初級翻訳・地底戦車の怪人 第8話

地底戦車の怪人

ピート一等兵は気をつけをします。
「一歩前へ! 口を大きく開け!」
「ええッ」
仕方ありません。ピート一等兵は天井の方を向いて、口を大きく開けました。
「こら、もっと下を向いて口を開けろ」
「下へ向けないであります。さっきから首の骨がどうかなったのであります。幽霊のことをあまり心配したせいであろうと思います」
「つべこべ喋るな。命令どおりにすればよいのだ。――もっと下へ向け。それから、号令とともに大きく息を吐き出せ。さあ、始めるぞ。お一イ」
ピート一等兵は泣き出しそうな顔をしています。
「はあッ」
と、申しわけ程度に小さな息を吐きました。
「こら、そんな息のつき方ではだめだ」「まるで、お姫様が吐息をついているようじゃないか。もっと大きく息を吐き出せ。こういう風に。おーい、はぁー。二ーッ、息をはぁー」

軍曹は、意地悪そうな笑みを浮かべて、ピート一等兵の弱りきった顔を見下ろしました。

「軍曹どの。もう、たくさんであります。あれは、自分の知らないうちに、林檎が胃袋の中へ飛び込んできたのであります」

大男のピート一等兵がべそをかいている姿は、なかなか滑稽でした。軍曹は、ようやく思い通りになったことで、気分がせいせいしました。

「そうか。無断でそんなことをした罰は、いずれあとでしっかり処罰する」

そう言うと、パイ軍曹は胸を反らせて、「ところで、おれはもう一つ、こういうものを持っているんだ」と、隠し持っていた林檎をピートの目の前にぬっと突き出しました。

「やっ! まだあったのですか」

ピートは驚きの声を上げ、林檎の方へ手を伸ばしました。軍曹はすばやく林檎を引っ込めると、その手を「痛い!」というほど強く殴り飛ばしました。

「軍曹どのは、その林檎をひとりで召し上がるつもりなんでしょう」

「そうだ。さっきの林檎はお前が食ってしまった。今度は、おれに食べる権利がある」

「半分ください」

「いや、やるものか」

そんなやり取りをしているうちに、パイ軍曹の胃袋はもう待ちきれなくなっていました。どこから現れたのかわからないこの「幽霊林檎」の正体を調べることの方が先決でしたが、こうして手にとり、良い匂いを嗅ぎ、美しい林檎の肌を見ていると、そんなことはもう後回しになってしまいました。早くガブリと食いつかずにはいられません。パイ軍曹は目をつぶり、大きな口を開けて林檎にかじりつこうとしました。

それを見ていたピート一等兵も、もう我慢の限界でした。

「あ、軍曹どの。お待ちなさい!」

「なんだ、なぜ止める」

「その林檎は、どうもたいへん怪しいですよ。さっき自分が食べたとき、変な味だと思いましたが……ああ、痛い、痛い、痛い!」

ピート一等兵は突然顔をしかめ、自分の腹を押さえて苦しみ出しました。

「おい、どうしたピート。しっかりしろ!」

「あ、痛い、ああ痛い……軍曹どの、その林檎を食べてはいけません。その林檎の中には毒が入っています。うわーっ、痛い!」

ピート一等兵があまりに苦しがるので、パイ軍曹は心配になりました。

「毒が入っているって? 本当かなあ」

「本当です! 毒のある林檎であります。軍曹どの、自分はもうさっきの林檎の毒に当たって、とても助かりません。ですから、そのついでに、軍曹どのの持っておられる林檎も自分が食べてしまいましょう。そうでないと、自分が死んだのち、軍曹どのがこの林檎を召し上がるようなことになると、軍曹どのもまた一命を……」

「黙れ、ピート一等兵。貴様は林檎がほしいから、そんな嘘をついているんだろう。ふふん、その手には乗らないぞ。これをみろ!」

そう言うが早いか、パイ軍曹は持っていた林檎にガブリとかぶりつきました。

「あっ、軍曹どの、それはひどい!」

ピート一等兵はパイ軍曹に飛びつきました。軍曹は林檎を取られまいとします。そうして二人は組み合ったまま、床にドサリと転がりました。たった一つの林檎を巡って、地底戦車の中でしばらく格闘が続きました。まことに見苦しいことでしたが、二人の空腹はそれほどまでに限界を超えていたのです。

上になり下になりと組み打ちをしているうちに、肝心の林檎が軍曹の手を離れて、床の上をコロコロと転がりました。

「あっ、しまった!」

パイ軍曹は手を伸ばしてそれをおさえようとし、ピート一等兵はそうさせまいとします。二人の体は絡み合い、林檎のあとを追いました。いつしか二人は、戦車の隅っこに何度も頭をぶつけ合っていました。

「こら、手を出すな!」

「いや、自分も食べたいのです!」

二人の争いはいつ終わるとも知れなかったのですが、そのとき、何者とも知れぬ声が二人に向かって大声で呼びかけました。

「お二人とも、手を挙げてもらいましょう。手を挙げなきゃ、この機関銃の引き金を引きますよ」

思いがけない人間の声でした。

(あっ、あの幽霊か?)

二人はとたんに顔色を失い、声のした後ろを振り返ってみると……。

「まあまあ、そんな怖い顔をしないで、おとなしくしてください。お二人とも、僕に反抗しなければ、べつだんこの機関銃の引き金を引こうとも思いませんよ」

どこから現れたのか、二人の後ろに立っているのは、顔の黄色い若い東洋人でした。「貴様、どこの何奴だ」

「僕の顔を見れば、大体の見当はつくでしょうがな」

そう言うと、かの若い東洋人は、なおも油断なく機関銃の銃口をパイ軍曹とピート一等兵の方へ向けたまま、こう続けました。

「僕の名前ですか。お二人さんは、それを聞きたいとおっしゃるのですか。さあ、何と言ったら一番わかりやすいでしょうね。そうですなあ、まあ、僕の名前は『黄色い幽霊』と言っておきましょう」

二人は「幽霊」という言葉を聞くと、ぞっとして首をすくめました。

「黄色い幽霊が、こんな戦車の中に何の用があるんだ」

パイ軍曹は、やっとの思いでこれだけの声を絞り出しました。

「用事は、いろいろありますがね。まず第一は、お二人さんが召し上がった林檎の代金を、こちらへもらいたいのです」

「林檎の代金だと……すると、あの林檎は、君の……」

「そうです。僕が持ってきた林檎です。さあ、金を払ってくれますか。お安くしておきますよ」

黄色い幽霊は、これ以上ないほど落ち着き払っていました。

「金なんかない。たとえあったとしても、誰が払うものか!」

パイ軍曹が断固として言い切ると、黄色い幽霊が持っている機関銃の銃口が、パイ軍曹の鼻先へぬーっと伸びてきました。

「お払いになった方が、おためですよ。お金がなければ、他の品物でもよろしいのですが……。ぐずぐずしないでください。では、ただいまいただきに伺いましょう」

黄色い幽霊は、パイ軍曹とピート一等兵のそばへ、そろそろと近づいてきました。二人は驚いて後ずさりしました。

「動かないように。引き金を引けば、何もかもそれまでですよ。よろしいですか」

機関銃の引き金を引かれてはたまりません。二人はもう動くことを諦め、黄色い幽霊のなすがままに任せました。黄色い幽霊は二人の背後に回ると、ポケットの中を探りました。

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