口説いてもダメなら、どこか寂しいところで押し倒してやろうか」
そう考えた途端、夕立が降ってきて、ガラガラと雷が鳴り響くのです。「ああ、悪いことをした。やめよう」と気づけば、元のような晴れ晴れとした月夜に戻ります。また、向かいの鰻屋でパタパタと鰻を焼く音がすると、「ああ、あれを食いたいものだ」と思う。そうすると、意地の汚い雲が出てきます。それに気づけば元に戻るのですが、その雲がかからないようにするには、「知恵」という風でなければなりません。雲がかかってきたら、「ドッコイ」と知恵という風で吹き散らしてしまわなければいけないのです。
「浮雲を払い出でたる秋風を 松に残して月を見るかな」という歌があります。これはもともとこのような道徳の話を詠んだ歌ではありませんが、月について詠んだ歌です。雲を風で吹き払ったあとは、松の枝を渡る風の音だけが聞こえ、光り輝く月を眺めるような心境になれば、一年中間違いを起こすことはありません。つまり、悟れば善になり、迷えば悪になるのです。迷えば、可愛い子供を捨てたり、夫を捨てたりするようになるのです。
先ほど申し上げました通り、おかめの心得違いというものは「恋」という煩悩の雲がかかり、心の闇に迷い込んでしまったもので、並大抵の間違いではありません。原丹治と密通し、自分の娘をそそのかして、愛人の息子である丹三郎と密通させました。それのみならず、親孝行な多助を殺そうとする罪は、実に憎むべきものでございます。
多助もまた、家にいては命が危ない。命さえあれば、いつか塩原の家を立て直す時も来るだろうと思い、住み慣れた家を飛び出しました。
家では、多助が翌日になっても帰ってこないため、おかめは「あいつは江戸へでも行ったか、遠い所へでも行ったか。どうせ家の辛い仕打ちを思って、首でも吊って死んでしまったのだろう」と、多助が死ぬのを待ちわびていました。奉公人の忠義者である五八は、多助が帰ってこないので心配して探し回りましたが、どこにもいません。
すると、「沼田原の松の木に、青という馬が繋いである」と聞きました。五八はすぐに見に行きましたが、不思議なことに馬の鞍には二分のお金と一貫文の銭、そして馬の往来を記す帳面が置いてありました。五八は「これは変だ」と首をかしげました。多助が他国へ行くのであれば、このお金を持って行くはずです。それなのに、ここへ縛り付けて行くということは、身を投げたか、あるいは雑木山へ入って首でも吊って死んだのではないかと思い、山や川を捜し回りましたが、見つかりません。
おかめは心の中では喜んでいましたが、表向きは五八に「どこへ行ったのか捜してごらん」と、心配するふりをして捜させました。それでも行方は分からず、おかめは内々で安心しきっていたのでした。九月三日のことです。五八が外から帰ってきて台所で仕事をしていると、おかめが声をかけました。
「おい、五八。ちょっとこっちへおいで」
「お内儀さん、何でございましょうか」
「ここへ来なさい。ほら、そこに膳があるからそれを拭いておいておくれ。今日は家にお客さんがあるから、そうやって水を汲んだり、準備をしておいてほしいんだよ」
「一体、どちらからお客さんが見えるので?」
「どちらからって、お前も知っている通り、多助は家の主人だというのに家を出て行方も知れない。おえいと二人でこの家を切り盛りしていくのは無理だから、誰か婿養子をもらおうと思っているんだよ。お前も知っているだろう、御城内に住む原さんの息子の丹三郎さんは体が弱くてお屋敷の奉公ができないから、百姓か町人の家へ養子に行きたいと言っている。名主さんからの紹介で話もまとまったから、今日婚礼をするんだ。原さんと名主の幸左衛門さんがいらっしゃるよ。お侍様が百姓の家に婿入りするんだから勝手がわからないだろう、お前も気をつけてあげておくれ。あの方がこの家に来てくださったら、お前も幸せなことだよ」
五八は驚いて言いました。
「へえ、何とおっしゃいました? おえいさんに婿が来るって? こりゃあ変な話だ。おえいさんには多助さんという亭主がいるのに、また亭主をもらうというのかい? そんなら女というものは、亭主を二人持ってもいいものなんですかね」
おかめは怒って言いました。
「何を言っているんだ。多助が行方知れずだから、おえいに婿をもらうと言っているんだよ」
五八は食い下がりました。
「多助さんの行方が知れないと言っても、多助さんは先月出て行ったばかりだ。死んだか生きているかもわからないのに、おえいさんに婿を取るなんて、あまりに義理を欠いているんじゃないですか。たとえ誰かが婿を世話しようとしても、『せめて一周忌が済んでからにしましょう』と断るのが筋ってものでしょう。四十九日も経たないうちに婿を取るなんて、ひどい話じゃありませんか。多助さんだって、本当はこの家を出たくはなかったけれど、居られないから出て行ったんです。心を入れ替えて帰ってくるかもしれないのに、婿を取って済む話ですか!」
おかめは冷たく言い放ちました。
「何を生意気なことを言っているんだ。あいつが帰ってきても構わないよ。親を捨てて出て行くような奴だから、もう知ったことじゃない。私は娘に婿を取らせて楽をしようというわけじゃないが、多助がいない以上、婿をもらうのは当然のことだ」
「ダメです。婚礼なんてさせません。よく考え直してください」
「お前に何がわかるというんだ」
「それでも、多助さんが死んだか生きているかもわからないのに婿を取るなんて、情けないことです。いいですか、多助さんは三百石持ちの旦那様だったのに、家にいれば小言ばかり言われるから外に出て泣く泣く歩いていて、村の者だけじゃなく他村の者にまで『泣き多助』なんてあだ名をつけられるようになった。それも、あなた様の扱いが悪いからじゃないですか。多助さんはあなたのおいっ子でしょう? それをいびり出して婿を取るなんて法がありますか。私にはどうしても納得できません」
おかめは激高しました。
「生意気な口をきくな! 主人が決めたことだ、黙っていなさい。ぐずぐず言うなら出て行きな!」
娘のおえいも追い打ちをかけました。
「奉公人のくせにお母様に逆らうなら、出て行きなさいよ!」
五八はきっぱりと言い返しました。
「出ていきませんよ。私は前の旦那様に長くお仕えして、右も左もわからなかった私を旦那様が大切に育ててくださり、今では馬の世話までできるようになりました。その恩があるから、ここを離れるわけにはいきません。多助さんがいなければ、この家はもっと危ういことになります。まあ、よく考えてみてください。お城の侍が百姓の家へ養子に来て、何月にどんな種を蒔けば何月に芽が出るかなんて、何も知らないでしょう。そんな者を婿に取れば、この家は潰れてしまいます。だからダメだと言っているんです」
おかめは聞く耳を持ちません。
「主人が言っているんだから、出て行けと言ったら出て行きな!」
「ダメだ。私から相談してくる所がある」
五八はそう言い捨てると、分家の太左衛門の家へと向かいました。五八は「旦那様、いらっしゃいますか」と声をかけました。
太左衛門は「おっ、五八か。こっちへ入れ」と答えました。
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