初級翻訳・塩原多助一代記 第17話

塩原多助一代記

七歳の時から育てて、路銀を使ってこんな山の中まで探しに来て、五両ばかりの端金(はしたがね)をもらって帰れるか帰れないか、考えてみな」

角右衛門「帰れないならどうする。こちらから訴えて調べ直せば、五両も取れないばかりか、腰に縄がかかる。五両も出したくないが、嫌ならそうしようか」

お角「どうもまあ、そんなただでは……」

小平「母親の言う通り、五両ばかりの金じゃあ仕様がない」

角右衛門「嫌なら訴える方がいいだろう」

お角「訴えるがいいって、そんな勝手なことを言っちゃあ困りますねえ」

五八は先刻からこの様子を見ていて言いました。

五八「旦那さん、こういう奴らはやはり調べ直して、縄をかけて名主様へ引き立てて、牢屋へぶち込む方がいいでしょう。すぐ名主どんの所へ行ってきましょうか」

お角「お待ちなさいまし、帰りますよ」

訴えられては身の破滅なので、五両でも取らぬは損と思い、お角は「小平や、書付を書きな」と言いました。しぶしぶながら小平が書付を書き、五両の金を受け取って出ていきましたが、悔しくてたまりません。なんとかして再びさらうつもりで、須川村という所に宿をとって様子をうかがっていますが、こちらはひとまず安心いたしました。六月に入ると、角右衛門は風邪のような症状から次第に病が重くなり、とうとう床に伏せってしまいました。孝行息子の多助はひどく心配し、神仏に祈りを捧げ、精進潔斎をして裸足で参拝するなど懸命に尽くしましたが、一向に効き目がありません。

角右衛門は村の人々から慕われていたため、代わる代わるお見舞いに訪れるうちに、六月の晦日(月末)頃には、もう息も絶え絶えという状態になってしまいました。家中の者や親類が枕元を取り囲んで看病を続ける中、分家の太左衛門もやってきて伯父の看病をしていました。すると角右衛門は、苦しい息をつきながらこう言いました。

角右衛門「太左衛門、太左衛門よ。ちょっとこっちへ来てくれ」

太左衛門「はい、伯父様。しっかりしてくださいよ。七十や八十の老人でもないんですから、死ぬなんて弱気なことを言っちゃいけません」

角右衛門「駄目だとか駄目じゃないとか、そんな話じゃない。今度ばかりはどうしても死病だと諦めた。お前にだけ、最期に言い残しておきたいことがあるから呼んだんだ。おかめもここへ来い。多助もここへ来い。おえいも、五八も、みんな呼んでくれ」

そう言ったので、一同は角右衛門の枕元を取り囲みました。おかめ「旦那様、しっかりしてください。あなた、お願いですからしっかりして!」
多助「お父さん、どうか気をしっかり持って、また元気になってくださいよう!」

角右衛門は、苦しげにこう言いました。
角右衛門「太左衛門、俺の血筋というものは、もうお前以外にはいないんだ」
太左衛門「私も若い頃に親父を亡くし、母さんとも早くに別れて、今までずっと伯父さんにお世話になってきたことは、よーく分かっています。ですから、あなたが元気でいてくれれば、私もこれから伯父さんに楽をさせてあげようと思っているんです。そんな弱気なことを言っちゃいけませんよ」

角右衛門「いや、治る治らないの話じゃない。今度ばかりは死病だと諦めた。実は、ここにいる多助を俺の跡取りとして引き取ったのには、深いわけがあるんだ。今から十三年前の八月二日、千鳥まで田んぼを買いに行く途中の追貝村でのことだ。今の女房おかめの前の亭主、岸田屋宇之助という旅商人がいた。もとは阿部様の家来で、俺と同じ『塩原角右衛門』という名前の侍の部下だったんだ。その主人の角右衛門様は、小川村で浪人暮らしをしていたんだが、八年ぶりに宇之助が再会して、『なんとか主人をもう一度世に出したい』と願った。宇之助は、俺が金を持っていることを知って後をつけてきて、『主人を世に出したいから金を貸してくれ』と言い出した。俺は泥棒だと思って『泥棒だ!』と叫ぶと、突然そいつが脇差を抜いて追いかけてきた。逃げようとして木の根っこに躓き、転んだところを上にのしかかられて殺されそうになったんだ」

太左衛門「へえ、それは初めて聞きました。なるほど、とんでもないことでしたね」

角右衛門「ところがだ。俺が下で『泥棒だ!』と叫んでいると、たまたま向こう山を通りかかった猟人がいた。その男こそ、小川村で浪人していた『塩原角右衛門』様だったんだ。俺の声を聞いて助けようと思って、自分の忠義な家来であり、妹の婿でもある岸田屋宇之助を、鉄砲で撃ってしまったんだよ」

太左衛門「はあ、なるほど。それは大きな間違いでしたね」

角右衛門「そうなんだ。間違えて撃ってしまった。猟人が駆け寄って死骸を見て魂消(たまげ)て、『ああ、宇之助だったのか。自分の浪人暮らしを助けようとして金が欲しかったのか。そうとは知らずにお前を撃ってしまった。かわいそうなことをした』と、立派な侍が男泣きに泣くんだよ」

太左衛門「はあ、なるほど。ふうん、それは本当にお気の毒な間違いで……」

角右衛門「どうしようもないから、俺も手伝ってその死骸を担ぎ、小川村の浪人の家へ行って名乗り合ってみると、向こうも塩原角右衛門、俺も塩原角右衛門。名前が同じで不思議に思って詳しく話を聞くと、元は野州塩谷郡塩原村の出身だと分かった。俺と縁のある者だと分かり、命が助かった代わりにお金を渡し、その時に引き取ってきたのが、ここにいる多助なんだ」

太左衛門「はあ、なるほど。とんでもない深い縁があったんですね」

角右衛門「そしてその年の九月五日に、保泉の原中で今のおかめを助けた。話を聞けば娘がさらわれ、亭主は死に、身を投げて死のうとしていた。俺が諭して止めているうちに、前の女房が亡くなって、お前たちが勧めてくれるから夫婦になった。そしてこの二月、江戸へ行って火事場から連れ帰ったおえいこそ、十三年前にさらわれた娘だったんだ。そういうわけで今に至るが、俺が死んだ後、この多助にもいずれ嫁をもらわせないといけない。おえいと多助は十九と二十歳で、お似合いだと思う。母親(おかめ)にとっては多助は実の甥にあたるから、三人で力を合わせてこの家を盛り立てれば大丈夫だ。太左衛門、お前が後見人になって、農作業から何から万事指図してくれれば、この塩原の家は潰れないと信じている。だから俺の息のあるうちに、おえいと多助に盃を交わさせ、夫婦にしてやってほしい。そして、年に一度でいい、小川村へ行って宇之助という人の法事供養をさせてほしいんだ。俺の考えは、間違っているだろうか?」

太左衛門「間違っているどころか、誠にもっともなことです。ただ、それはあなたが元気になってからのことでいいじゃないですか」

角右衛門「治らないと思っているからこそ、今盃をさせるんだ。さあ、ここへ来てくれ。身内だけだから酒だけでいい。太左衛門、仲人になって早く酌をしてくれ」

そう急かされて、多助とおえいの二人は恥ずかしそうに座りました。太左衛門が酒を持ってきて、まずは嫁から……と言われた時、二人は何と答えてよいか分かりませんでしたが、岩間の清水のように清らかな気持ちで、深い恩情に感謝し、ありがた涙でいっぱいでした。

しかし、角右衛門は七月二日にとうとう亡くなりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました