初級翻訳・鉄人Q 第2話

江戸川 乱歩

この顔も、鉄に絵の具がぬってあるんだよ」
 おじいさんはそう言って、鉄人の顔を爪の先でコツコツとたたいてみせました。
かたい音がします。
それにしても、なんて上手にいろどられているのでしょう。
いくらか黄色みのある顔色といい、耳も、目も、鼻も、口も、まるで生きているようです。
「目をまばたきすることも、口をあくこともできるんだよ。Qよ、まばたきをして見せなさい」
 すると、鉄人の目がパチパチとまばたきをしました。
「なにか言葉をしゃべってみなさい。おまえの名前はなんだね」
 すると、鉄人の赤い唇がパクパクと動いて、
「わたしは、キュー、です」
と、変な声で答えたではありませんか。
なんだか電話の声のような感じです。
この鉄の人形のおなかの中で、テープレコーダーでもまわっているのでしょうか。
北見君はこわくなって、からだがブルブルとふるえてきました。
鉄の怪人

「どうだね、おどろいたろう。こんな、人間とそっくりのロボットなんて、世界のどこをさがしたってありはしないよ。わしはこれを発明するのに、五十年もかかったのだからなあ」
 おじいさんは鼻をうごかして、じまんするのでした。
北見君はほんとうにおどろいてしまいました。
そして、この白髪のおじいさんが、なんだか神様のようにすごく見えてくるのでした。
「鉄人Qは、歩いたり話したりするほかに、何ができるのですか?」
「なんでもできるよ。こいつには知恵があるのだ。ものを考える力があるのだ。字も書けるし、本も読めるし、算数だってきみよりうまいかもしれないよ」
「へえ! 算数ができるの? ほんとう?」
「ほんとうとも。じゃあ、ひとつきみと計算の競争をさせてみようか。かけ算だよ。ここに紙と鉛筆があるから、きみもやってごらん」
 おじいさんはこう言って、そばの机の上に紙と鉛筆をおきました。
紙は一枚しかありません。
鉄人Qには紙をあげないのかと、北見君はふしぎそうにおじいさんの顔を見ます。
おじいさんはにっこりわらって、
「Qは紙も鉛筆もいらないのだよ。頭の中で計算するのだ。紙や鉛筆がなけりゃ計算できないなんて、人間の方がよっぽど不便だね」
 それから、北見君が鉛筆を持つのを待って、おじいさんは問題を出しました。
「いいかい。Qもよく聞いているんだよ。五二七六、五千二百七十六に、三八、三十八をかける」さあ、スタート! どちらが早く、正しい答えを出せるか、勝負だよ。
」
 その声が終わるか終わらないうちに、鉄人Qの赤い唇がパクパクと動き、あの電話のような声が響きました。
「に、ゼロ、ゼロ、よん、はち、はち……。
」
「よろしい。
北見君はどうだい。
まだできないのかね。
」
「うん、ちょっと待って。
」
 北見君は、紙に数字を書いて、一生懸命に計算しました。
そして、やっとできました。
「ええと、二十万四百八十八です。
」
「よろしい。
ふたりとも正しい答えだ。
しかし、北見君はQよりも一分も遅れたね。
だからQの勝ちだよ。
ハハハ……。
どうだい、わしの発明した鉄人Qの頭脳はすばらしいだろう。
」
 北見君は、いよいよびっくりしてしまいました。
そして、この鉄でできた怪物が、だんだんおそろしくなってきたのです。
「これはほんの小手調べだよ。
まだまだ驚くことがある。
さあ、何をやらせようかな。
うん、そうだ。
将棋をさすことにしよう。
Qは将棋がうまいのだよ。
いつもわしが相手になってさすのだが、負けたり勝ったりなんだ。
じゃあ、見ていごらん。
」
 おじいさんは部屋の隅から将棋盤を持ち出してきて、鉄人Qの前に置き、それをはさんでQもイスに座らせ、自分も反対側のイス腰かけました。
「Qはね、将棋が大好きなんだよ。
わしに勝つと大喜びで笑い出すが、負けるととても不機嫌になるんだ。
怖い顔をしてわしをにらみつけ、ものを言わなくなってしまう。
今日はどちらが勝つかな。
Q、しっかりやるんだよ。
」
 おじいさんは、Q側の将棋の駒も並べてやって、
「さあ、今日は君が先手(先に駒を動かす)だ。
この前、わしに二度も負けているんだからね。
」
こうして、人間と機械との不思議な勝負が始まったのです。
北見君は将棋盤の脇に立って、この奇妙な勝負を見ていました。
北見君も、将棋の駒の動かし方くらいは知っていたのです。
はじめのうちは、おじいさんも何か冗談を言いながらのんびりと駒を動かしていましたが、勝負が進むにつれて言葉を交わさなくなり、恐ろしい顔で盤面をにらみつけ、ただ駒を打つ音だけが、ピシッ、ピシッと薄暗い部屋に響きわたるのでした。
鉄人Qの方も、なんだかものすごく真剣な顔つきになっていました。
鉄の体を少し猫背にして、じっと将棋盤を見つめている様子はあまりにも生きているようで、なんとも言えない不気味さです。
北見君はますます気味が悪くなってきました。
ふと後ろの窓を見ると、外はもう夕暮れ時ですっかり薄暗くなっています。
それに、風が吹き始めたらしく、大きな木が激しく揺れているのが見えました。
もうおうちへ帰りたくなってきたのです。
しかし、この不思議な勝負の結末も見届けたい気持ちがありました。
いったい、どちらが勝つのでしょうか。
鉄でできた人形に、どうしてこんなにうまく将棋がさせるのでしょう。
北見君は小学校の友達と将棋をさしたことはありますが、大人と対局するなんてとてもできません。
将棋というものはそれほど難しいものです。
その難しい将棋を、鉄人Qはやすやすとさしているではありませんか。
鉄人の頭の中は、いったいどうなっているのでしょうか。
どうしてこれほどの知恵があるのでしょうか。
北見君は不思議でならなくて、気味の悪いのも忘れて将棋盤をのぞき込んでいました。
まるで何かの魔力に引きつけられたように、おうちへ帰ることができないのです。
ヒュウウッ……という音が聞こえました。
風の音です。
嵐がやってくるのでしょうか。
窓の外は一段と薄暗くなっていました。
大きな木が、今にも倒れそうになりながら強風に吹きつけられているのが見えます。
そして、この古い西洋館全体がきしむような音を立てて、ゆらゆらと揺れているのです。
部屋の中はすでに真っ暗で、将棋の駒も見分けられないほどなのに、おじいさんは電気をつけることも忘れて夢中になって駒をさしています。
なんだかおじいさんの方が形勢が良さそうです。
おじいさんは相手の駒をたくさん取って盤の脇に並べています。
一方のQ側には、小さな駒が二つ置いてあるだけです。
盤の上でも、Qの王様は真ん中あたりに追いつめられ、今にも討ち死にしそうに見えます。
絵の具を塗ったQの顔が、おそろしく青ざめていました。
そして、プラスチックの目がまっかに血走っているのです。
ピシッ。
おじいさんが駒を打ちました。
すると、鉄人の肩がガクンと揺れて、
「ウウウウ……。
」
といううなり声が聞こえたのでした。いよいよ、負けそうになってきたのでしょう。
ぴしりっ! また、おじいさんが、駒を打ちました。
「王手!」
と、おしつけるような声で、叫びました。
「ウウウウ……。
」
 鉄人のうなり声は、だんだん、はげしくなってきます。

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