「陸軍戦車軍曹、ジョン・パイ」
「陸軍戦車一等兵、アール・ピート」
「……」
一同の視線が、三人目の沖島の上に集中した。
「おい、なぜ黙っている。早く官姓名を名乗らんか」
「……」
「おい、お前は聞こえないのか」
「こいつは……」
とパイ軍曹が言いかけるのを、沖島は最後まで言わせず、
「地底戦車長、黄色い幽霊」
「なに、もう一度言ってみろ」
「この地底戦車長の、黄色い幽霊だ」
「黄色い幽霊! ふざけるな」
すると、パイ軍曹がさっと前へ出てきて、沖島を鋭く指さし、
「こいつは中国人……いや、日本人の密偵に違いありません。この戦車の中に忍び込んでいたので、自分が捕虜にしたものであります」
「えっ、日本人? そいつは大変だ。それ、取り押さえろ!」
「別に逃げ隠れはせん。逃げたところで、この氷原をどこへ逃げられるというのだ。アメリカ兵は、思いのほか慌て者が多いな」
「なに! 構わん、縛り上げろ!」
「いや、待て!」
前に進んだ一団の中で、どうやら一番偉そうに見える人物が声をかけた。
「はっ」
「その『黄色い幽霊』が言う通り、こんなところで逃げ出したって食料がないから、命がないことは分かっている。だから、わざわざ取り押さえる必要はない」
「しかし、閣下……」
「なに、構わん。余に思うところがある。そのままにしておけ」
その人物は悠々としていた。パイ軍曹はけげんな顔をしている。彼はそっと、号令をかけた将校のところへ近づいて尋ねた。
「みなさんは南極派遣軍だということは、さっき戦車の天蓋を叩いて信号したときに承知しましたが、あそこにいらっしゃる偉い方は一体誰ですか」
「あの方か。あの方を知らんのか。リント少将閣下だ」
「えっ、リント少将閣下?」
「そうさ、南極派遣軍の司令官だ」
「ええっ、すると、ここはリント少将のいらっしゃる基地だったんですね」
「ふん、そんなことが今になって分かったのか」
パイ軍曹は叱られてしまった。リント少将は沖島速夫の前へ歩み寄り、
「黄色い幽霊君。パイ軍曹の言うことに間違いはないか」
と静かな口調で尋ねた。しかし少将の眼は、鷹のように鋭く光っていた。
「閣下。少し話が違うようです。正直者のピート一等兵にお尋ねください」
と、沖島はピートを指した。
「それでは、ピート一等兵。どうだ」
ピート一等兵は、さっきからパイ軍曹が喋っているときから、しきりに拳を固めたり口をもぐもぐさせていらだっていたが、
「はい、リント大将閣下!」
と、リント少将を大将にしてしまい、
「正直なところを申し上げますと、すみませんが、パイ軍曹殿の言うことはすべて嘘八百でありまして、その……」
「嘘か。それで、どうした」
「その、つまりこの地底戦車が遭難船の船底を突き抜けて、海底深く沈没しましたときから、自分は敢然と先頭に立って、この戦車を操縦し続けたのであります! ぜひともこの大困難を克服して、この貴重なる地底戦車を閣下のおられるところまで持ってこなければならんと大決心しまして、パイ軍曹殿とこの幽霊殿を励ましながら、ついにかくの通り閣下の前まで乗りつけることに成功したわけで、その勇敢なる行動については我ながら……」
と、ピート一等兵は、はなはだ正直でないことをべらべらと喋り出し、止めようもなかった。
投獄
リント少将は、さすがに南極へ派遣されるほどの名将だけあって、早くもわけを察した。少将は幕僚の参謀たちを振り返り、
「どうだ、事情は飲み込めたろう」要するに、パイ軍曹とピート一等兵は、この地底戦車の中に閉じ込められ、顔を青くしていた。
その時、戦車の中に隠れて密航していたこの「黄色い幽霊」と名乗る男が、二人を励まして、ともかくも地底戦車をここまで乗り上げてきたのだ。
そうではないか」
参謀たちも、このリント少将の言葉にうなずきました。
少将は、なおも言葉を継いで、
「地底戦車は、一台残らず海底に沈んでしまったものと思っていたが、こうして一台でも助かったのは、我がアメリカ陸軍にとって喜ばしいことだ。我々は、この一台をできるだけうまく使って、南極における我々の仕事をやり遂げなければならない」
参謀たちは、また大きくうなずきました。
「ところで、この『黄色い幽霊』の始末だが、どうしたものだろう」
参謀たちは顔を見合わせましたが、
「軍司令官閣下。こいつは地底戦車の秘密を知った奴ですから、今すぐに銃殺してしまうべきであります」
「自分も同じことを考えます。こいつは日本のスパイに違いありませんから、殺してしまうのがよろしい。このまま生かしておくと、またどんなことをするかもしれません。日本人という奴は、大胆なことをやるですからなあ」
みんな、沖島を早く銃殺せよと言うのです。
少将は、そこで顔を沖島の方へ向け直し、大胆不敵な彼の顔をしばらくじっと見つめていましたが、
「おい、黄色い幽霊。本官が日本の将校なら、君の勇敢な行動を大いに褒めてやるところだが、余はアメリカの軍司令官だからそうはいかんぞ。ただ今から、君は監房につながれることになった。もう諦めて、おとなしくしているように」
沖島速夫に、ついに厳しい刑罰が決まったのでした。
しかし彼は、別に顔色を変えるでもなく、にこにことリント少将の言葉を聞いていました。
それから沖島は衛兵に守られて、監房に連れて行かれました。
監房は氷の中にありました。
つまり、氷の下を掘って、氷の地下室ができているのです。
そこに氷の監房が作られていました。
監房の扉は木で作られていました。覗き窓も、やはり木で組まれていました。
氷と木材との合作になる監房でした。
沖島速夫は、この不思議な監房の中に押し込められたのでした。
中はいたって狭く、やっと二メートル四方ぐらいでした。
空気抜き兼明かり取りの天窓が、天井に空いていました。
この監房は、不思議に寒くありません。
氷の中に閉じ込められているのだから、冷蔵庫の中に入っているようなもので、さぞ寒かろうと思ったのに、かえって温かい感じがしたのです。
沖島は、缶詰を入れてきたらしい箱の上に腰を下ろしました。
彼は別に悲しんでいる様子もありません。
「さあ、ここで少し眠るかな」
彼は腰をかけたまま居眠りを始めました。
どこまで大胆な男でしょうか。
しばらく眠りました。そのうちに、彼を呼ぶものがありました。
「おい、黄色い幽霊!」
はて――と目を覚ますと、窓のところに二つの顔が、沖島の方を覗いていました。
一つは衛兵の顔、もう一つの顔は、ピート一等兵の大きな顔でした。
「おい、コーヒーを持ってきてやったよ」
ピートが言いました。
友情
コーヒーを持ってきてやった――と、ピート一等兵は言いました。
そして窓のところから、うまそうな湯気の立つコーヒーの器が見えました。
沖島は腰掛けから立って、窓のところへ行きました。
「コーヒーを持ってきてくれたのか。どうもすまんなあ」
「すまんことはないよ。わしは、ここだけの話だが、お前に感謝しているよ……」
「おい、ピート一等兵。言葉を慎め」
と、衛兵が横で怖い顔をしました。
「黙っていろ、お前には分からないことだ」
とピートは衛兵につっかかりました。
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