「これはお作が私に送った手紙のようですが、こんな手紙があったなんて……困った奴だなあ。まあ、お母さん。私にこの手紙が届いたのかは知りませんが、私自身には全く覚えがありません。どうしてあなたがこの手紙を持っているんですか?」
すると、おえいが口を挟みました。
「多助さん、お前さんが今朝、着物を着替える時に袂から落ちたから、私がお母さんにお見せしたのですよ。お前さんもあんまりじゃないですか。私もこうやってあなたと夫婦にはなっているけれど、今日までろくに口もきかない。そんなに私が気に入らないなら、お母さんに話を付けてもらって離縁状を書いてくださいよ!」
おかめも追い打ちをかけます。
「おえいは私にとってたった一人の可愛い娘だ。その連れ添う夫に浮気をされては、世間に対して恥ずかしくてたまらない。世間に知れ渡る前に、今すぐおえいに離縁状を書いて渡しておくれよ!」
多助は必死に訴えました。
「お母さん、どうか許してください。仮に書かれたものがあったとしても、私は知りません。お作と密通した覚えはどこまでもありません。それに、おえいに離縁状を出すこともできません」
丹治も横から口を出します。
「これ多助、何もそんなにシラを切ることはない。こちらには書いたものという確かな証拠があって、母さんも言っているんだ。男が働き盛りで一人や二人の女を作るのは当然のこと。くっついたならくっついたと認めるほうが男らしいぞ」
多助は譲りません。
「良いも悪いも、私には全く覚えがないんです」
おかめは叫びました。
「書いた物が何よりの証拠だよ! お前がいくら知らないと言っても無駄だ。これから分家へ行って話をするから、一緒においで!」
多助は困り果てて言いました。
「分家へ行くなんて……それは困りました。叔父さんは物堅い人だから、そんなことを聞かせたら怒って、私を追い出して出入りもさせなくなります。どうか、それだけは勘弁してください」
おかめは冷たく言い放ちます。
「勘弁だって? 確かな証拠がある以上、仕様がないだろう。そういう態度なら、おえいを添わせておくわけにはいかない。いつまでも独身で置くわけにもいかないから、別の亭主を持たせる。だから離縁状を出しな。なぜ書けないんだよ!」
多助は涙ながらに答えました。
「なぜ書けないかと言われても、これだけはどうしても書けません。亡きお父様の遺言に、『お前とおえいとは従弟同士だから夫婦にしてやるが、もしも夫婦喧嘩をして別れるようなことがあれば、草葉の陰から勘当だぞ』と言われました。私も大概のことがあっても、父様の顔に免じて耐えてきて、一度も文句を言ったことはありません。私も我儘な人間ですが、家内で争い事を起こして、おえいを離縁しては、亡き父様のお位牌に対して合わせる顔がありません。もし、おえいが私を気に入らなくて、夫婦でいるのが嫌だというなら、それはそれで構いません。家の中では他人同士のように振る舞ってもいい。ですが、表向きだけは夫婦だと言い続けなければ、世間に対しても、分家の叔父様に対しても申し訳が立ちません。どうか、それだけは聞き入れてください」
おかめは激高しました。
「それほど義理を重んじながら、なぜ分家のお作と不義密通をしたんだ! グズグズしていてじれったい!」
そう言いながら、そばにあった細い木の枝で、多助の膝を何度もピシピシと打ちました。多助は泣きながら叫びます。
「許してください!」
しかし、おかめは耳を貸さず、「これでも言わないか!」と二度三度と打ち続けました。多助は心の中で情けないと思いながらも、ひたすら慎ましく、「お母さん、どうか堪忍してください」と頭を下げました。
多助が下手に出れば出るほどおかめはつけ上がり、おえいも一緒になって多助を罵り、襲いかかろうとしました。
その時、騒ぎを聞きつけて家の分家である太左衛門が入ってきました。惨状を見かねた太左衛門は、スタスタとおかめの側へ歩み寄りました。
「まあ、待ちなさい。なんだ多助、私が来たから待っていろ。おい多助、いい大人をして母親に折檻されるなんて、そんなバカなことがあるか! 母さん、どういう訳だか知らないが、まあ待ってください」
おかめは慌てて取り繕います。
「おや、あなたが来られるとは思わずに……。ほんの家内のことですが、あまりに腹が立ったのでつい荒っぽいことをしてしまいました。今ちょうど、お宅へ伺おうかと思っていたところへ、城内の原さんがいらしていたものですから」
太左衛門は丹治に向かって、慇懃に両手をついて挨拶しました。
「これは……毎度多助から伺っております。私は村方ですので上下の隔てがあり、ろくにこの家へも参らず、ご挨拶もしておりませんでした。今後とも贔屓(ひいき)にしてやってください」
丹治は少し気まずそうに応じました。
「いや、とんだ間違いで……手前も迷惑をかけた」
太左衛門は多助を叱りつけます。
「何があったのか知らんが、お前は本当に届かない奴で、意気地なしだ。母親に打たれるなんてバカなことをして……多助、お前はこの家の相続人で、この家の心棒なんだ。一軒の主たる者が、仮にどんな悪いことがあっても、母さんに無闇に打たれるような道理はないはずだ。一体、何をしでかしたんだ!」
多助は涙声で答えました。
「私が悪いんです。叔父さん、お母さんに詫びを入れてください。お願いします」
太左衛門は尋ねました。
「一体、何をしたんだ?」
おかめは、してやったという顔で手紙を差し出しました。
「あのね、あなた。人には言いにくいことですが、言いましょう。実は、あなたのお宅のお作さんと多助が、密通しているんですよ」
太左衛門は驚いて聞き返しました。
「ほう、それはどういう訳で?」
おかめは手紙を太左衛門の前に突きつけました。
「親の目を盗んで逢引きをするのが色事というものですが、本家と分家の間柄で大それたことをしているんです。私が厳しく言わなければ世間に申し訳が立ちませんよ。これを見てください!」太左衛門は言いました。「なるほど、確かにこれはお作が多助へ送った手紙だな。だが馬鹿馬鹿しい。ついこの間まで鼻水を垂らして、柾(まさ)の葉で笛を作って遊んでいたような子が、まあこんなことを仕出かすようになったとは。なんとも呆れた話だがね、おかめさん。この手紙を読むと、娘が多助に惚れて一方的に送ったのかもしれないが、多助の方は何も知らないに違いない。まだ密通したとも、何か色事をしたとも文面に証拠はないんだ。これを証拠にして荒立てて騒ぎにすれば、この家も私の方の家も恥をかくことになる。だから、この件は私に免じて収めてくれないか」
おかめは言いました。「お気の毒ですが、それは聞き入れられませんよ。他の事とはわけが違います。本当に呆れた奴でございます。多助がそういう根性だと、おえいがかわいそうでなりませんから、今のうちに縁を切らせて、おえいには実直な亭主を持たせるつもりなんです。離縁状を書いて渡した上で、多助をお作さんの婿にするなり何なり、好きにしなさいよ」
太左衛門は食い下がります。
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