われわれは敵を甘く見ていた」
「断念するというのですか。そんなことはない。まだ機関銃があるでしょう!」
「何があっても、もうだめだ。一旦本国に引き上げるよりほかない」
そう言い合っているうちに、八機の爆撃機を撃退した『鉄のクラゲ』は、ラスキン大尉たちをあざ笑うかのように、また海面にぽっかりと浮かび上がりました。その小さな船体! どこからあのような恐ろしい防御力が生まれるのかと驚くばかりです。
『鉄のクラゲ』の乗組員は、まったく姿が見えません。ただ司令塔の「眼」から、例の紫の光線を空に向けて放ち、さあ、これからそっちへ向けてやろうかと言わんばかりに、残りの四機の偵察機隊の方へ、ちらちらと威嚇を試みているのです。
「うむ、『鉄のクラゲ』はいやに落ち着いている。油断がならないな」
とルゾン号の船長は独り言を言いました。
スミスが無線室から出てきました。
「スミス警部、あなたは偵察機に乗り移るという話でしたが、どうするのですか?」
警部は、それが聞こえないふりをして、船室の方へ降りていきました。それっきり、ルゾン号がフランス本国のルアーブル港に着くまで、警部は一度も甲板の上に出てきませんでした。
もちろん四機の偵察機隊は、ラスキン大尉の号令一下、見事な隊形を整えて、イギリス本国の空を目指して引き上げていきました。こうして、巨船クイーン・メリー号が沈んでいると思われる大西洋の波は、もとの静けさに戻りました。疑問の怪しい船『鉄のクラゲ』も、いつしか夕陽に映える美しい波間に、ずぶりと沈んでしまいました。
【帰港】
ルゾン号は全速力を出し、先ほど言ったようにルアーブルの港に帰ってきました。それはメリー号の遭難現場を離れてから五日後のことでした。メリー号の捜索や、『鉄のクラゲ』の怪行動、そして『鉄のクラゲ』対英国空軍の戦闘などについて、その帰途、無線を使って詳しく報告しておいたので、フランス国民は一人残らずルゾン号の冒険を知っていました。
だからルゾン号が入港したときには、ルゾン号を一目見ようという群衆が、波止場にも、ビルの屋上にも、また遊覧飛行機の上にもいっぱい詰めかけていて、さかんに旗を振ったり、ハンカチを振ったりと、素晴らしい歓迎ぶりでした。
エバン船長以下、元メリー号の乗組員である三千夫少年まで、船員全員がひとまず当局の取り調べを受けました。そして見たり聞いたりした一部始終は、分厚い記録となって、後にまで保存されることになりました。
それが済むと、今度はがらりと趣が変わって盛大な歓迎会が開かれることになりましたが、それに先立ち、パリ大学から特別な招きがありました。人類世界の大問題である大西洋の怪について、ぜひとも早く知りたいということなので、まずその方に出席することにしたのです。
「海底超人族の研究会」の席上には、その道の権威であるクープ博士をはじめ、例の長良川博士の顔も見えました。
まず、三千夫少年のクイーン・メリー号遭難前後の話から始まり、エバン船長の報告があり、それからさらに進んで三千夫少年を救い上げたことや、スミス警部の魚釣り大会や、英国空軍の活躍などについて、知っていることを詳しく述べました。博士たちは、この報告談にいちいち大きくうなずきながら、非常に興味を持って聞き入っているようでした。
報告が済むと、クープ博士は一座をぐるりと見回して言いました。
「どうです、皆さん。いまお聞きのように、三千夫くんやエバン船長のお話は、われわれにとって実にたとえようもないくらい興味津々たるものです。ただどうも、『鉄のクラゲ』という怪潜航艇――だと思いますが――それについては一向に心当たりがないが、大西洋の海底に超人族が住んでいることは、いまや一点の疑いもなくなりましたぞ。これについては、もはや疑問に思う人は、ただのひとりもいないことでしょう」「私たちは三千夫君や、ルゾン号の皆さんに大いに感謝しなければなりません」
そう言って、博士は少し言葉を切りました。
「ですが、ここに海底超人族が住んでいることが確かになったということは、裏を返せば、我々全人類が今、まさに噴火口の真上に立っているのと同じことです。これは大変な事態ですよ。いつ大噴火が起きて、我々が吹き飛ばされてもおかしくない、そんな瀬戸際にいるのです。それまでに、我々は至急、適切な方法を考えて海底超人族に対抗しなければ、手遅れになってしまいます。さあ、皆さん。このことを深く考えてください」
### メリー号の人たち
事務長クーパーの船室には、三人の男が残っていました。
それは当のクーパーと、彼の秘書のマルラ、そして船内で唯一、視力を失っていない一等運転士のパイクソンでした。
「どうやら、SOSの手紙も、うまく本国には届かなかったようだね」
そう言ったのはクーパー事務長でした。
彼の発案で、「クイーン・メリー号はこの付近にいるから、助けてくれ」というメッセージをパイクソンに頼んで紙や布の切れ端に書かせ、外に投げ捨てて、それを拾ってくれる船を待っていたのでした。
その手紙はルゾン号のスミス警部によって拾い上げられ、世界中に報告されたのですが、この不思議な場所に閉じ込められたメリー号の乗組員たちには、そんなことは知る由もありませんでした。
いつまで経っても助けが来ないのを見て、彼らはそのSOSの手紙は誰の手にも渡らなかったのだと思い込んでいたのです。
「いや、まだ失望するのは早いですよ。そのうちに、どこからか助けに来てくれるに違いありません。なにしろ私は確かにあの手紙を五百枚も作り、五回に分けて船外に投げたのですから、そのうちのいくつかは届いているはずです……」
「うん、でも、あれからもう五日も経ってしまったからなあ」
「悲観するのは、まだ早いです」
「悲観はしていないが、なんとかして助かる次の方法を考え出さねば、船客の皆さんに申し訳ない」
船客たちはさぞ不自由をしていることでしょう。
三度の食事も、この頃は貯蔵してあるパンと缶詰を配給するだけでした。それも目の見えないボーイたちが、甲板や階段を手探りで歩きながら運ぶのですから、配給するだけでも、なかなか困難な状況だったのです。
「本船は、ある不慮の災害に遭っておりますが、幹部一同、全力を尽くして脱出方法を考えております。船客の皆さまにおかれましては、どうか落ち着いて、我々の努力を信頼していただきたいのでございます」
というようなことを、繰り返しボーイたちに叫ばせていました。
船員も船客も、騒ぎたい気持ちを必死に抑えて、かろうじて静かにしているという状態でした。なぜなら、この汽船が今出遭っている災難というのが、並大抵のものではなく、実に前代未聞の珍しい出来事であることを、誰もが感づいていたからでした。
### 解毒剤
事務長クーパーは、自分一人の胸の内に、重い心配を抱えていました。
まだ船内を十分に調べ尽くしてはいませんでしたが、どうやら本船の船長はどこへ行ったのか行方が知れないようでした。船長についていた三千夫少年も、これまたどこにも姿を見せません。
もっとも三千夫については、クーパーは知らずとも、読者の皆さんはすでにご存知のはずです。
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