉じたまま、うなずいて言った。
「そ、それならよし! そこで、三番船艙の中に入って……入って、その、そこにある戦車の中に、おれを乗せてくれ。おお、お前たちも乗れ」
「えっ、三番船艙に、戦車があるのですか」
「そうだ。お、お前たちの見たことのない格好をした、新型の、せ、戦車だ。さあ、は、早く、わしを連れていけ」
「隊長殿は、その戦車に乗られて、どうなさるおつもりでありますか」
「わ、わが輩は、せ、折角ここまで持ってきた戦車に、生前一度は乗ってみたいのだ。そ、その地底戦車というやつに……」
「地底戦車?」
「そ、そうだ。地底戦車だ。リント少将は、そ、その地底戦車を使って、南極の地底を探る――探る計画を立てられているのだ。は、早くしろ。船が、もう、沈む」
「は、はい!」
パイ軍曹とピート一等兵は顔を見合わせた。二人の顔は、今までのいずれの場合よりも真剣になっていた。死を覚悟して、死の前に他の何物への執着も捨て去った二人であったが、いまこうして、中尉の紫色になった唇の間から無名突撃隊の秘密について聞かされると、彼ら二人は本来の任務に奮い立たないではいられなくなった。
「おい、ピート、急ぎ、進め!」
「合点です。一、二!」
「三、四!」
二人は中尉を両方から抱え上げると、もはや歩行するのも容易ではない傾斜した甲板の上を、器用にとんとんと走って、階段口から下へと降りていった。幸いなことに、三番船艙はまだ浸水を免れていた。扉を鍵で開ける。扉は開いた。
大きな布カバーを取り去ると、下から現れたのは、怪奇な格好をした重戦車!
地底戦車というのは、これか?
「おい、ピート、早くしろ」
「えっ」
「ほら、お前の足元を見ろ」下から、海水がぶくぶく湧いてきたじゃないか」
「あっ、もういけませんなあ」
「おい、戦車の扉を開け」
「待ってください。すぐあけます」
「おい、早くしないと、隊長どの、折角の希望が水の泡になる」
「えっ、もう泡をふきだしたのか」
「ちがうちがう。早く、戦車をあけろ」
「やあ、もう大丈夫。さあ、あきますぞ!」
うーんと、大力のピート一等兵が、両腕に力をこめてハンドルをねじると、戦車の扉は、ついにぐーと、大きく開いた。
「あきました、あきました、軍曹どの」
「ばか。もう間にあわないや」
「えっ。どうしました」
「中尉どのは、昇天された。“生前に、一度でいいから、折角ここまで持ってきた地底戦車に乗ってみたい”といわれたのに、お前が戦車の扉をあけるのに手間どっているもんだから、ほら、もうこのとおり、天使になってしまわれた。ああ、さぞかし無念でしょう。中尉どの、これ一重に、平生ピート一等兵が、訓練に精神をうちこまなかったせいです」
「ねえ、軍曹どの。こうなりゃ、気は心でさあ。中尉どのは、息を引取られたかはしらないけれど、一度、この戦車の中へ入れて、座席につかせてあげては、どうでしょう」
「この野郎。中尉どのに、申しわけないと気にして、いやに中尉どのにサービスするじゃないか」
「軍曹どの、早く。ぐずぐずしていると、戦車の中に、海水が入ります。中の器械が、濡れてしまいますぜ」
ピート一等兵が注意を発したので、パイ軍曹は、ぎくりとした。
「おい、早くしろ。浸水させちゃ駄目だ。お前から、先へ入れ」
軍曹は、ピートの尻をうしろから、どんとつきあげた。ピートは、ばね仕掛の人形のように戦車の中に飛びのったが、そのときまたどどーん、どどーんと、相ついで小爆発が起って、船体がぐらぐらと、動揺した。
「あっ、軍曹どの。早く、こっちへ入って、戦車の扉をしめてください。いよいよ、これは浸水、まぬがれ難しです」
「そうか。あっ、ほんとだ。それ、そこから海水が流れこんでいたじゃないか、靴をぬいで、どんどんかいだせ」
「軍曹どの、扉を!」
「おお、そうだ。扉を閉めるぞ!」
パイ軍曹は、力一杯、戦車の扉をばたんと閉じた。とたんに、戦車内には、電灯が、ぱっと点いた。自動式の点灯器がついていたのである。二人は、うれしそうに、あたりを見廻していたが、そのうちに二人の視線が、ぱっと合った。そのとき二人は、べつべつに、同じことを思い出した。
「おい、ピート一等兵。カールトン中尉どのの姿が、見えないじゃないか」
「そうです、軍曹どの。いま、私が申上げようと思ったところです。あなたは、なぜ、中尉を外に置いたまま、その扉をお閉めになったんですか」
「ふーん、失敗った。おれが悪いというよりも、貴様が、たいへんな声を出して、扉を閉めろ閉めろと、さわぎたてるもんだから、とうとうこんなことになったんだ」
「あっ、そうでありましたか。
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