「まだ見ていないことは、見ていないんだけれどねえ……」
僕は気まずい思いをして、本当のことを告白するしかありませんでした。だが、そのとき僕は自分の心の中で、くりかえし叫んでいました。
(うそだ。
うそだ。
いくら原子力エンジンだとはいっても、こんな立派な海底の街が、たった三週間で完成するものか。
うそだ。
うそだ)
このときタクマ少年は、大きくうなずくと僕の腕をとって引っぱりました。
「それじゃ、下町へご案内するのは後まわしにして、先に原子力エンジンを動かして仕事をしている工事現場の方へお連れしましょう」
「それはたいへん結構だね。
ぜひ一度見て、驚かされたいと思っていたところだ。
だがね、僕は生まれつき心臓が強いから、ちょっとやそっとのことでは驚かない人間だからねえ」
僕は、やせがまんのようですが、そう言ってやりました。
これくらい強く言っておかないと、僕はますますタクマ少年に馬鹿にされそうだったからです。
「さあ、この先で、動く道路を乗り換えるのです。
私と調子を合わせて、別の道路へうまく乗り換えてくださいよ。
もし目が回るようだったら、私にそう言ってください。
すぐお薬をあげますからね」
「お薬なんかいらないよ」
僕は行く先に、虹のような流れが左右にわかれて遠くへ流れ動いていくのを見て、目がくらみそうになりました。
「来ました、来ました、乗り換え場所のヒナゲシ区です。
はい、一、二、三、それッ」
僕の体は、ふわりと浮きました。
と、体は左へひったくられたようになりました。
体のバランスが崩れました。
(あぶない!)と心の中で叫んだとき、僕の腰は何ものかによってしっかり抱きとめられていました。
言うまでもなく、僕を抱きとめたのはタクマ少年でした。
少年に似合わぬすごい力です。
それにも何かわけがあるのかもしれない、などと思っているうちに、少年は静かに僕を地面におろしました。
道路は気持ちよく走っていました――あの辻のところで、僕らは道を左へ乗り換えたらしいのです。
と、道は下り坂になりました。
あたりは広いトンネルの中のようで、間接照明によって、影のない心地よい明かりが灯されていました。
さっきの辻のところまでは、にぎやかな街の家並みが見え、買い物や散歩をする人々の群れを眺めることができたものですが、今はそういうものは全く見えません。
単調なトンネルの感じが強いのです。
「いやに、さびしいところだね」
と僕が言うと、タクマ少年は言いました。
「ここは一昨日できあがったばかりのところなんですからね、だからまださびしいのです。
それにこの道は、これからご案内する海溝の棚工事のための専用道なんですよ」
海溝の棚工事? いったいそれはどんなことだろう。
僕は、すぐ少年に聞き返さずにいられませんでした。
「海溝というのは、ご存じでしょう。
海の底が急に深く、溝のようにえぐられているところです。
こっちで一番有名なのは日本大海溝です。
そのほかにも海溝はあります。
――こんどの工事は、海溝の上に幅五キロ、深さ百キロの棚をつくり、その棚の先から下へ壁の深さ五十キロのものを下ろし、そして中の海水を外へ追い出してしまうのです。
すると、それだけの海溝が干上がって、われわれ人間が潜水服などを着ないで行けるようになります。
ねえ、そういうわけでしょう」
「そういうわけには違いないが、そんな誇大妄想のような大工事が、人間の手でやれるのかい」
「この棚工事は、この海底都市が始まって以来の新しい種類の工事なので、先例はないのですが、やってやれないことはないんだと、みんな言っていますよ。
しかしさすがに不安なところもあると見えて、技師たちは念入りに工事計画を調べていますよ」
「一体、そんな棚工事をして、どんな利益をあげようというのかね」
「それは分かっていますよ。
海溝のような大深海における資源を、一度に完全に、こっちのものにしようというんです」
「なんだか、とても大きな博打(ばくち)の話を聞いているような気がするよ。
――それで、その資源というと、どんなものかね。
特別の掘り出し物でもあるのかね」
「それは色々あるという話ですがね、中でもみんなが期待しているのは……」
と言いかけたとき、僕たちは急に明るい、広々とした大造船所みたいなところへ出ました。
原子エンジン
こんな大仕掛けな造船所を、いまだ見たことがありません。
しかも地上にあるのならともかく、海底の国にこんな造船所を設備して、いったい何になるのだろうかと、僕は不思議に思いながら、そのすばらしい機械の動きに目をみはっていました。
「お客さん。
今、ここから海溝へ棚を突き出しているのですよ」
とタクマ少年は言いました。
「もう一時間もすれば、予定の棚は全部できあがるそうです。
棚ができたところからは、さらに下へ向かって柱を立てます。
どんどん柱が立ったところで、それを横につなげて、堅固な壁ができます。
そうして一区画ずつできあがると、こんどは排水作業をやるんですよ」壁の下の方には排水用の穴があいていますから、そこから中の海水を押し出す仕組みになっています。ああ、ちょうどここに工事のあらましを書いた図面がありますから、これを見てみてください」
タクマ少年は、休憩中のクレーンの上に置いてあった青写真を手に取って、僕に見せてくれました。なるほど、その図面には、先ほど少年が説明してくれた通りの、大胆でスケールの大きな深海工事の計画が、略図として書き込まれていました。
「すばらしい考えだ。しかし……」
僕は、あとの言葉を飲み込みました。
「ですが、どうしました? 何かおかしいところでもありますか?」
少年は、すっかり僕を世間知らずの田舎者として扱いながらも、丁寧に応対してくれます。さっきまでのような、僕の的外れな質問をあざ笑うような態度はもうありませんでした。
「つまりだね、棚を海の中に横へと突き出すという考え方はいいが、その棚を押し出すにはとてつもない力が必要になるはずだよ」
「それは全く問題ありません。原子力エンジンを使えばいいのですからね」
「ふん、原子力エンジンか。なるほど。しかしだ、棚を海の中へグイッと突き出すだろう。そうすると棚と、今僕たちがいるこの地下街の壁との間に隙間ができるはずだ。その隙間から、海水がドッとこっちへ噴き出してくる恐れがある。なんといっても海面下何百メートルもの深海なんだ、向こう側の海水の圧力は実に恐ろしいものだよ。ああ、なんだか心臓がドキドキしてきた」
僕の顔から血の気がサーッと引き、鳥肌が立っているのが自分でもよく分かりました。
「お客さん、大丈夫ですよ。そんなことは最初から計算に入れて計画してありますから、危険は絶対にありません。石炭やガソリンを使った昔のエンジンには危険がつきものでしたが、原子力エンジンになってからは、そんな心配は皆無です。昔のエンジンは出力が小さかったので、能率を上げるために無理を重ねる必要があり、それが故障や爆発の原因になっていたんですよ。今の原子力エンジンは、出力が十分にあります。能率は、低いものでも三千パーセント。いいですか、百パーセントどころではなく、三千パーセントですぞ。
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