初級翻訳・塔上の奇術師 第5話

塔上の奇術師

シーンとして、暖炉棚の上の置時計のカチカチという音だけが、いやに大きく聞こえるのです。
「わしはちょっと手洗いへ行ってくるから、しっかり見張っていてくれよ」
淡谷さんがそう言って立ち上がりました。
「ええ、大丈夫です」
一郎青年が頼もしげに答えました。

ああ、あぶない! あやしい一郎青年だけを残して部屋を空けるなんて! しかし淡谷さんは、少しも一郎を疑っていないのですから、あぶないなどとは思いません。そのままドアの外へ出て行ってしまいました。

淡谷さんが部屋にいなかったのは、たった五分間でした。しかし、その五分間に書斎でどんなことが起こっていたかは、誰にも分かりません。淡谷さんが戻ってみると、一郎青年は元の椅子にかけて、ゆったりとタバコをふかしていました。

まもなく小林少年も食事を済ませて帰ってきました。それから十時まで、三人は一度も書斎から出ませんでした。時間の経つのが、恐ろしく長いように思われました。置時計が八時を打ち、やがて九時を打ち、九時半となり、九時四十分となり、九時五十分となりました。
「あと十分で十時ですね」
一郎青年がぽつんと言いました。誰も答えません。みんな黙り込んでいますが、心は張りつめた糸のように緊張しているのです。カチカチカチと、時の経っていくのが恐ろしいようでした。
「あと五分ですね」
また、一郎青年がぽつんと言いました。三人はじろじろと、お互いの顔をにらみ合っていました。

そのとき、一郎青年がすっと立ち上がりました。そしてゆっくり向こう側へ歩いていくと、ガラス窓を開けて、真っ暗な庭を眺めました。
「なにもいません。庭からやってくるのではないようですね」
そう言って窓の戸に掛け金を下ろして、元の席に戻ってきました。

チーン、チーン、チーン……。
置時計が、びっくりするような音で十時を知らせました。ああ、とうとう約束の十時が来たのです。

(四十面相の変装)
約束の十時に、どんなことが起こったのでしょうか。ですが、ちょっとお待ちください。ここでお話を少し前に戻して、書いておかなければならないことがあるのです。

同じ日の夕方、四時半ごろのことです。お父さんの淡谷さんが社長をやっている会社の社員である一郎青年は、四十面相のことが心配なので、少し早く会社を出て家へ帰ってきました。そして、千歳烏山の駅で降りて改札口を出ますと、そこに背広を着た三十五、六歳の男が待っていて、一郎さんを見るとつかつかとそばへ寄ってきました。
「淡谷一郎さんですね」

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